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 初めて会ったとき、諦目さんは「おや」という顔をした。席に座る足が一瞬止まった。


 真昼間からひとり盛り上がる若者に驚いたのもあるかもしれない。僕はそのときラフな格好をしていたし、出張の途中とはどう頑張っても見えなかっただろう。ビールの缶も目に付けば、余計おきらくに見られたかもしれない。それになにより、人がいたことに驚いたのもあっただろう。


 人がまばら、どころか、片手で数えられるほどの車内で、僕らの席は隣だった。しかも僕たちがいるのは三人掛けなのにも関わらずだ。これが自由席なら後ろにでも座ればいいいが、残念ながら指定席。誰もいないから今だけ、と思う人でもないようで、すぐに笑顔になると僕の隣に座った。


 恰幅のいい男性だった。頭は少し白くなり始めているが、毛量はしっかりとある。諦目さんもスーツではなかったが、出張帰りかなと思わせるくらいは身だしなみを整えている。彼が醸し出す空気もあっただろう。同じ格好を僕がしても、様にならないはずだ。


 ちろりと見て、どこかの会社の役職者かな、と思う。飲んでいるのはアルコールではないので酔ってないはずだが、気分も体温も少し落ち着いたのがわかった。体の奥で熱が冷めていく感覚。覚めている、と言ってもいいかもしれない。


 何か感じた。経験上、それだけで十分だった。


 諦目さんは背もたれを調整し、一息ついてから。「なにやら、不思議なこともあるものですね」とこちらを向いた。


「ええ」


「これだけ人が少ないのに、こうして隣になるとは」


「しかも、その隣が、昼間から酒を飲む若者となればなおさら、ですかね」


 自分のことを若者と表現することに若干抵抗があったが、どうやらその返しが良かったようだ。諦目さんは口を開けて笑った。


「いや、失礼。そちらは学生……には見えませんが、ご旅行ですか」


「学生とは有り難いですね。これでも26……7になりますか。そのくらいの歳になれば、そろそろおじさんと言われてもいいくらいの歳なのに」


 コーラを回す。あとほんの少しだけ残った液体がチャプンとなった。


「今からおじさんとは、まだ気が早い。27と言えば、まだ学生と差がないじゃありませんか。今からおじさんと呼ばれれば、それこそ学生時代と同じくらい長く、そう呼ばれることになる」


 なるほど、確かにその通りかもしれない。


「そちらは、出張帰りかなにかですか」


「いや、私は……単なる旅行ですよ。実家が秋田にあるので、久し振りに親の顔を見ておきたいと思いまして」


「なるほど」


 諦目さんの隣には大きなスーツケースが置かれている。丈夫そうな作りのそれは、きっと高価なものなのだろう。サラリーマンが出張用に急に間に合わせたものではなく、慣れた人が選ぶしっかりとしたものだ。


「僕も旅行、と言いたいところですが、実は一仕事終えたあとなんですよ」


「ほー。それはそれは」


「これは、その祝杯です」


 そういって、最後のコーラを飲み干す。少し炭酸が抜けかかったコーラは甘いだけの液体だったが、そんなことは気にならなかった。


「実は、僕は『何でも屋』をしてるんですよ」


「……何でも屋」


「あはは、胡散臭いでしょう。言われ慣れているので、大丈夫ですよ」


 嘘ではない。何でも屋、便利屋、お手伝い屋。人や気分によって言い方はいろいろ変えているのだが、決まって同じ顔をされる。驚いたような、困ったような顔。記憶を探り、似たような職業を聞いたことがなかったか。共通の話題はないのだろうか。

怪しい職業ではないのだろうか。


「何でも屋の名の通り、仕事があれば日本全国どこにでも駆け付けます。仕事内容も問いません」


 空になったペットボトルを置き、その手で財布をつかむ。中に入っている名刺を一枚抜くと、諦目さんに渡した。咄嗟だったが、諦目さんは両手でそれを受け取った。


「清掃作業やゲームのレベル上げ。その他ゴーストバスターなんかも受け付けてます」


「……ゴーストバスターもやるんですか?」


「おや、興味がありますか?」


 え、と諦目さんが顔を上げる。どうやら無意識に呟いていたようだ。


 無意識に、つぶやくほどに、興味があるということだ。


「中には笑い飛ばす人もいるんですが、どうやら違うようですね。なにか、幽霊的なものにお困りで?」


「…………」


 微笑み。


 なにも返さない。


 しかし、なにやら防御的な笑みだった。


「ゴーストバスターといっても、実際掃除機を持って幽霊と戦うわけじゃないんですけどね。僕はそういう戦闘とかには向いていないんです」


「……そういう、オカルト的なものは、よくあるんですか?」


「依頼としては、まあ、ほどほど、というところじゃないでしょうか。僕は人助けがしたいだけなので、なにもそれ一本に絞っているわけではありません。実際は引っ越しの手伝いとかペットの散歩だとかのほうがずっと多いですよ。それでも舞い込んでくるぐらいなので、数はそれなりにあるもんだと思ってます。何度も不思議な体験はしてきてますよ」


 一回会話を区切り、横目で観察をする。


 諦目さんは、まだ笑みを崩してはいなかった。


 ただ、名刺を手でもてあそんでいる以上、こちらの話を完全に嘘と切り捨てる気はないらしい。


「アドバイスをしておくと」


「…………」


「『そういう類』のものでお困りなら、できるだけ早く専門家に相談すべきです。持ったままにしておくと、対処ができなくなるし、簡単に終わるはずのものが、終わらなくなります。それに、専門家が居たからといって、その人が解決してくれるとは限りません」


「…………」


「僕たちが病気になったとき、病院に行きますよね。でも、腹痛なのに接骨院に行く人はいないでしょう。ですが、そういうことが起こります。特に、さきほど言ったオカルト的なものは種類が多く、パッと見判断できないものも多いんです。だから早めに相談する必要がある。その人が指摘してくれる場合があるし、その人の知り合いがなんとかしてくれる場合もある。それに、僕みたいな人を通してくる場合もある」


 諦目さんの目が細くなる。


「パイプ役なんですよ、要は。『こういうので困っている人がいる。なんとかならないか』と情報が回ってくるので、こちらでツテを探し、もしくは情報を共有する。だから、ゴーストバスターと言っても、僕がなんとかするのではなく、誰か専門家を紹介して解決してもらう、というのが正しんです」


「…………」


「個人が自力で専門家を見つけるのは、なかなか骨がいりますよ」


 その最後の一言が効いたようだ。諦目さんは息を吐くと、しばらく椅子に寄りかかり目を閉じていた。


 次に目を開けたのは、横をカートが通ったときだった。


 諦目さんは迷わずビールを買った。僕が買ったのではない、普通のアルコール入りのものだった。そして。


「私は、お酒が弱いんです」と言って、飲む。


「だからこれは、酔っ払いの戯言です」


「聞きましょう」


 苦い顔で、諦目さんは言った。


「実は私、死ぬんですよ」


 缶を置き、目線を落とす。


「一か月。私の寿命はそれまでだそうです。死神に言われたので、それは確実でしょう」


 死神。


 あまり聞きたくない単語が出てきた。


「三日、生きたいんです」


「え?」


「死神から告げられた寿命。それからあと三日だけ、長く生きたいんです」


 三日。それに何があるのか、諦目さんは語ってくれた。


 そして、その話の最後、僕は彼から、依頼を受けることになる。

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