08-八月三十一日(水)

「おはよ、あんこ。あと──くたじま」

 八尺の隣に立っていた露草が、目を逸らしながら挨拶をした。

「ああ、おはよう。露草。八尺」

 挨拶を返す。

 札幌は今日も晴れ。さわやかな一日の始まりだった。



 四人で談笑しながら通学路を歩き、校門をくぐって下足場で靴を交換する。

 そのとき、八尺が小声で尋ねてきた。

「ミナトくん、どんな魔法を使ったのさ」

「露草のことか?」

「うん。昨日あんなに思いつめてそうだったのに、今日は普通──じゃ、ないかな。まだ蹴られてないから、元気はないのかもだけど」

「正直なところ、よくわからんのだ。昨夜、LINEしたら返ってきてな。べつに怒っていたわけではないらしい」

「ふうん……」

 八尺がつるりとあごを撫でる。考え事をするときの癖のようだ。

「ふたりとも、なにやってるのよ」

「置いてっちゃうよー」

 先に廊下に出ていたあんこと露草に急かされ、俺と八尺は顔を見合わせて苦笑した。



「……本当に、露草さんの邪魔は入らないんですのね?」

 時は流れ、昼休み。

 昼食を済ませた俺とお嬢、そして大吉は、特別教室や空き教室の並ぶ高校校舎の一角を歩いていた。

 先日、天ヶ瀬立てこもり事件のあった悪魔学研究会もこのあたりにある。

 中学校舎へと続く連絡通路の傍だが、あまり歩行者もいないため、放課後ならともかく人目はないに等しい。

「ああ、今日は大丈夫だ。露草の用事は済んだからな」

「本当ですの? 本当に大丈夫ですのね?」

「お嬢様、あまりしつこいとミナト様に呆れられてしまいますよ」

 約束を反故にしたのはこちらだし、呆れはしないけれど。

「だってさみしかったんですわ! 待てども待てどもミナトはこないし、昼休みはどんどん過ぎてくし! だいたい先に約束したのはわたくしなのに、どうして露草さんのほうを優先するんですの! 納得いきませんわよ!」

「それはすまん。本当に申し訳ない。ちょっと断れなくてな」

 物理的に。

 ここでお嬢と露草を仲違いさせると、さらに面倒なことになりそうだったので、俺が泥をかぶることにする。

「断れないって、いったいなんの話だったんですの」

 お嬢がジト目で俺を睨む。

「言えない。俺たちだって、今から第三者には聞かれたくない話をするだろう。露草との話も、そういう性質のものだよ」

「で、ですが、わたくしには知る権利がありますわ! なんと言っても三十分も待たされたんですから!」

「なら、逆に問おう。俺がその程度の理由で、第三者にプライバシーを漏らすような人間だったとしたら、お嬢は内密の話をしようと思うか?」

「……う」

 お嬢が言葉に詰まる。

「お嬢様の負け、でございますね」

「う、う──うきゃあーッ! もおーッ!」

「申し訳ありません、ミナト様。お嬢様の慎ましやかな脳がパンクいたしました」

「いつものことだな」

「聞こえてますわよッ!」

 そこで足を止める。

 不用心なこととは思うが、空き教室には鍵が取り付けられていない。

 昼休みには教師による巡回も少ないため、どこで会話をしようと問題はないのだが、人にはそれぞれ縄張りというものがある。

 元二年八組は、俺たちが溜まり場として使用している定番の場所だった。

 扉を開き、教室のなかへと入る。

 浮き上がったホコリが、太陽の光を浴びてきらめいた。

「よっ、と」

 適当な机に腰をかける。

「大吉? どうしたんですの」

 お嬢の視線をたどると、大吉が扉の前で立ち止まっていた。

「いえ──今、誰かに見られていた気がしまして」

「だれか? べつに、学校なのだから、誰がいてもおかしくないでしょうに」

「そう、ですね。少々過敏だったかもしれません」

 大吉はそう言って、後ろ手に教室の扉を閉めた。

「それじゃあ、話を


▼ Continued...

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