第17話 ただ一瞬の万雷

毎日毎日、私はレッスンだ。


とうとう明日に控えたミュージカルのため、今日の今日まで踊り狂った。自分の体から肉が減ったのがよく分かる。頬が少し痩けたかな。病気を患う役なので役作りとしては悪くない。痩せると動きにキレが出るけど、その分だけ疲れやすくなる。これは個人的な感覚だろうけど、ダンスのメリハリを総合的に考えるともう少し体重があったほうが踊りやすかった。まあ、とはいえもう明日だ。急に体重は増やせないし、あんまり食べて調子も崩したくない。


カツカツカツ、カッカッ……。

タップダンスの足さばきはもう十分に染み付いた。癖になっているのか、ついつい駅のホームで電車を待つとやってしまう。タップダンスに大した力は要らない。足平を振って銀の地面を叩く。ここのパートは楽でいい。リズムは難しいが、それももう完璧。


歌って踊って演じて、毎日遅くまで稽古とレッスン。そういう家で生まれた私は特に疑問も持たずこの道を歩いてきた。向いていたとも思う。顔も身体も派手で、よく通る声も武器になった。


でも時々思う。

疲れるなぁ……。


誰のために踊っているのか。

お客さんのためかと言えば違うと思う。舞台を良い物にするのはそれが仕事だからだ。そういうものなんだ。じゃあ親のため? それも違うと思う。こんなに毎日を必死こいて汗水たらして涙も流して、先生は厳しいし、家に帰っても台本読まなきゃ覚えらんないし、でも体調管理は当然だし、たかだか3日の公演でなんで半年も準備がいるのか。


ここのところは特に忙しかった。

リハーサルの出来が悪くて演出家の先生は青い顔していて、自主練という名の強制参加練習。そういうのが連日続く。学生から上がり立ての子も多くて仕方ない部分もあったけど、本当にまとまらなかった。私はとっくに仕上げていたが、だからといって余裕もなかった。周りが下手だと引っ張られる。それに全体練習もあるし、絡みがあるから休めない。


何やってんだろなぁ……って、よく思うよ。

朝から晩まで歌って踊って、通し稽古は本当に長いし、替えのシャツ足りなくてちょっと臭うし、同じとこばっかチェック入るからもう足パンパン、ご飯食べる時間も惜しい。


でも、そうやっていくうちに段々と物が出来ていく。そして幕が開く。

緊張はしない。何回もやってきた事を今日もやるだけ、本番で緊張する人っているのかな、意外に思われるけどけっこうそんなもんだよ。


歌い、踊り、演じ切った。

私のソロパートで締めくくられる今日の劇。空に手を伸ばすポーズで終わる。


響く拍手が誇らしい。

たぶんこの一瞬のためだ。

泥の中を這い回る毎日が、今日だけ日の目を浴びる。拍手が止むまでの間だけ報われる。

ただ一瞬、この一瞬。

こんな僅かばかりの時間のために、生きていく。





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