第8話 お砂糖はいかが

 両面焼きの卵にトーストという朝食を先生と一緒に食べた後で、ぼくはお湯をわかしてお茶を淹れた。居間に運ぼうかと申し出たぼくに、先生は「ここでいい」と首をふってカップを受けとった。


 差し向かいでお茶を飲むぼくたちは、はた目にはかなり滑稽に映ったことだろう。ふたりとも起き抜けの格好のまま、髪もとかさず顔も洗わず、台所女中よろしく作業台を囲んでお茶をすすっていたのだから。


「ほう」


 カップに口をつけるなり、先生は感心したように目を見張った。


「きみはお茶を淹れるのが上手だね」


 先生のお相伴にあずかったぼくも、ひと口飲んでびっくりした。たしかにそのお茶は、いままでぼくが口にしたどんなお茶より香り高く美味しかったのだ。ぼくの腕がいいというより茶葉がいいせいだろう。台所の戸棚に並んでいた茶葉の缶は、どれも見るからに高級そうだった。


「おそらく、きみは」


 湯気をあごに当てながら、先生は口を開いた。


「わたしに訊ねたいことが山ほどあるのだろうね。きみの顔にそう書いてある」


 ためらいつつもぼくがうなずくと、先生は微笑してポットをとりあげ、空になっていたぼくのカップにお代わりを注いでくれた。


「なんでも訊いてくれてかまわない。だが、先にこれだけは言っておこう。わたしはただの人間だよ。きみと同じようなね。他とは少しばかり違ったところもあるが、ほんの少しさ。せいぜい変わった悪戯ができるくらいで」


 こんなふうに、と先生は指を鳴らした。すると、ぼくの前にあった砂糖壺からスプーンが飛び出し、砂糖をひと匙すくいとった。ぼくが呆気にとられて見つめる先で、スプーンはそのままぼくのカップに砂糖を放り込み、くるくると中をかきまわした。まるで見えない手に操られているかのように。


「勝手に悪かったね。だけど、いまのきみには甘いものが必要なように見えたから」


 どうぞ、と先生に目で促され、ぼくはぎくしゃくとカップに口をつけた。お茶はほどよくぬるく、甘かった。ぼくの好みからするといささか砂糖が多すぎたが、そのときのぼくにはむしろありがたい甘みだった。


「……つまり」


 お茶を飲み干し、いくぶん気持ちが落ち着いたぼくは、昨夜からずっと抱えていた問いを先生に投げかけた。


「魔法使い、なんですか」



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