第10話 弟子奉公のすすめ

「わたしの一族に、余命いくばくもない者がいてね」


 世間話でもするような気安さで、先生は語りはじめた。


「いちおう一族のおさにあたる男だ。彼に残された時間は、せいぜいあと一年といったところかな」

「それは……」


 なんと返していいかわからず、ぼくは口ごもった。


「……お気の毒です」

「ありがとう。まあ、ずいぶん前からわかっていたことなんだ。本人もとうに覚悟はできている。浮き足立っているのはまわりの連中でね。相続争いというものでもないが、騒がしいという点では同じかな」


 品よく眉間にしわをよせる先生の言わんとすることは、ぼくにもなんとなく理解できた。イヴォンリーの村で一番たくさん羊を飼っていた牧場主のお爺さんが亡くなったときも、そのお子さんたちの間でずいぶんごたごたがあったと聞いている。おそらく由緒ある先生の一族にも、それなりに厄介な問題が持ち上がっているのだろう。少なくとも羊をめぐるいさかいよりは複雑で深刻な。


「そこでだ、ルカ君」

「はい」

「きみを弟子にしたいんだが」

「は……あ?」


 間の抜けた声をあげたぼくにかまわず、先生は話をつづけた。


「弟子といっても、本当に弟子入りする必要はない。要は、一族のうるさがたにこう思わせることができればいいのさ。あの放蕩者もようやく身を固める気になったか、とね」


 このあたりでようやく、ぼくにも話が飲みこめてきた。つまり先生の親族の人たちは、放蕩者――かどうかはわからないけれど、先生に早く落ち着いてもらって、死期が迫っているという長老を安心させてあげたいのだろう。ただ、身を固めるといったら、普通は結婚のことだと思うけど。


「きみにさっき披露した芸だが、あれはわたしの一族に伝わる特技みたいなものでね。この技を確実に次代へつなぐこと。それが連中にとっては何よりも大事らしい。彼らにしてみれば、わたしがこの年まで一人の弟子もとらずにいるのが許しがたい罪なのさ。この件は前々からせっつかれていたんだが、最近とみにうるさくてね」


 だからひと芝居打つのだと、先生は悪びれたふうもなく語った。


「契約は一年。その間、きみにはわたしの弟子のふりをしてほしい。あくまでふりだ。実際きみにやってもらうことはほとんどない。この家に住んでくれさえすれば、毎日好きに過ごしてくれてかまわないよ。たまに一族の者に顔を見せてやる必要があるかもしれないが、対応はわたしにまかせてくれ。きみは黙って座っていてくれれば十分だ」


 どうかな、と先生はぼくに笑みを向けた。


「そう悪くない条件だと思うが」


 悪くないどころではなかった。先生の言葉通りなら、ぼくはこの先一年も、ただでこの家に住まわせてもらえることになる。話がうますぎて、相手が先生でなければ詐欺を疑うところ……じつはこのときもちょっぴり疑っていたのだけれど。


 思いがけない申し出に目を白黒させるぼくと、そんなぼくをおもしろそうに眺める先生。朝の台所を沈黙がひとめぐりしたとき、玄関の扉ががちゃりと鳴った。

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