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今回の依頼者、諦目 帝(あきらめ みかど)さんに会ったのは、八戸から名古屋に帰る新幹線の中だった。
そのとき僕は、ちょうど一仕事終えたあとで、心地よい疲労感と満足感で気分が良かった。
どのくらいかと言うと、今まで買ったことないビールを買って、新幹線で乾杯してしまおうかと思うくらい。
興味はあってもなかなか手を出せずにいたものを、このテンションに任せて買ってみようと思ったのだ。いつもは自制心で押さえているが、今日だけは厳格な自制心サマも「まあいいか」と許してくれるはずである。そのくらい、今回の仕事はよくできた。鼻歌くらいなら歌っていただろう。ここが新幹線ではなく自室だったら、窓が閉まっているか確認もせずに大声で熱唱していたかもしれない。
これまで仕事終わりに乾杯することは何度かあったが、そのときはいつもコーラやファンタだった。炭酸は骨を溶かすと親から言われていたので、普段はあまり口にしない。だからここぞというときに飲むのが通例だった。
だが最近、ビールが炭酸だと聞き、チャレンジしたくなったのだ。聞くところによると甘くなく、苦いらしいが、こんなときでもないと買おうとは思わない。お酒はやっぱり高いし、同じ炭酸なら甘い方が良い。
カートが回って来たとき、気分が変わらないうちに迷いなくビールを頼んだ。ノンアルコールを進められたときは少し冷や汗をかいたが、平日の昼間なのでアルコールが無い方もあると教えてくれたのだと解釈する。僕は違うが、これから仕事という人もいるだろう。そっちも興味あったので、結局ノンアルのほうを注文した。お酒とおつまみはセットということも知識だけは持っていたので、イカも買う。甘いのが欲しかったのでついでにチョコを買った。
お金を払っているときは少し冷静になれたのでその場で乾杯はしなかったが、カートが消えた瞬間にプルタブを立てていた。
平日の、旅行シーズンとも重ならないこの時期。東京方面に向かう新幹線はどれも空いていた。指定席ですらほとんど人がいない。
一番前の、足が十分に伸ばせる席で、まだ日も高いうちからお酒ーーアルコールは入っていないけれどーーを飲む。なんだかとても贅沢に思えた。
普段贅沢に慣れていない僕は、このあとなんかあるんじゃないかと思ったりもしたが、それはそれで良かったりする。平穏はありがたいが、そればかりだと少しばかり困ってしまうのだ。
初めてのビールは、
「…………」
あまりおいしくなかった。
ノンアルだからだろうか。あまり味がしない。炭酸は炭酸だが、口の中で手しゅわしゅわするだけでそれ以上の感想は出てこなかった。
おつまみにイカが合うというのもよくわからなかった。飲み慣れればわかるだろうか。それとも味覚がまだ子どもなのだろうか。
結局、首を傾げながらもビールを一本空けたが、いい経験になっただけだった。だが、イカは単体で美味しく、今度それだけ食べてもいいと思えるくらいだった。
ビールが空くタイミングで、もう一回カートが来た。今度はいつものようにコーラを頼んだ。またイカも頼もうかと思ったが、今度はナッツにした。コーラの場合、どうも飲むより食べる方がペースが速いので、二袋購入する。甘いコーラを飲むので、チョコは鞄の中にしまう。そうしないと、ナッツを置くスペースがなかった。
それらが半分ほどなくなったとき、諦目さんが乗ってきた。
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