第12話 少女期限

 風邪が強くて聞こえなかった。

 だから「賞味期限?」と聞き返した。

 「少女期限っていつまでかな?」と、春香はもう一度言う。

 またこの子は変な言葉作って……。

 放課後、学校の屋上で私たちは喋っていた。机と椅子を持ってきて、お菓子もそこそこ買ってきている。2人だけでたまにやるこの会がけっこう好き。

「それにしても上手い聞き間違いだね。ほとんど意味一緒っていうか、そのまんまっていうか」

 聞き間違いが上手いってなんか面白い表現だ。

「で、何歳だと思う?」

 少女はいつまで少女なのか?

 口の中で唱えてみる。難しい問いかけだ。

 「法律的には19でしょ」

 「つまんねー」

 「まあ待ってよ。まずは外から行かないと」

 もちろん私も19歳が正しい答えだとは思っていない。そういう熱のないクソつまんない数学の答えみたいなのじゃなくて、もっとちゃんと答えるつもりだ。

 「19じゃちょっと少女じゃない。18もダメ。てか大学生ってもうダメ。大人感強い」

 うんうん、と春香が頷く。なるほどなるほど、そこまでは私と一致してるわけだ。

 「春香はどう思ってんの?」

 「わたし? 言っていい? わたし夏穂みたいに外から攻める的なのしないけど」

 んー、風情のない奴。まあいいや、言ってみな。

 「15だね! やっぱフィフティーンでしょ」

 「えー? ふつうセブンティーンでしょーよ」

 うん。意見が割れた。15~17の範囲だろうなーと思ったらやっぱそうだった。

 「17ってもう違くない? 育ち過ぎだって」

 「いやいや待って、てことは何? 私らってもう大人? 」

 「いや今のわたし達は大少女ってところかなー」

 大少女ってなに!? 謎ワードがやけに気に入って笑っていたら春香も釣られて笑い出す。春香の笑い方って面白いんだ。はじめは普通の笑い方、笑って吐き出した息を吸い込む時の「ヒー!」ほら出た。引き笑いっていうの? それ見ちゃうともうダメ。5分くらいずっとお腹抱えるはめになる。


 ……。

 笑いすぎた。

 笑いすぎてちょっとホッペ痛い。

パリッと。切り替えるつもりで煎餅を1枚食べた。

 「そんでだ、少女期限が17はちょっと日持ちし過ぎでしょ。少女というブランドをアピりたいから夏穂は長めに設定してるね!」

 「いやいやいや、さっきも言ったけど、大少女だっけ?(あ、もう口にするのやめとこ。笑いそう)……。16も17も余裕で少女でしょ」

 15が少女期限だ。いや17だ。あーだこーだ言い合っても結局のところ答えは出ない。いつものことだ。別に私らは喋りたいだけ。

 「じゃあ男の意見もいれよっか」

 そう言うなりスマホ取り出してライン飛ばす春香。なるほどぉ。市川くんに送ってんだな。そういう方面はかなり少女ってか乙女の春香にもようやく気になる人が出来たのだ。あんまりこれをからかうとすぐ拗ねるからいじったりはしない。

 少女期限について市川くんが何て言うか見物だ。市川くんが、というより市川くんと向き合う春香が面白い。どうかなー、市川くんもけっこう意識してるっぽいし、いけると思うんだけどなぁ。


 しばらくしてバタバタっと階段を駆け上がって来る音が聞こえてきた。まあ市川くんだろうけど何で走ってんだろ。バーンと市川くん登場。バスケ部の彼は部活の恰好だった。いい腕してんね。その筋の感じいいよねー。


 「春香! ずっと前から好きだった! 俺と付き合ってくれ!」

 おいおいおいどうした市川くん! 告白しなきゃ死ぬ病気になったのか!

 春香はもう何が起きたのか分かっていないような顔をしているし、もちろん私もめっちゃ混乱している。市川くんが言うには春香はいつも大勢と絡んでて二人になる時間が全然ないし、ラインは優しいのにリアルで会うとなんか余所余所しいし、校舎の屋上とかチャンスと思っていっそ告白しようと思ったのだそうだ。いやー男だわコイツ。ちょっと周り見えてなくて告白した後で私が居たことに気づいたらしい。

 「いや、あのー……えーっと、夏穂?」

 なんでそこで私を見るのか。答えは決まって……。

 あ、答えはこれだ。

 「……少女期限は時間じゃない」

 思わず口に出た。

 当然、雰囲気の邪魔はしないように小さく呟いた。

 15とか17とか、そういう年齢が答えって、そんなの数学のクソつまらん答えと一緒だ。少女期限に答えがあるなら、今がそう。それは何かのタイミング。告白したりフラれたり、たぶんそういう線を超えるのが少女期限の境界線だ。

 いまだにもじもじしている春香を見てさっさと答えろって思った。

 私も答えを言いたくてうずうずしているのだ。

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