17-九月一日(木)

「だじゅげ、れで……どう! ごあ、ごあー……っだよう!」

 跳躍した直後、腕のなかに東尋坊あんこがいた。

 状況を把握する。

 九月一日、三人組の襲撃。仮称痩せぎすとジュンジを無力化し、人質とされていた東尋坊あんこを救出した直後である。

「──くたじまッ! うずらは、すぐ近くにいる!」

 佐藤露草が叫ぶ。

 カード型盗聴器の受信可能距離はおよそ百メートル。佐藤うずらが現時点でも九丹島ミナトを盗聴しているとすれば、この範囲内にいなければならない。

「? うずら?」

 永久寺八尺が怪訝そうに呟く。

 そして、こちらへ近づいてくる足音。目視で確認する。

 記憶通り、狸小路綾花である。

「あんこ、すこし離れていてくれるかな。危ないから」

「えっ──」

 九丹島ミナトは東尋坊あんこの肩を掴み、引き剥がした。

 まずは目前の危険を排除すべきだ。

 家屋と家屋との約五十センチの隙間に声を掛ける。

「ボウイチ。そこにいるのは知ってるからさ、出てきなよ」

 背後から狸小路綾花と小林大吉の会話が聞こえる。

「……ひゅー、ひゆー……ら、らいきち……はやすぎぃ、れすわ……」

「申し訳ありません、お嬢様。一刻を争うと判断いたしましたので」

「そ、そうら! み、みなと……は、らいじょうぶ……?」

「ハハ、ボウイチ。出てこないと、こっちから行くよ?」

「みなと……? られと、はなしを──」

 挑発に乗り、ボウイチが姿を現す。

「ゥろアああああああ────────ッ!」

 ナイフに限らず、武器を持った相手と、狭い空間で相対すべきでない。しかし、出てきてしまえば幾らでも対処は可能である。

 リミッター解除。

 主観時間が限りなく引き延ばされる。

 ボウイチがナイフを腰だめに構え、一直線に襲い掛かる。

 半歩横に動き、足を引っ掛ける。

 最小動作、最大効果を選択したことには理由がある。

 警戒すべきは、ボウイチではなく佐藤うずらだ。

 九丹島ミナトは油断をするように出来ていないが、人体構造上不可能なことはある。

 万全の態勢を整えておくべきだ。

『パスン』

 変換処理を施す。

 クロスボウの発射音。

 ボウイチの隠れていた隙間から矢が飛び出す。

 射線上に九丹島ミナトの肉体はない。無視してよい。

 佐藤うずらが姿を見せる。

 この隙間は、途中でクランク状に曲がり、逆側の道路へと繋がっていると考えられる。

 佐藤うずらは逆側から侵入し、角に身を潜め、ボウイチを囮にしたと推測する。

 佐藤うずらを観察する。

 両手に同型のクロスボウを持っている。

 佐藤うずらが右手に持っていたクロスボウを、こちらへ軽く放り投げる。

 目眩ましだ。

 半歩下がり、放物線上から身を逸らす。

 佐藤うずらが大きく踏み込みながら、左手で持ったクロスボウで狙いをつける。

 手首に手刀を叩き込み、取り落とさせる。

 気づく。

 矢が装填されていない。弦も引かれていない。

 佐藤うずらが、一瞬前に放り投げたクロスボウを空中で掴む。

 効果的なブラフだが、習熟が足りない。

 佐藤うずらがクロスボウを構え、こちらに狙いをつけ、トリガーを引くまで約三秒。

 三秒間あれば無手で二名は殺害できる。

 右脚の筋力を最大値の約六十パーセントまで引き上げ、佐藤うずらの側頭部を蹴る。

 佐藤うずらの頭部が弧を描き、アスファルトに叩きつけられる。

 陶器が割れるような音が周囲に響いても勢いは止まらず、粉砕した頚骨をぐにゃりと曲げながら、頭部を支点としてもう半回転する。

 佐藤うずらは動かない。

 リミッター設定。

「──えっ?」

 狸小路綾花が呆然とした声を上げた。

 佐藤うずらの半死体からポシェットを剥ぎ取り、タイム・タイムを取り出す。

「キミ……、クタジマクン?」

 痩せぎすが九丹島ミナトの名前を呼ぶ。

 目盛りを二十四時間に合わせながら、視線をそちらへ向けた。

「ヒッ!」

 痩せぎすは自分の首を押さえた。

 そして永久寺八尺に取り押さえられているにも関わらず、激しく身をよじる。

「──ハッ! あ、ああ……ひ、ひひ、あアああ、ハあッ! み、ミ──」

 痩せぎすは自分の首を絞めながら、言った。

「おレ、を……み、みル、な……ァ──……」

 そして、泡を吹いて気絶した。

 この時間軸に用はない。

 タイム・タイムを反転した。




▼ Continued...

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