第10話 そなたはネコである
「そなたは猫である、名前はまだない」
「その通り、吾輩は猫である。名前はまだない」
三日前に拾った猫は喋る猫で、拾った時は心底驚いたが、人と言うのは恐ろしいもので三日もすれば慣れてしまっていた。
そなたは猫であると言うと、吾輩は猫であると必ず返してくれるのだ。それがやけに可愛らしく思えてこの三日間しょっちゅう言った。
「なあ飼い主よ。そろそろ吾輩の名前をつけるべきではないか?」
猫は猫だろう。僕はピカチュウにピカちゃんとかピカピとか付けないタイプなんだ。
「あのなあ飼い主よ。吾輩はポケモンではない」
「じゃあニャースとかどうかな」
「だからポケモンではない」
よく知っている猫だなぁ。
この猫、やけに知識が豊富なのだ。いったいどこから仕入れてくるのか。まあ人語を介す時点でどこ由来の知識だったとしても納得しそうだ。
「じゃあ、こんなのはどう? シュレディンガーとか」
「あり得ぬ。良いか飼い主よ。そんな有名なのはダメだ」
「なんでだよ。かっこいい響きじゃない?」
「絶対にダメだ。いいか? 例えて言うなら、織田という苗字の人が居たとする。その人の名前が信長だったらどう思う?」
ええ? そういう話?
「吾輩なら名付けた者の神経を疑うぞ。ただでさえ織田という苗字で信長が浮かんでくるのに、自分から寄せにいってどうする? 名付けられた子が秀吉好きになったらどうするつもりだ? 織田信長くんは好きな偉人とかいるの? ごめん、実は秀吉好きでさ……って、これではまるで道化ではないか」
いやそんなオーバーな。
「そんなニャーニャー言うなよ。チャオチュール食べる?」
「そんなギャーギャー言うなみたいに言いおってからに。チャオチュールは頂く」
一心不乱にチャオチュールを食べながら猫は言う。
「そもそもだな、美味。安直なのだ、発想が美味……ではなくて、名づけの発想がな、あまりに美味、いや、名づけのセンスが酷いのだ。美味いのだ。ペットとしてではなく、もっと美味対等な存在で飼い主と美味に接したいと美味は思っておるのだ」
美味になっちゃったよ。ていうか食べ終わってからでいいよ。
あぁ、そうだ。可愛いから写真撮っておこう。猫の写真はSNSでよく映える。
「む、写真か、良かろう。あざといポーズをしてやろう」
よくわかってるなコイツ。昨日アップした動画もびっくりするくらい反響があった。そのうち動画投稿サイトで小銭を稼ごうと思っている。食べ終わってからまた名前の話をし出す猫。
「もう自分でつけたらどう? かわいいやつをさ」
「それこそおかしいだろう。生まれたばかりの赤子がだな、自分で名乗るか? おぎゃあと生まれて早三秒、それがしの名はユウタと申す、よろしくお頼み申しまする……。おかしいだろうこんなの」
芝居がかっている点と流暢すぎる点とそのくせユウタなんていう現代的な名前のチョイスの方がおかしいと思うけど。
「なにかないのか、よい名前は」
「じゃあもう音子で」
音の子ども書いてネコと呼ぶ。これなら今僕が猫と呼ぶのにも違和感がないし、猫の方には音子と変換して受け取ってもらえばいい。折衷案というやつだ。猫はまだしかし、とかなんとか異論があったのでおまけをつけ足す。
「音子って、吾輩とか言ってるけど女の子でしょ? 女の子には「子」の字をよく付けるだろ。花子とかね。せっかく女の子なんだから、その字をつけてあげたかったんだよ」
でっち上げたら意外とすらすらと出てきた。
「わ、吾輩がメスだといつから気付いておったのだ?」
「いや、最初から。タマタマついてないのすぐ確認したよ」
「たっタマ……。か、飼い主……ちょっといやらしいぞ」
なんで恥ずかしがっているんだこの猫。
「じゃあ私がメスと知りながら昨日も一昨日も一緒になって寝たっていうのか!?」
「そりゃあ、そうだね」
猫なので表情は変わらないが、まあたぶん恥ずかしがっているんだろう。どの辺が恥ずかしいのか分からない。いつの間にか吾輩と言うのを止めて「私」なんて言いだしているし。
「おいで」
音子を抱いて膝の上に置く。嬉しいらしい。喉がごろごろ鳴っている。
「じゃあ、音子でいいよね?」
「まあ、特別に……良いとする」
「喉がごろごろ鳴ってるよ?」
「これはそのぅ……そういうのじゃないし」
いったいどういう物なのか聞いてもいいけど、あんまりいじめて拗ねられるのもあれなのでこの辺にしておこう。
「そなたは音子である。名前はいま付けた」
「うむ、私は音子である。いまさっき付けてもらった」
猫の喉を指で撫でる。
気持ちが良さそうにぐーっと首を逸らす音子。
僕の可愛い猫の音子。
それはそれは可愛い、世にも奇妙な喋る猫。
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