終わらない物語

淆兔

瞳のその先に

別にどこかへ行こうとしていたわけではなく

ただ外に出たいと思い車を走らせていたただけだった。

それがいつの間にか、樹海へと続く道を走っていた。


そしてそれは起きた。


何かが飛び出したわけでも、操作を誤ったわけでもない。

ふと気づいた時には道を外れ、車と共に樹海へと落ちていった。


岩や木々にぶつかりながら横転を繰り返し

ようやく止まったという頃には

もう乗ることができないほどに車は姿を変えていた。

強い衝撃と回転とで脳を揺さぶられた俺は

傷ついた体を引きずりながら助けを求めて歩き始めた。


車に乗っている時は、太陽が天高く登っていたが

ここでは日の光は一切届かない為、薄暗く霧が立ち込めていた。

暗い中、助けを求めいる保証のない誰かを探すために

一人で歩くことに孤独と恐怖を感じながらも歩みを進めていくと

何かの気配を感じた。

そこへ視線を向けるとぼやけながらも目に入ったのは人影であった。


人がいた。助けが得られる


そう思った時には呼びかけが声に出ていた。


「おい、そこに誰かいるのか!」


だが、問いかけは虚しく樹海に響き渡るだけ。


聞こえなかったのだろうか、いやそんなはずない

人影までの距離はそんなにはないはずだ


再び体を引きずりながら人影を追いかけ

確かに存在したその肩へ手を掛けた。

聞こえたはずの俺の問いかけに反応しなかったことに苛立ちを感じていた為

今度こそはしっかりと聞いてもらおうと

思いっきり振り向かせようとしたその瞬間

正常な判断力を失っていた頭のモヤが晴れ

全身に寒気を感じさせた。


俺はもっと早くに気づくべきであった

ここが樹海であることを

己の命を断とうとする者が多く足を踏み入れ、

見つからずに朽ち果てた遺体があってもおかしくない場所であることを


今俺の手が触れているその肉体は俺の体温を奪うほど冷たく

無機質であった。


恐怖のあまり手を離すものの

足は地面に縫いとめられたかのようにピクリとも動かすことができない。


そして、それは動いた。

振り向くその姿を俺はただ目を離すことなく見つめ続け

だがもう何も考えることができぬまま腰から砕け落ちた。


「私が見えるだけでなく触れることができるのか、人間」


そう問いかけたその目は光を感じられない虚な瞳であった。

俺は言葉を発することもできず、深い闇の虚を見つめ返すことしかできなかった。


「聞こえなかったのか、答えよ人間」


『これに答えたはいけない』

そうわかっているはずなのに、俺は首を縦に振っていた。


「そうか、人間如きにこの私に干渉できるとは、中々の霊力の持ち主のようだな

 おぉ、見れば美しく良い眼を持っておるではないか」


俺を逃さないようにするかのように

氷のような手でがっしりと顔を掴まれ

拒むことも、逃れることもできずに

触れるその手から生気を奪われる感覚に襲われながら

必死に思考を巡らせた。


あいつは俺のことを『人間』と呼んだ。

同じ人間であるならそう呼ぶ必要はない

ではやっぱり、でもそれなら一体何だというんだ⁉︎


「我の眼は邪気に触れすぎて見えなくなってしまった。

 だがお前にはよく見える清らかな眼が二つもあるではないか。

 ここで逢ったのも何かの縁なのかもしれん。その眼、一つ貰うぞ。

 なに、お前ほどの霊力の持ち主であれば、これしきのことでは死なぬよ。」


そして、そう言うなり俺の左眼を抉り出しはじめた。


「あ“あ“あ“ぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎」


激痛と、哀しみと、恐怖とで、叫び声が樹海に響き渡った。

目蓋の中に異物が入ってくる感覚と、

おさまることのない激痛に身をよじろうとするものの

ピクリとも動かすことができない。

ブチブチと左眼と繋がる神経や血管などがちぎれる生々しい音が頭に響く。

音が途切れると俺から手を離し、取り出した眼を満足そうに眺めるあいつを横に

俺はただ、痛みで全ての感覚がおかしくなったのか、

放心しているしかなかった。


「あぁ、そうだ」


その言葉で現実に戻され、体をびくりと震わせた。


「我の力であれば、この眼から視力だけを取り込むこともできるのだが

 それは少し勿体無い。是非ともこの眼はしっかりと我の一部としたい。

 となると、我のこの眼は不要になる。

 お主の霊力であればこの穢れた眼を浄化し見えるようになるであろう。」


躊躇することなく己の左眼を抉り出し、俺の虚の中へと押し込んだ。

その瞬間、何かが体の中をうねり掻き回し不快感が駆け巡る感覚に襲われ

地面に倒れ込んだ。


「これしきのことで倒れるとは、やはり人間は貧弱だな。

 と言いたいところではあるが、我の邪気を一部とはいえ取り込んだのだ。

 あてられても仕方あるまい。放っておいてもそのうち目を覚ますだろう。」


倒れながらも辛うじて意識のある俺を見下ろし、

己の虚に俺の眼を収めながら言い放った。


「これほどまでの強い縁もそうあることではなかろう。

 であれば、再び逢い見えることもあろう。その時を楽しみにしておるぞ。」


意識が薄れ霞む視界の中、あいつは消え去っていった。

そして、深い闇へと意識は落ちた。

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終わらない物語 淆兔 @haruya

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