ーー 8 ーー
「瞼を閉じたまま電灯を見た時のような、真っ暗の中に白い霧が立ち込めたような場所でした」
「立ったまま眠っているような感覚で、目を閉じたまま前を見ていた気がします」
「もちろん周りなんて見えないんですが、ですがなぜか、なんとなくわかって、何も見えないのに何か見えているような気がして、そして前に、誰かいるのがわかったんです」
「少女、でした」
「そのときの私よりもずっと小さい、幼い子どもなのにどこか達観したような表情をして、黙って私を見ていました」
「恐怖はありませんでした。不思議な感覚がずっと合って、どこかわくわくとさえしてきた気がします」
「ここが死の世界なのかな、と思ったとき、少女が言ったんです」
いきたい
「抑揚のない声でしたが、語尾が少し上がっていたので、かろうじてそれが疑問形であることがわかりました。生きたいかと、少女が問いかけたのかと思いました。」
でもね、残念だけど、まだ死ぬことはできないの。
「私はなにも言うことはできませんでした。黙って、体のどこも動かせず、少女を見ていました。目はあけてないので、顔を向け続けたと言った方がいいですかね」
「少女は数字を言いました。私はすぐに、それが私の寿命だとわかりました」
この日まで、あなたは死ねない。
どんなに苦しくても。
どんなにみじめでも。
どんなに傷ついても。
どんなに死にたくても。
世界があなたを生かし続ける。
死があなたを拒み続ける。
でもね
「少女は言ったんです」
もし生きるのが嫌で、今すぐにでも死んでしまいたいなら。
そうなってもいいかな、って思ってる。
「少女はまた問いました。そして私は、選んだんです」
「私が覚えているのはそれまでです」
「そのあと、私は目を覚ましました。漫画やアニメのワンシーンのような、ゆっくり目を開けて天井と家族の顔が見えたなんてことはありませんでしたけどね。目を開けても光だけを感じてあとは全てにじんでいましたし、目を開けていることが本当につらくて、意識があるだけで気絶しそうなくらいでしたから」
「そのあと私は、必死にリハビリに励みました。事故の衝撃は本当にすごかったみたいです。おかげで、リハビリで、私の学生生活はほとんど終わりました」
「でも、私はやめるわけにはいきませんでした。私は、生き続けるのですから」
「その日まで」
「あの子が告げた日まで、生きなくてはいけないんですから」
「逆ですね。死ぬことはできないんですから」
「なんとしても私は、生きるすべを、生き続けるすべを見つけなくてはいけなかった。そのため私は努力しました。そのかいあってか、今ではこうやって、事故にあう前となんら変わらない日々を送れているわけですが」
「……ここまで話してなんですが、私は、まだあれが、あの子が本当にあったことなのかわからないんですよ。少女と話したことなんてないのかもしれない。私の頭が作り出した嘘で、勝手に生み出された妄想なのかもしれない。私はもっと生きていけるのかもしれない。そう思う日もあるんです。実際、あの子は一度も自分を死神とは名乗りませんでしたし」
「だから、こうして期限まで一か月を切っても、まだなんとかなるんじゃないかと考えている自分がいるんです。余裕なんでしょうか。楽観的なんでしょうか。わかりませんが、死神なんているわけない。あれは嘘なんだって思っていれば、もしかしたら」
「……なんて、考えてしまうんです」
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