第14話 胸の中の炎の有無
身の振り方に悩んでいた。
広いオフィスでずらり並んだ社員の中の一人、私は悩んでいた。会社を辞めるか、続けるか。仕事はキツくはないが楽しくなかった。人間関係は悪くなかったが、それで引き留められる理由になる程でもなかった。
あぁ、やる気が出ない。新規の見積書を採番しながら思う。漫画を描きたい。漫画家志望の私は仕方なく社会人をしている。日々の仕事の合間と休日を使って漫画を描き、送る。そういう生活を続けていた。
いまだ芽は出ない。
いつか出るのだろうか。
私という才能の種子を疑うことは多い。
出目がないなら振るだけ無駄で、腐った種子なら時間の水をやるだけ無駄だ。それが怖かった。無駄になるかもしれないものに構い続けるのは、結局のところ性というしかない。
やらなければ確実になれない。その事実が私を動かし続ける。
それで、漫画に専念するため会社を辞めるか、それともこのまま働きつつ目指すのか悩んでいた。
ネットに聞いても答えは出ないが、参考になる。見積書の付属ドキュメントに不備があったので営業にメールする。仕事を増やすな。
他のことなんてすっぱりと辞めて漫画だけを書くというのは、潔くて実践したくなるが無鉄砲だ。生活基盤を失って、それで望む所へ行けなかったらどうなるのか、すり減る貯金に焦りながら生きていくのか、そんな状態で良い作品が描けるのかも気になった。
だったら仕事をしながら描けばいいと思っても、月から金まで仕事はある。日々の業務はキツくないと言っても負担には違いない。定時で帰って腰を据えて描けるのは3時間くらいか。時間が欲しい。せめて週休3日にしてくれないだろうか。
……けれど、これらの問題は誤魔化しに過ぎないと、私はどこかで感じている。描く人は描き続けるのだ。状況がどうあれ、心の奥底から創作の意欲が湧き上がり続ける人達、ああいう人種の執念のようなものが私には決定的に足りていないと思う。私も少なくない時間を使って描いているが、時間ではなく、向き合い方とでも言えばいいのか。
時間や環境ではなく、胸の中の、世界に放ちたい何か。書かずにはいられない炎のようなどこか黒々とした意欲。私にはそういう物が少し欠けている気がする。けれど描いている。漫画家になりたくて漫画を書く者と、漫画が書きたくて描く者では、どこか知らず線が引かれているような感覚がある。
それでも、それでも描く。
描くしかないことだけは知っている。
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