第2話

 


 しょんぼりと肩を落としたおふくろの姿を背中に感じながら、他の言い方を思い付かなかった自分を責めた。


 本音を言うと大学に行きたい。大卒なら就職先の選択の幅が広がる。大手広告業界で自分のクリエイティブなアイデアやボキャブラリーを活かし、コピーライターとしての能力を思い切り発揮したい。だが、現状では無理だ。夢のまた夢。……諦めるしかない。これ以上、おふくろに苦労をかけたくなかった。


 俺は決意を固めると、腰を上げた。居間の障子を開けると、静かに食事をするおふくろが居た。


「あー、腹減った」


 好物の肉じゃがを頬張った。


「ろくすっぽ食べないでかっこつけて出て行って、お腹空いて戻って来てんの。うふふ」


「別にかっこつけたわけじゃないからな。本心を言ったまでだから」


「大卒の方が、就職に有利じゃないか」


 俺と同じ事を思ってやがる……。


「……おふくろ」


「ん?」


「俺、決めたから。大学は行かない。だから、勧誘の仕事もするな」


「はぁ~。お前は父さんに似て頑固だね」


 深いため息の後におふくろはそう言うと、柔らかな笑みを浮かべて俺を見た。




 翌日、隆志に胸の内を語った。


「ほんとにそれでいいのか」


 心配そうな顔で俺を見た。


「ああ。……決めたんだ」


 覚悟するかのように言い切った。


 俺の事を本気で考えてくれるおふくろと隆志のお陰で、何が大切なのかが分かったような気がした。だからと言って、夢を諦めたわけではない。コピーライターの募集があったら応募するつもりだ。その前に、初給料でおふくろに何かプレゼントがしたい。高価なものは買ってやれないが。……そうだ、外で豪華な食事をするのもいいか。いや、やっぱり食事は家がいい。おふくろの味に勝る外食なし。……ちょっと待てよ。これ、食品企業のキャッチコピーにならないか? “おふくろの味に勝る外食なし”そんな事を思いながら、夢を膨らませていた。



 満開の桜が土手を彩る頃、俺は隆志と一緒に、近くにある洋菓子工場の製造ラインで働いていた。クッキーやチョコレートの甘い香りが一日中漂う工場の中は快適だった。ここなら長く勤まりそうだ。そして、収入が安定したら、おふくろには仕事を辞めてもらい、家でのんびりさせるつもりだ。


 隆志と一緒に働ける事。おふくろの料理と味噌汁を毎日食べられる事。俺は幸せだと思った。収入を得るために取り合えず就職したが、もしかして、この工場に居着き、社内恋愛を経て結婚するかもしれない。


 そんなふうに思った理由は、入社式で答辞を読んだ、同じラインで働く彼女の事が気になっていたからだ。まだ二人きりで話をした事はないが、皆と一緒の時に見せる笑顔が愛らしかった。彼女にも友達がいるみたいだから、隆志と四人で花見でもしたいな。俺は、彼女と交際したい気持ちを抱きながら、漠然と将来の設計図を描いていた。おふくろに会わせる日が来たら、互いに気に入ってくれたらいいな。そして、おふくろの味噌汁の味を受け継いでほしい。彼女のエプロン姿を想像しながら、目が合った彼女に笑いかけた。すると、彼女はじらうようにうつむいた。




 俺は、もう一つの夢を見付けた。




 了

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おふくろの味噌汁 紫 李鳥 @shiritori

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