07-八月三十日(火)
「……あの、盛り上がってるところ悪いんですけど」
「どうした?」
「僕が誘うって、そんなに名案なんでしょうか」
「これ以上ないってくらいにな。理解はしなくていい。実行しろ」
「えっと……うん……なんか立場が逆転してるような……」
「よし行け八尺!」
「いけーっ!」
俺とあんこは呼吸を合わせて、八尺を押し出した。
「わわっ、わあッ!」
八尺がたたらを踏む。
そして、露草と向かい合った。
「──ッ!」
唐突に、
露草が駆け出した。
八尺の巨体をかわし、俺とあんこのあいだを、まるで風のようにすり抜ける。
「えと、あの、佐藤さん──って、あれ?」
八尺の言葉は届かない。
俺たちが振り向いたときには、露草の姿はもう、なかった。
「な、なんか……ダメ、だったみたいだね……」
八尺はそう言うと、大きく溜め息をついた。
「つっきー、どうしたんだろ」
あんこが小首をかしげる。
「やっぱ僕のせいかなあ……」
「いや、そうじゃない。八尺が気にすることはない。俺のほうの問題が、思った以上に根深かったってことだろ」
八尺から逃げるというのは、相当だ。
俺とうずらを付き合わせることが、露草にとってどれほど重要だったのかはわからない。
俺が断ったことで、なにか大きな歯車が狂ったのかもしれない。
それでも俺は、あの瞬間を何度繰り返しても、同じ返答をするだろう。
だから、謝ることはできない。
口先だけの謝罪はしたくない。
これは、長引くかもしれないな。
あとでメッセージでも送って、明日また話し掛けてみよう。
「ミナト、むつかしい顔してる」
「人間関係は難しいさ。それでも、なんとかなる。友達だから。俺は、そう信じている」
「ミナトくんのそういうとこ、素直にすごいと思うよ……」
八尺は肩を落とし続けたままだ。
露草に無視されたことが相当ショックだったらしい。
「よっし! そんじゃ、行こっか!」
あんこが両手で俺と八尺の手を引いた。
「あわ、あわわ!」
八尺の頬が瞬時に紅潮する。
「どこへ行くって?」
「ミナトだめだよー、ひとの話は聞かないと。カラオケ行きたいって言ったでしょ!」
「ああ……」
「でで、でも、それは佐藤さんの機嫌を直すための」
「いーいのっ! 行きたいのっ! それにはっしゃくん、つっきーいないからアニソン歌い放題だよ!」
「アニソン……」
八尺の目に、光が戻った。
「よおし! 東尋坊さん、僕歌うよ! アニソンからボカロまでありとあらゆるオタ曲を入れまくって歌いまくってマイクを独占してやる!」
「八尺、お前別室な」
「ミナトくんひどい!」
「独占するなよ、歌わせろ」
「あははー」
俺たちは、そのままのテンションで東急南口そばのカラオケボックスへと雪崩れ込むと、三時間ほどがっつり歌い通したのだった。
「──送信、と」
蛍光灯の光度では、さほど逆光も気にならない。俺は布団に寝転がりながら、スマートフォンを掲げていた腕を下ろした。
露草へのメッセージ。
文面は、かなり悩んだ。
謝罪はできない。
だが、俺は悪くないと主張するわけにも行かない。
関係のない話題に逃げるのは、俺の好みではない。
だからシンプルに、
『うずらも気になるが、それ以上にお前が心配だ。』
そう送った。
返信はあまり期待していなかった。
だから、携帯が小さく震えたとき、すこし驚いた。
『ごめん』
『あたしはだいじょぶ』
『ごめんね』
『永久寺だいじょぶかな』
『だいじょぶだよね』
『ごめんね』
いつもゴテゴテと装飾され、スタンプを多用する露草のメッセージが、今回に限ってやたらシンプルだった。
俺に対して怒っているわけではないことに、心の底から安堵する。
喧嘩をしたなら謝ればいい。
けれど、喧嘩もせずにこじれた場合、修復は果てしなく難しいだろう。
友人は大切だ。
俺は、ひとりではなにも成せないから。
左手で携帯を持ち、右手の指でタッチパネルを操作する。
『露草が怒っていないようで、よかった』
『八尺なら問題ない』
『あれはおおらかな男だ』
『すこし無視をしたくらいで露草を嫌ったりはしないよ』
『それは保証する』
『でも、すこし気にしていたようだったから、言い訳を用意しておくといいかもしれないな』
すぐさまメッセージが既読になる。
『永久寺がきにしてたってほんと?』
『なんていってた?』
『あやまったほうがいいかな』
『どうかなくたじま』
「──くくっ」
笑いを噛み殺しきれなかった。
恋する乙女という言葉は、露草にこそふさわしい。
八尺のことが気になって仕方がないのだ。
照れ隠しが過激すぎる点を除けば、実に微笑ましい。
本当に、付き合ってしまえばいいのに。
八尺の気持ちは、まだ底が見えていないけれど。
そのまま露草とメッセージをやり取りし、夜は更けていった。
そして、どちらからともなく途切れたころ、俺はいつの間にか眠りについていた。
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