あなたの望みはなんですか?~願いを叶える骨董店~

池中 織奈

あなたの望みはなんですか?~願いを叶える骨董店~

 人は望みを抱く。願いを神に祈る。

 生活をしていれば、誰でも何かしらの望みと願いを持つものだ。

 例えば美しいドレスを前に、あのドレスが欲しいと望み。

 例えば好きな人が出来て、あの人に好きになってほしいと願い。

 例えばスポーツ選手に憧れ、ああなりたいと望み。

 例えば犬の存在に憧れ、ああなりたいと願い。

 望みや願いは決して現実的なものではなくても構わない。ただ人は望みや願いを心の中に抱く。





 ある都会の片隅に小さな骨董店がある。その骨董店には不思議な噂が流れている。

 どんな願いでもそこでは叶えてもらえるのだと。

 そんな噂に惹かれて、今日もまた一人、その骨董店を訪れる。








「今日も来ないわね」



 六畳ほどの小さな店舗の中で長い黒髪を持つ、少女が呟く。

 この小さな骨董店、「願望堂」という名前のその骨董店は、百五十センチほどの少女が一人で経営している。



 その骨董店の中には、壺、仏像、お皿など、沢山のものが並べられている。時折、客がふらりとやってきて、骨董品を購入していく。はっきり言って客入りは良いとは全く言えない店だ。



 しかし人が来ないというのは、少女にとって問題ではないようだ。

 読書をしながらのんびりと誰かが来るのを待っている。



 ただし少女が待っているのは、骨董品を買いにくる存在ではない。その存在でも構わないと言えば構わないのだが、出来れば別の目的で此処に来てくれる方が嬉しいのだ。





 椅子に腰かけ、足をぶらぶらとしている。




 誰か来ないかなと待っていると、扉が開いた。




 すっかり誰も来ることがないだろうと、だらけきっていた少女は完全な不意打ちを食らった。





「………こほんっ」



 すっかり油断していた少女は入ってきた二十代ほどの女性と目が遭い、咳ばらいをして姿勢を正す。




「いらっしゃいませ。骨董店「願望堂」へ。私は店主の思井喰(おもいくらう)です」

「……あなたが、店主?」



 そう問いかける女性は酷く訝し気だった。



 女性は黒髪を後ろで一つに結び、きちっとスーツを着たキャリアウーマンだった。その女性の目から見て、喰は若く、骨董店の店主というのには結びつかなかったのだ。







「ええ。私が店主です。皆様、私が名乗ると驚かれますが、これでも長い年数、店主をやっております。さて、貴方は何をお求めでしょうか?」


 喰が涼し気な笑みを浮かべて問いかけると、女性は一旦黙り込む。




「……私は花坂千晴(はなさかちはる)。この骨董店で願いを叶えてもらうことが出来ると聞いたので、此処に来ました」

「ふふ」




 女性――千晴が意を決したように言った言葉に、喰は笑い声をあげた。その楽し気な声に、何故だか千晴はゾクリッとした。



「千晴さん、貴方は何か叶えてほしい望みが、願いがあるのですね。この私の元へ来るということは、それは途方もないほど難しい望みなのでしょう」


 どこまでも楽しそうな声だ。

 千晴の顔が強張ったままであるのと対照的に、喰は笑みを浮かべている。



 千晴は得体のしれない者と遭遇しているような感覚に陥る。今にでも逃げ出してしまいたくなるような――そんな気持ちに襲われる。けれど、千晴にはここで逃げ出すわけにはいかない。



「はい。そうです。叶えることが難しい願いを私は抱いています」

「ふふ、では……その望みは叶えてあげましょう」



 まだどんな願いかも聞いていないのに。目を細めて喰は告げる。

 簡単にそんなことを言われてしまい、千晴は息をのむ。




「ただし、代償が必要です」

「代償?」

「ええ。代償です。貴方が大切にしているものをください。それも思い入れが強いものであるのがいいです。寧ろ思い入れが弱いものであるのならば、貴方の願いは叶いません」

「大切にしているもの?」

「ええ。貴方が大切にしているものです。それはなんだっていいのです。他人にとってはゴミだと言われるようなものでも、貴方が大切にしているものならば構いません」




 それが代償と言われても、千晴はそれだけ? という気持ちに襲われる。けれどそれと同時にやはり喰の得体の知れなさに、恐怖を覚える。本当にそれだけなのだろうかと、何かを渡してしまったら大変なことになってしまうのではないかとそんな気持ちも芽生える。

 そんな千晴に、喰は続ける。




「猶予を与えましょう。そうですね。一週間。その間に本当に叶えたい望みであり願いなのか。それを考えてください。叶えたいものであるのならば、私に大切にしているものをください」



 喰はそう言って微笑み、一度、千晴の事を帰すのだった。






「ふふ、どうなるかしら」



 千晴が去っていくのをみながら、喰はただ楽しそうに笑った。








 *



 花坂千晴は、喰の元を去ったその足である場所に向かう。

 彼女が向かった場所は、総合病院であった。





 そこに、彼女の大切な親友が入院している。






「千晴、来てくれたの?」

「ええ。一美」



 一美というのは、千晴にとって幼馴染だった。

 小学生のころからずっと共に育ってきた親友であり、これからも共に歩み続けたいと願っていた。



 だけど――、一美は余命一年を宣告されている。




 調子が良い時は面会が叶うが、いつ死んでしまうか分からないのだ。

 だからこそ、藁にも縋る思いであの骨董店を訪れたのだ。



 それから猶予の一週間、千晴は悩み続けた。

 普通に考えれば医者が匙を投げるような病気を治すことはあり得ない。その願いを叶えることは難しい。

 けれども、やはり例えばその願いを叶えるというのがあの店主の虚言だったとしても――、それでも一縷の望みを抱いたのだ。






 だからー―。





 *





「あら、来たのね」



 喰はやってきた千晴を見て、にんまりと笑う。



 どこまでも楽し気で、何処までも愉快そうな笑う。千晴がやってきたことが嬉しいその目が告げている。

 笑っているのに、その笑みで見つめられると千晴は恐ろしい気持ちになった。





「はい。私の願いを叶えてください」

「代償は、持ってきた?」

「はい」



 千晴はそう口にして、袋の中から一つの髪止めを取り出す。



「これが、大切なもの?」

「はい。私の幼馴染が中学生の頃にくれたものです。お揃いでくれた大事なものなんです」



 中学生の頃に幼馴染の一美がくれたものを、ずっと千晴は大切に思っていた。その大切なものを差し出す。



 何故かくんくんと匂いを嗅いだ喰は笑みを溢す。



「良いものね。いいわ。これなら願いを叶えてあげれる。さて、何を叶えてほしいの?」

「――私の幼馴染の、一美の病気を治してほしいの。一美は余命一年と言われているの。私はもっと一美と生きていきたい」

「……これも、その幼馴染との関連しているものかしら」

「はい。そうです」

「ふふふふっ」

「……思井さん?」

「あら、ごめんなさい。本当に、いいのね?」



 大好物を前にした子供のように、目をキラキラさせて千晴のことを見る。

 千晴はその視線に、その表情に、怯みそうになる。やっぱりやめますと口にして、去りたくなる。



 けど、そんな怯えた気持ちがあったとしても叶えたいものがあるから。




「はい。お願いします。一美を助けてください」




 千晴がそう告げた瞬間、その場の空気が変わった。





「じゃあ、いただきます」



 小さな声でそう言った喰は、その場で何かを喰らった。

 それが千晴には何なのか分からなかった。けれど、それと同時に不思議な感覚に襲われた。







「ではこれで契約成立。もう此処に来ることはないだろうけど、また望みがあればどうぞ」






 喰にそう言われて、千晴は混乱したまま骨董店を後にする。








「あれ……、私、何を叶えてもらったんだっけ」




 千晴はそう口にしながら帰路につく。帰宅して「一美ちゃんの病気が治ったのよ!!」と母親に言われたものの、その「一美」という人のことが千晴はもう分からなかった。










 *





「ふふふっ、美味しかった」




 千晴が去った後、喰は舌でぺろりと唇をなめる。

 目の前には千晴からもらった髪止めがある。



 その髪止めはもう用済みなので、クローゼットの中へしまわれた。




 喰は人ではない。

 喰は人の思いを喰らう人ならざるものだ。

 その副産物として願いを叶える力がある。

 なので、喰は美味しい思いを喰らうためだけに願いを叶えるという噂を流した。客は願いを叶えてもらえ、喰は思いを喰らうことが出来る。良いwinwin関係なのである。




 まぁ、その代わりにその人を大切にしていた気持ちや大切にしていた記憶が失われることもある。


 しかし、人ではない喰からしてみれば美味しいものを食べれれば、客が記憶を失おうとどうでもいいと思っている。


 ちなみに願いを叶えるだけの店なんて出来ないので、趣味でもある骨董品を扱うお店としてカモフラージュもしているのであった。




「また、お客さん来ないかな」



 そして喰は今日も、思いを喰らわせてくれる客を心待ちにしている。











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