第4話 なんで走るかって

学校の外周をグルグル走りながら、今日言われたことを思い返す。

「なんで走ってんの?」

陸上部で、しかも長距離をやってるならよく聞かれる質問だ。なんでって、なんでだろう。すぐには答えられない。

聞いてきた奴が野球部だったので「なんで野球やってんの?」と聞き返すと「小学校からやってるから、かなぁ」とぼんやりしたものが帰ってきた。「好きだから」「楽しいから」そういうのが答えかと思っていた。

「走るのの何が楽しいのか俺には分かんねぇな。部活とか色々あんじゃん? バスケもサッカーもあんのに、ただ走るだけって何が面白いのか分からん」

あるあるの意見だ。ただ走るっていうことがとにかく理解されないのはよく知ってる。野球部の彼に言われなくても、色んな人から言われてきた。

学校、外周、3週目……。

いいペース。全然苦しくないし、足が軽い。もうちょっと上げてもいけるかな。

走るってなんだ? 改めてそう思って、考えながら走って見た。

なぜ走るのと聞いてくる人は、たぶん大体が走ることの面白さとは何か? と聞いている。「陸上部だから走るんだよ」と答えても納得はしないはずだ。

じゃあ、ここらで真剣に考えてみよう。走ることの面白さってやつを。

あ、投擲種目のやつがへばってる。左の脇腹を抑えながらトロトロトロトロ走っていた。だから走る前に食うなっていったのに。

「腹、痛いの?」

「おう、マジでしんどい」

あー、つれーって、抜き去った彼の苦しむ声が後ろから聞こえてくる。

それでなんだっけ。あぁ、そうだ、走ることの面白さだったか。走りながら細かいこと考えるのは大変だ。頭の中がすぐに真っ白になっていく。

そう言えば、この真っ白になる感じは好きだ。考えたことが端からどんどん抜けいくこの感じ、好きだ。ペースを上げれば上げるだけ、走ることしか頭に無くなる。走っている最中は走ることをいちいち考えないので、たぶん、ほとんど何も考えず無の状態で走っている。

ずっと、ずーっと、考えているようでいないようで、タッタッタッ…。俺の一定のストライドだけが、やたらよく響いている。

ゴールした時が好きだ。もう走らなくていいんだっていう開放感と、ぜぇぜぇ言って息を整える時間が好きだ。1度走る度に1つ強くなったような気がする。今日もこんなに走った。今日もまた1段階レベルアップ! って感じか、いやちょっと違うかな。分からない。

……走っている間、綺麗になったような気がするのが好きだ。

その日、何か嫌なことがあっても、走っている間その時間だけは距離を置いていられる。

あと半周でゴール。

ペースを上げる。半周って言ってもまだそこそこ距離はある。体の辛くなる後半にじわじわと運動強度を上げるこのトレーニングがとにかく辛い。

この時間だけは本当に何も考えていられなくなる。

ただまっすぐ、真っ白になった自分の感覚の中を走っていく。

そういうのが好きで走っているのかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る