第13話 好奇心は〇〇をも〇す
今まで生きてきて、考えつく大体のことは経験出来た。
彼女が出来て、良い大学に入って、就職して、子供が生まれた。
独立して、人を雇って、経営もした。人に話せる良い経験はこんな感じか。
悪い経験も沢山した。盗んで、火をつけて、物を壊して、詐欺もした。
1つも露見はしていない。これら犯罪行為は俺がしたくてしたことだった。
理由はシンプルに好奇心。
昔からそうだった。気になって仕方なくなる。まだ知らない事、物、場所、行為。好奇心の対象が俺のどの琴線に触れるかは分からないが、気になって仕方がないことは全て無理矢理にでも経験してきた。放火の罪が暴かれないようにセッティングするのは骨が折れた。準備に半年もかかった。
今、俺は廃墟になったホテルの中で女子中学生を待っている。
これから殺人という好奇心を満たすつもりだ。今の今まで人を殺したことはない。殺人は人間社会のタブーだ。俺だって人殺しになるのに躊躇はあった。バレたら終わるし、何よりそもそも恐ろしい。だがそれ以上に惹かれてしまう。人を殺すってのはいったいどんな感覚なんだ。気になる。さっきから体が細かく震えている。殺人への恐怖とすぐそこにある知らない世界への期待が混ざり合い、俺の挙動をおかしくさせる。いま引き返せば平穏な日常へ戻れると思う。その方がいいと脳ミソの冷静な部分が言ってくる。けれどそれ以上に本能が叫び返してくる。
一旦、落ち着こう。
ちょっと整理しよう。
今日やってくる女子中学生はネットで見つけた死にたがりの子だ。人に構われないと寂しさで潰れる空想上のウサギのような子だ。口だけの死にたがりか、本当に死を見つめているのか判断するのに苦労した。ネットの海は見るとこを見れば死にたい奴で溢れている。選別には時間を要した。
「自殺するなら俺が殺していい?」
そういう風なメールを送った。色々あって今日に至る。
……相手さんからメールが来た。女子中学生が到着したらしい。
見るからに緊張している小柄な女の子が一人、死ににやってくる。
廃墟のエントランスの階段を降りた先に俺はいる。
その階段の1段ずつに何を考えているのだろうか。
良き日の思い出か、死を考えるまでに追いやられた原因を憎むか。
「どうも」
俺が挨拶すると肩をビクリと震わせていた。まだ目が慣れないのだろう。
暗がりから現れた俺はさしずめ死神だろうか。
「思ったより若いんですね」
強ばった声。だが、芯を感じさせる。
「じゃあ、殺すね」
床に置いてあった凶器へ手を伸ばす。包丁かバットか、どちらがいいかな。様になるのは刺殺だろう。心臓に刃物を突き立てるのはきっと絵になる。体が大きく損壊しないところがいい。そういう風に殺したい。包丁でダメならバットがある。嬲り殺す気はないので頭を砕くことになるだろう。ちょっと見た目がグロテスクでかわいそうだ。あんまり使いたくない。撲殺も難しいならロープがある。その辺の張り出したところに引っ掛けて吊るす。だがこれは一番気乗りしない。手に伝わる感触があった方がいいと思う。自分の腕で絞めてもいいが、おそらく自分の手で絞殺するのは重労働だ。
「もう殺すんですか?」
もしかして怖くなったかな。俺もずっと怖い。
「顔を見せて下さいよ」
「それ、意味ある?」
「最後に喋る人の顔を見てみたくて」
少し考える。いたずらに来た可能性は低い。スマホで確認したが監視カメラに外で待機するような人影はない。何かあっても逃げられる準備もある。
……俺は少女の最後の願いを聞き届ける。
二人で月明かりの差す窓辺まで歩いていく。
「塩顔ですね」
「よく言われる」
「もっと変態みたいな人かと思ってました。思ってたよりかっこいい」
「そりゃどうも、じゃあ――」
「なんか死にたくなくなって来ちゃいました」
このガキなに言ってる。俺が今日のためにどれだけ時間をかけたと思っているんだ。アリバイ工作をして、人体の急所を学習し、目撃されないよう対策も打った。お前の気まぐれが左右するような場面じゃないんだよ。
「そんなに殺気立たないでください」
少女は震える声で言う。命乞いしさにも聞こえたが、それよりは何か違う。死ぬ奴の声じゃない。纏う空気の質が少しずつ変わってきているのが分かった。
「付き合いませんか? わたしたち」
こいつ、イカれてるのか。俺にその手の趣味はない……。ない、が……。
「待て、待てよ。それじゃ浮気だろ。俺は結婚してる。妻も娘もいる。仲良くやってる幸せ家族なんだよ」
「変な人。家族の仲もいいのに、人は殺そうとするのに浮気は気にする」
そう、それだ。浮気。気にしたんじゃない。気になったんだ。好奇心ってやつが鎌首をもたげてくるのが分かる。俺は妻を愛している。だけどその状態でこんな見るからにお子様の中学生なんぞと付き合うって、どうなるのか気になる。浮気って、したことない。
「どうせなら、浮気してから殺して下さい」
駄目押しみたいな悪魔の言葉。俺は結局それに負けた。
まあいいか。一挙両得みたいなもんだ。俺がまた殺す気になれたら殺せばいい。だが、いや、情が移りそうか。関われば関わるだけお互いにやりづらくなるかも知れない。それでも浮気が気になったのだ。
好奇心は浮気をも許す。
今日の教訓だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます