第27話 現在地の違和感

スリーピースのスーツを着て、

ストライプの青いネクタイを締めて、

ストレートチップの革靴を履いて、ふと思う。


あ、俺もう働いている。

働き出してから1年が経った。新人から若手と呼ばれるようになった。まだまだ1人前とは言えないだろうが、それでも1年間を社会人として過ごしたのだ。だが、まだ慣れない。仕事には慣れたが仕事をする自分に慣れないのだ。


昔からこの感覚があった。

やがて来る、おそらく外れようのない未来に関して実感が持てない。大学生の時は社会人が想像出来なかった。

「俺って、本当に働くのかな」

勿論、当然働いている。社会人になることに疑問は無かった。日々勤労に励み暮らしていくのだと頭では分かっていた。いつも心が追いつかない。

スーツを着て、お客様と会い、打ち合わせをして、仲のいい上司と帰りがけに飯を食う。そんなことをしている自分が、ドラマの登場人物のように思う。


「うわ、俺めっちゃ社会人ぽいじゃん」

と、どこか他人事のように感じるのだ。


社会人に限った話ではなかった。

古くは小学生の時に、この感覚を味わっていた。

「僕はホンマに中学生になるんかな?」

街で学ランを見かける。その時は中学生がずっと大人に見えた。中学には部活があった。部活ってなんだ? 僕が行ってる野球チームとは違うのか? そんなことが未知数で期待を膨らませた。


中学生の時も、高校生の時も、同じだった。いつか来る自分がいざやってきても、心の中では何だか変な感じする。もどかしいというわけではない。理想と現実を手にして青春らしく悩むようなことはなかった。ただ、何か信じられないという感覚がある。


さて、俺が体験出来そうなことは、あとどれくらいあるのか。

良い相手がいれば結ばれる。

授かることが出来れば、子育てが出来る。

もっと恵まれれば孫を拝める。

そしていつか、親は亡くなる。

そんなところかな。


いや、最後に1つあるのか。自分が死ぬ。

たぶんこれだけは、違和感は訪れないだろう。

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