第8話 色のついた雨
特殊能力者が世に現れるようになってから色んな事件があったが、1番印象に残っているのはあれだな。とにかくインパクトがあった。
とある男がスカイツリーの上に立っていた。派手な黄色のレインコートを着ていた。テレビ中継でその姿を見て、私は「またか」と思ったし、世間もそう思ったはずだ。今年に入ってからもう5回目。愉快犯っていうのかな、なまじっか能力なんてものが目覚めてしまったから馬鹿は増える一方で、空を飛べる能力者がスカイツリーのてっぺんまで行って自撮りしたとか、ワープする能力者がてっぺんまで行って自撮りしたとか、そう言う面白半分の悪ふざけだ。
中継では既にヘリコプターから拡声器で呼びかけていた。「おりなさーい」って、注意の声も何となく気が抜けているような気がする。
そこでだ、唐突に男が何かをばらまいた。
何か手に持っている。丸い、玉? カメラが近寄る。それぞれに色が付いていて……これは……ビー玉?
ビー玉を投げたのか? なんだ? なんで?
「俺は最強の雨男! この世で1番の雨を降らせてやる!」
たまたまマイクが男の声を拾ったのか、そう聞こえてきた。
それを合図に手から放たれる尋常ではない量のビー玉。
赤、青、黄。
まかれるまかれる。
緑に、紫に、橙に……。
そこに無い色はたぶん無かった。
後で分かったことだが、男は手から硝子を生み出す能力者らしい。自らのカロリーを消費してガラスを生成、整形し、ばらまいている。
私はもう、食い入るようにテレビを見ていた。なんて馬鹿がいたものだ。そしてこの中継映像の迫力ときたら、素直に言う。綺麗だと思った。
硝子玉の雨が降る。
男は楽しくて仕方ないようにステップを踏む。色の着いた雨が降っている。いくらでも降り続く雨は空中でぶつかり、擦れ、高い音を出しながら割れつつ落ちていく。割れる時に細かな破片が本当の雨の飛沫のように見えた。割れやすいよう計算して作り出しているのか。今日がよく晴れていてよかった。空に近いスカイツリーは硝子玉をピカピカと照らしだし、まるでテレビ画面は万華鏡を覗くように豪華だ。ああ、もしこれを現地で見れたならどんなにか……思わず考えていた。
ひとしきり雨を降らした最強の雨男さんは満足したのかへたりこんだ。笑顔だが、苦しそうに肩で大きく息をしており、立ち上がろうとして倒れてしまう。その時、死んだそうだ。
男の能力はカロリーを使って硝子を作り出すこと。ビー玉1個にどれほどのカロリーが必要かは知らないが、まあ、致死量を振り切っていたとしても納得がいく大雨だ。
警察と近隣住民にはとんでもない事後処理が待っているかと思われたが、そうでもなかった。地面は雨を吸い込むように、硝子の雨は地や壁、車なんかに当たると音もなく消えたそうだ。死傷者0、損壊した建物もなし。人騒がせだか立つ後を濁さぬ逝き方をしたのだ。
男が何を考えていたかは知る由もないが、たぶん。幸せに死んだのだと私は思う。
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