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 ぶらぶらと歩き、バイキング終了30分前に店に入った。受付からしてもぎりぎりだという。この後入ってくる人もいないようなので、僕たちが最後だろういうことだ。


 笑顔で案内してくれた人を見ながら、この人たちは傘杭を知らないんだろうな、と哀れに思う。この界隈に飲食店、とくに食べ放題や大食いを始めるなら真っ先に知らなければいけない人物だというのに。


「そういえばさ、こんな時間まで付き合わせてるけど、お前、店はいいのか?」


 傘杭の店は個人経営。アルバイトなんて雇ってもいないので、店番もいないはずと思ったので訊いたが。


「問題ない。人が来ればわかるし、そもそも滅多に客なんか来ないさ。とにかく、なにか食おうぜ。時間がもったいない」


 客より食い気らしい、滅多に客が来ないということは商売として成り立っていない気がするが、そういう細かいところにいちいち突っ込んでいたらダメなのだろう。


 ある程度のことは流しておかないと、大事な話をする前に食べ放題のほうが先に終わってしまう。


「最初はセーブしろよ、まだ食べてる客もいるんだ。全部お前のじゃない。でも、意外だな……あの四軒の中で、一番需要ありそうなのはお前の店だと思うけど」


 後半は褒めたつもりだったが、傘杭は聞かずに料理を取りに行っていた。ため息。だが、せっかく来たのだからできるだけ食べないと勿体ない。僕もとりあえず腹に入れるものを探す。それとコーヒーを二杯、持ってくる。傘杭の分ではない。二つとも自分のものだ。僕は口が寂しくなるとコーヒーやら飴やらを無性に食べたくなる質なので、あらかじめ二杯用意しておいた。


 僕の方があとに席を立ったというのに、僕のほうが先に戻ってくる。傘杭が戻ってきたのは、料理を食べはじめ、さっそく一杯目のコーヒーを飲んだところだった。


「とりあえず三皿な」


「知らん」


 僕はざっと見ただけでどんなものがあるのか詳しく見ていなかったが、持ってきた料理を見ると結構種類があるようだった。中華が多いようで、ゴマ団子やエビチリがある。だが、目につくものを適当に入れたような傘杭の皿は、ぐちゃぐちゃで見栄えが悪く、よくわからないものが多い。


 カレーがかかっている部分もあるが、その下が盛り上がっているのでなにかにカレーをかけたのだと予想できたが、形状からしてごはんではないようだ。揚げ物?


 席に着くや否や食べ始めた彼をみて一瞬迷うが、構わず話始めることにする。


「今回の依頼、相手が死神だってことはさっき話したよな。依頼内容を簡単に話すと、死神から明示された寿命から三日、生きたいということだ」


 指を三本立てる。それを傘杭が見たかは知らない。


「それで、ひとつ確認したいんだが、傘杭。死神に頭を下げたとして、寿命を延ばしてもらうことは可能か?」


「無理だな」


 即答だった。


「どんな理由でもか?」


「そういわれると絶対ではない。もちろん例外はある」


 僕が黙っていると、傘杭はその例外とやらを話し始めた。


「まあ、簡単に言うとその寿命が取引の対象で、しかもそれが不等に行われた場合とかかな。よく悪魔が願いの代わりに寿命を寄こせなんて言うだろ? あんな感じ。でも、不等っていうくらいだから、取引自体が成立していたらダメだ。だから悪魔側が悪意も持って取引を持ち掛け、寿命を奪った挙句願いをかなえないってのが一番かな」


 傘杭の声が低くなる。


「くっくっく、可愛い妹を助けたいか? 兄貴よ。だが、その妹はもうあと数日で死ぬだろう。だが、お前が命を差し出すのであれば、救ってやらんこともない。てな感じ。で、命をもらったが、誰も助けなかった。それは一方的な搾取で、取引ではない。詐欺だ」


「その場合、どうなる?」


「死神に事情を話せば、少しは待ってくれるかもしれない。同情してくれるかは向こう次第だけど。でもまあ、基本的、というか一般的には無理だな。なんせ寿命が尽きてるんだ。奪われたとはいえ、無くなったものを伸ばし続けることはできない。今から悪魔を捕まえてきて、なんて話し合いが成立すると思ってるならやめたほうがいいな」


「たった三日でも無理か?」


「三日が『たった』なら、五日はなんだろうな」


 傘杭が一皿目を食べ終え、次に移る。あまりに綺麗に断言されたが、予想していた返答だったので大してショックではなかった。これでもし「三日程度なら許してくれるんじゃないか」なんて言われたらどうしようかと思っていたところだ。


「にしても、その依頼人はどうやって死神なんてレアなもん見つけたんだ? 会おうったって会えるもんじゃないし、会ったら死んでるぞ」


「実際、死にかけだったらしいから会えたんじゃない?」


 諦目さんは昔、事故にあったことがあるらしい。


 まだ中学生ぐらいのころ、自転車で夜道を走っていると車に跳ねられたそうなのだ。こちらが無灯火で、街灯もほとんどなかった道でのことらしい。相当なスピードでぶつかってきたと聞いている。


 ぶつかったときのことを、諦目さんはよく覚えてないらしい。その直前までは覚えているのだが、そのあとはぷっつり記憶がないのだそうだ。あったらあったで激痛やら恐怖やらが残っていたかもしれないので、それはそれでいいのかもしれない。


 すぐに病院に運ばれた諦目さんだったが、そのときすでに、心臓は止まっていたらしい。


「そのとき、その依頼人は死神に会ったのか」


 病院に運び込まれたことも、心臓が止まっていることも諦目さんは知る由もなかったが、なんとなくぼんやりと「死ぬのかな」と考えていたらしい。



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