第9話 雨が舞ったと思ったら
今日は冷える。
一段とよく冷える。一月も半ば程で、ここのところ寒さは厳しさを増すばかり。
わざわざ縁側に出て煙草なんて吹かすものだから、足先から一気に冬の息を感じてしまった。
家の中は世相を反映していつしか禁煙になった。昔は電車の中でさえ吸えたっていうのに。
ああ冷える。煙草は吸いきるまでに時間がかかる。私の煙草は電子タバコですらなく、加えて言うなら既製品の紙巻きですらない。時間の中を走るようなこのご時世に似つかわしくないパイプ煙草なのだ。だいたいいつも30分くらいかけて吹かしているかな。吸いだしてからちょうど10分が経った。腕にある時計の、剣のように磨かれた分針がそう告げていた。
うちの縁側の軒先は少し張り出している。だからこそ雨に打たれもせず煙草も吸える。だが、まあ、冷気ばかりはどうしようもない。冬将軍が私のすぐそばに立って冷たい風を浴びせてくるようだった。
だが負けはせん。
一度火をつけた煙草は吸いきるのが信条だ。パイプ煙草は特にそれが顕著で、吸うほどにパイプの火皿にカーボンが付いていく。付けばつくほど旨味が増すのだ。詰められた煙草葉が均等に皿へ吸い込まれていく。そうして自分のパイプが出来る。紙巻きと違って道具に愛着を持てるのが手間の愛し方だ。
朝から続く雨をぼんやりと眺める。
私の吐く白い息と、かすかな紫煙が空に溶けていく。
……この雨、なんだかやけにフラフラしているな。
普通、雨はこう……直線的だ。絵で描けば矢の降るような軌道だろう。一直線に地面へ向かうものだが、いま私が見ている雨は何とも性根が曲がっているのか、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ、落ち着きがない。そんなに自由に動かれると私にかかるじゃないか。我が家の自慢の軒先も、雨が動き回るようでは防ぎようがない。
煙草をやりながらぼおっと雨を見ていたらそのフラフラ具合は余計に大きくなるばかり。
風がこちら向きに吹き付けて、私の上着に一滴がついてしまった。
……あ、これもう雨じゃないな。
服に染み込みすぐ消えるはずの雨が、小さな白い粒となって一点に留まっている。
雨は雪となった。
私はすぐさま家に入る。
信条? 何かそんなものを披露したかな?
ああそうか、確かこう言った。雪が降る日は家に限るとか、そんな風なことを言ったんだった。
「母さん、家で吸っていいかい?」
「駄目よ。なんで外で吸わないのよ」
「だって雪が降ってきたんだよ」
「あら、いいじゃない。雪を見ながら煙草を吹かすなんて、素敵ね」
よくもまあ抜け抜けと……。コタツで丸くなったまま言われると余計に白々しい。
世間は喫煙者に冷たい、家の者も同じようにも冷たい。
それから雪も冷たくて、煙草をやるのも一苦労。
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