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三重県平田町。名古屋から四日市に出て、そこからさらに電車で1時間ほど言った先に、僕の住まう町がある。
都会と呼べるほど施設も交通も充実してはいないが、田舎は田舎だが、住みやすいところだと思っている。コンビニも24時間営業のスーパーもあるので買い物には困らないし、テレビのチャンネルだって問題ない。東京と違ってTBSが映らないが、まあ大したことじゃないだろう。アニメが少し見れなくなったくらいか。
問題らしい問題と言えば、やはり交通の便だろう。僕は車を持っていない。移動手段は徒歩か自転車だ。その自転車も普通のママチャリ。電動アシストなんて持ったことは一度もない。
よくテレビかなんかで都会と地方を比較するような映像がたまに流れるが、あれは嘘だと最近知った。
田舎の方が、車社会だ。
車を持っていないほうが珍しがられるほど、持って当たり前になっている。
持っていないと生活できないから、らしい。たしかに、バスや電車の本数が少なく、タクシーさえあまりないこのあたりで、なにか大きなもの、例えば家具なんかを買うなら車は必須だろう。大型ショッピングモールがあまりないので、そこまで行こうとするならやはり車が便利だ。
だが、それは都会でも言えることだ。
安い店が家のすぐ近くにあるなんて、そうそうないだろう。バスの本数はあるかもしれないが、時間を気にすればいいだけの話だ。
では、なにが困るか。
単純に、帰るのが大変なのだ。
午後7時。あたりも暗くなったこの時間帯に駅に降りた僕は、真っ先にバスの時刻を確認した。そして、たった今バスが出て行ったであろうことを知った。遅れてくるのはザラなので万が一の可能性もあったが、バス停の前に人がいない。だとすれば順当に定刻通りにバスが来たと考えるのが妥当だろう。次来るのは40分後だ。
40分。待ってもいいが、それだけあれば歩いて家に帰れる時間だ。
荷物は向こうで仕事を終えた際、自宅に届けてくれるよう宅配に回したので手持ちは少ないが、新幹線と電車を乗り継いですこし疲れている。できれば歩いてではなくなにかに乗って帰りたかった。
バスがダメなら、タクシーは。
そんな選択肢はあるが。
田舎のタクシーは、なぜか終わるのが相当早いのである。
金曜の夜。普通なら飲み会帰りで利用者も多そうなものなのに、10時を過ぎると一台もなかったりする。仕方なく電話をかけたりもするが、呼び出し音が鳴るだけで誰も出ない。会社自体誰もいない。
だから7時と言えどあたりに見えるタクシーは一台もなかった。まさかこのまま一台も来ないことはなかろうが、次いつ来るかわからない。
待って、待って、バスの方が早かったりしたら目も当てられない。
「……………」
少し考える。待つか、歩くか。
結局、僕は待つことにした。
だが、ただ待つのではなく、時間を潰しながら待つことにした。
本当なら明日、しっかり体力を回復してから向かいたかったのであるが、まあ仕方ない。
平田町駅を後ろにして、右に曲がる。歩道橋が見えるまで少し歩き、焼き肉屋が見えたらそこをさらに右。
おでん横丁。そう書かれた看板をくぐり、さらに進む。街灯もないこの辺りは薄暗く、すぐ前を3車線の車道があるにも関わらず、膜一枚隔てたように音が遠くなる。
ここで黒猫にでも出会えば、不吉さは倍ほどになるだろう。
もっとも、僕はそんなこと全く気にしないが。
おでん横丁を入り、さらに奥。その先に『不思議通り』とかかれば立て札を見つければ、そこが目的地だ。
通り、と言いつつ、店は4件しかない。入って右に二軒。左に二軒。その先は行き止まりになっている。店と店の間には石畳が敷き詰められており、車なら3台は横に並べそうなほど、意外にもスペースがある。だが入口とここに来るまでの道路が狭く、とても車で来ようとする人はいない。
僕はいったん、不思議通り入口で時間を確認した。ここにくるまで5分ほどかかっている。ここらの店がいつ閉まるか知らないが、7時ではいくらなんでも大丈夫だろう。
「まあ、しまってたら明日で。怒られたら、そのときはそのときで」
一歩踏み出し、目的の店へ。
今回は、右の、一番奥の店に行くことにしていた。諦目さんの話を聞いた時、ここかなと直感でひらめいた。名古屋で諦目さんと別れてからしばらく考えたが、やはりここが一番適している気がする。
そこは、時計屋だった。
全体的にレトロな雰囲気漂う店構えで、店に並んでいる商品は壁掛け時計がほとんど。突飛なデザインのものはなく、定番の、「これが壁掛け時計だ」と言わんばかりのそのままのものが店の壁に並べられている。
店の中は白色LEDのおかげ明るいが、これは最近僕が変えたものだ。それまでは裸電球だった。そのほうが風情があるとこの店の店主は言うが、単純に変えるのがめんどくさいだけなのだろう。変えようかと提案した時も、賛成はすれど、大絶賛ことすれど、反対はしなかった。
その灯りがまだついているということは、まだ中に誰かいるといことだ。
「いるか? 兎時さん」
覗き込むが、カウンターには誰もいない。とすれば奥だろう。中に入って待たせてもらおうかと思っていると、足音が聞こえた。
「なんの用だい」
奥から出てきたのは、外国の人形をそのまま人にしたような、造り物のような美しさを持つ女性だった。
ふわふわのブロンド。肩より少し長いくらいだろうか。キューティクルが整えられた髪はキラキラ光っている。瞳は綺麗な青。まつ毛な長く、唇は赤い。肌は陶器のように白く、なめらか。身長は150㎝ほどで小柄なせいもあり、これにドレスでも着飾ればまさしくフランス人形そのものだ。
「そろそろ閉めようと思ってたのに」
「悪いね」
「厄介ごとのにおいがするよ」
カウンターに座り、頬杖を突きながら、彼女は言った。
「なんでこう、次から次にいろいろ持ってこれるか、不思議でたまらない。一体どういう運を持っているか、気になるよ」
「その辺はいろいろな」
さて、と一息。
「頼みたいことがある」
「引き受けよう」
早い。
まだ依頼内容も話していないのに。
「なんだい? 嬉しくないのかい?」
「いや、そんなことない。ないが……」
「いい加減慣れることだね。あんたとあたしじゃ、根本的に出来が違うんだ。依頼内容なんて、この店であたしと会えたこと自体で、もう成立してるようなもんなんだよ」
「でも、なにも言ってないぜ?」
「言わなくても、あたしは知ってるのさ」
「…………」
「だから、引き受けよう。万事任せておけばいい。それで終わる。終わるが、それだけだとちとつまらないね」
「余興でもすればいいのか?」
「そんなことしなくていいさ。その依頼人をここに連れてくれば、それでいい」
「……それでいいのか?」
「ああ」と彼女は言った。
「この『アリスの時計屋』店主、時という時を支配する大魔導師、兎時 苛勿が望むのは、それだけだよ」
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