05-八月三十日(火)

 俺とあんこ、八尺と露草の地下鉄・JR組は、毎朝札幌駅北口で待ち合わせをして学校へと向かう。

 お嬢と大吉は徒歩圏内なので、その限りではない。

 だから、今朝のように、露草のいない登校というのは珍しかった。

 あんこの携帯に「先に行ってる」というメッセージが届いていたため、心配する必要はないのだが、いまいち据わりが悪い。

 それは八尺も同じようで、いたらいたで蹴られるのが目に見えているにも関わらず、いなければいないで落ち着かない様子だった。

 マイペースなのはあんこだけである。

 教室に入ると、お嬢が目を輝かせてこちらに近づいてきた。

「ミナト──」

「やあくたんじま。君がどこまで真実に近づけたか、私に聞かせてはくれないかな」

 たまたま黒板のそばにいた天ヶ瀬が、マントをはためかせてお嬢を遮った。

 昨日の会話で得られた天ヶ瀬像からするに、意図しての行動ではないのだろう。

 背後の八尺とあんこが教室に入れるよう、一歩だけ身をずらす。

 あんこはにこにこと笑みを浮かべ、八尺は不思議そうな表情で、それぞれに俺を振り返りながら自分の席へと向かって行った。

「あー……、ええと──」

 スカートを握り締めてこちらを睨んでいるお嬢が気になるが、ならばさっさと天ヶ瀬との会話を済ませてしまうべきだろう。

「天ヶ瀬が一昨日、H大附属図書館にいたこと。そして、俺が〈タイムマシンは作れますか?〉という本を手に取ったとき、すぐそばでそれを見ていたこと。俺があの手紙を入手した瞬間を目撃していたこと。ここまで確定できた」

「ふうん……」

 天ヶ瀬が自分のあごに指を当て、にやにやと笑みを浮かべてみせた。

「やはり、私の目に狂いはなかったようだね。推理力、記憶力ともに及第点だよ。ヒントと言うのもおこがましいが、現時点までのくたんじまの推理はすべて正しい──とだけ言っておこうか」

「昨日と違って、ずいぶんと自信があるようじゃないか」

「なに、これが余裕というものさ」

 そう言ってふんぞり返る天ヶ瀬を見て、ふと昨夜考えていた仮説が脳裏をよぎった。

「ああ、そうだ。まずもって正しくはないと思うが、ひとつ確かめておきたくてな」

「なんだい?」

「あの手紙を書いたのは天ヶ瀬──では、ないよな?」

 これが、否定しきれなかった可能性である。

 昨日の会話から、違うらしいことはわかっていたのだが、どうにも決定打がなかったのだ。

「……なるほど。くたんじまの立場からだと、その可能性を完全に打ち消せないんだね。それくらいなら構わない。手紙を書いたのも、本に挟んだのも、私ではないよ。私は純粋なる第三者として推理を進めるといい」

「そうか、了解した」

 もしそうだったら、それはそれで面白かったんだがな。

「では、審判が下されるニ日後まで、せいぜい足掻いてみせてくれ! エロイム・エッサイム、フルガティウィ・エト・アッペラウィ!」

「悪魔召喚の呪文を挨拶にするんじゃねえよ」

 颯爽とマントをひるがえし、天ヶ瀬は自分の席へと去って行った。

 ふう、と溜め息をつく。

 ここまで大っぴらに天ヶ瀬と会話していれば仕方のないことではあるが、さきほどからずっと好奇の視線をクラス中から感じていた。

 目を合わせようとすると逸らされるが、そこにどんな感情が篭められているのかくらいは理解できる。

 それはつまり、「ああ、やっぱり」というある種の納得だ。

 俺は、奇人変人の引受人ではない。

 そう主張したいところだが、いまは何を言っても言い訳にしか聞こえないだろう。

「そうだ、お嬢!」

 天ヶ瀬との会話が終わるのを待っていたお嬢が、ぱっと顔を上げた。

「ミナ──」

「ちょおわっ!」

 唐突に、反抗を許さないほどの強い力で背後から腕を引っ張られた。

 あっと言う間に教室を引きずり出され、階段の傍にまで連れて行かれる。

 そこで、ようやく振り向くことができた。

「なにしやがるッ!」

「いいから、ついてきなさい」

「──露、草?」

 俺の左腕を抱えていたのは露草だった。

「あ、あぶ! あぶねえ! 階段はあぶねえよ馬鹿!」

「うるさいわね!」

「なんだか知らんがついて行くから離せッ!」

「…………」

 踊り場まで来て、露草がようやく俺の腕を解放した。

「こっちよ。ついてきて」

 よほど反転してダッシュで逃げてやろうかと思ったが、露草の身体能力はちょっとした格闘マンガの主人公レベルだ。

 すぐに捕まって、今度は問答無用で引きずられるのは目に見えていた。

 それにしても、お嬢には悪いことをした。

 というか、間が悪かった。

 少々納得は行かないが、後で謝っておかなくてはなるまい。

「……どこへ行くんだ」

「見てわかるでしょ。外よ、外」

 下足場で靴を履き替える。

 そのまま無言でついて行くと、露草は校舎を大回りして、どんどん人気のないほうへと進んでいった。

 そして、誰も管理していない小さな花壇の跡で、ようやく足を止める。

「ここが目的地か?」

「そうね」

 露草が校舎に寄りかかる。

 俺もそれにならった。

「──…………」

「──……」

「……なんの用だよ」

「すこしは待てないの? こらえ性ないわね」

「なにかを待ってるなら、初めからそう言えよ」

「うるさいわね! まったく、なんでこんなやつがいいんだか」

「はあ?」

「だから、うるっさい!」

 露草がこちらを向き、ちいさな肩を怒らせたときだった。


 ──ガシャン!


 上から下へ。

 視界を茶色いものが通り抜けて、地面に叩きつけられた。

「植木鉢……」

 慌てて頭上を見る。

 二階の窓が開かれていた。

 窓際に置かれていた植木鉢が、なにかの拍子に落ちたのか?

 ありえない話ではない、が。

「──まさか、そんな……でも……」

 俺の思考を否定するように、露草が独り言をつぶやいた。

「おい、どうした?」

 それも、親指の爪を噛みながら、尋常でない様子だ。

 俺は露草の両肩に手を置き


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