第25話 原風景・緑野

 一面の野原がいつも心にあった。

 見渡す限りの緑の絨毯、なだらかな丘は青々として、朝露のしずくは一粒までも太陽が照らす。ここは私の原風景、そして住処。緑と光の楽園。


 人は居ない。わたしただ一人だ。だから服も着ずに緑の真ん中に立っている。素肌を風が舐めていく。柔らかい微風は丸みを帯びてさえいるようだ。


 芝生に寝転がる。

 よく手入れした芝は肌を刺さずチクチクしない。草の匂いが顔を包んだ。


 静かだ。

 ゆるい風、揺れるほど背も高くない草木が、それでも風にかき分けられ、さやぐ。

 風の音と、草のささやきだけが聞こえる。

 空の青と白、地の緑。ここには自然なものしかない。


 いつの間にか寝入っていた。

 目を覚ますと素足の先の感覚がおかしい。ちゃぽちゃぽ、水に浸かっている。

 ああ、もうお昼を過ぎたのか。この時期、ここは午後から水が染み出してくる。一面の緑野が水に沈むのだ。細切れの芝の葉が水の中にいくつもいくつも浮かんでいる。私はその中を泳ぐ。


 この水は透明だが、背景が緑のせいで、森の中を泳いでいるような気分になる。森を泳ぐというのは妙な表現だが、他に言いようもない。


 この水はいつもどこから来るのだろう。

 低いところから思い出しように沸いてくるが、雨水よりよほど澄んでいる。最近の飲み水はこの湧き水を使っているのだけど、その日ごとに味が違う。今日は……桃の味がする。桃の味がするということは……。私は水の深いところまで泳いでいく。川上……ではないが、水源らしき場所はある。芝の地面のもっとも低い場所から沸いてくるのだが、その地の底からは水だけでなく様々な物が出てくるのだ。


 ほとんどは予想のつかない物ばかり出てくるが、ひとつだけ法則を知っている。水の味にちなんだ果物が水源近くには浮かんでいるのだ。ほら、今日もあった。桃がプカプカ浮かんでいる。裸でないのは珍しい。今日の桃は上等な桐箱に入っている。ご丁寧だ。味も格別だった。


 そろそろ水から上がろうかな、それでどうしようかな。

 芝の斜面を滑ろうか、草を集めて布団を作るか、穴でも掘ろうか、意味もなく。

 

 私はそうして暮らしている。

 昔は街で暮らしていたこともあるが、ここの牧歌的な生活が好きだ。

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