動画の反応
初飛行を終え、ラウムが勝手に動画を上げた翌日の学校ではクラスのみんなが同じうわさをしていた。
「あのYouTubeの動画見た? 人が空飛んでいるやつ」
「合成とかCGじゃないの?」
「何回か見たけどなんかそうじゃないみたい。それに学校の周辺で撮影されていたみたい」
「本当? ねえその動画みせて」
「ほらこのKANAってYouTuberだよ」
みんな僕の動画のことを話していた。その動画主が僕であることなんて全然知らずに動画主の目の前で話している。ずっと前から投稿して誰からも反応もなく続けていたのに、急にみんなの話題の中にいるなんて何かドキドキしている。
「あの動画みんな見てくれているみたいね。私がやって結果的によかったみたい」
「うん。みんな夢中になっている」
昨日ラウムがあげた動画はバズにバズって再生数が初めて一万を越していた。いつも良くて数百だったのにこんなの初めてだ。
「これで僕の願いが叶ったかな」
「そんなわけないでしょ。あんな低い高度で飛べても十分なのはスズメぐらいだよ。大きい鳥はもっと高いところまで飛んでいくんだから。今日も練習練習」
「ぐぇ~。まだなの」
「まだまだ。丸刈りちゃんだって一人前のカラスになるにも半年ぐらいかかるんだから、カナタだともっとかかるかもよ」
にやっと銀の髪の毛に負けないほど白い歯がきらりと光った。この感じだとまた一段と練習が厳しくなるだろうな。せめて丸刈りよりも早く大きな鳥と同じ高さにまで飛びたいな。
「それじゃ授業が始まるみたいだから、昼休みまで学校うろつくからまたね」
「勝手に給食のご飯盗まないでよ」
「わかっているわよ」
どうもラウムにとって学校の勉強は全部知っていることだから退屈らしいから終わるまで学校の中をうろついているんだ。姿が見えないってうらやましい。そうしてラウムが手を振って教室を出て行った直後、鴨地が僕の横の席にどすんと座ってきた。身長も横幅も一回りも大きい鴨地の体は座っても大きい。
「伊香。あの動画のやつお前だよな」
「そうだよ。鴨地前に僕の見たじゃんか」
「本当に飛べたんだよな」
ぐいっと迫ってきた鴨地の目はいつもと違い座っていて威圧感があり、怖気づきながら「う、うん」と縮こまりながらうなずいた。
「ならちょっと来い」
「今から?」
「そうだ」
「でももうすぐホームルームだし、先生も来ちゃうよ」
「関係ない。行け」
その目の奥から発せられたぎらつきに押し負ける形で鴨地と一緒に教室を出た。変だな。いつもは先生に怒られたくないからホームルームでもサボらないのに。そのまま学校のプールに出た。
二学期となってプールの時期が過ぎてしまったあとも、まだプールの水が足首に浸かる程度は残っていた。今の時期だと水面を見るだけでなんだか寒く感じてしまう。鴨地はプールサイドに誰もいないことを確認して飛び込み台に上がって、僕を隣の台に上るようにひっぱった。
「ほらこの飛び込み台から飛んでみろよ。飛べるのならここからでもいけるだろ」
「今じゃなきゃだめ。その僕あの翼持ってなくて」
「いいから飛べ」
ぴしゃりと遮られて、おずおずと言われるがまま背中のシャツをまくって翼を広げる。その時、何か違和感を感じた。なんで鴨地の前で背中の翼で飛ぼうとしているんだ。鴨地が見たのはラウムが編集した補助翼で飛んでいる動画で、背中の翼は見てないはず。
その違和感の正体に気付いた時、僕は突き落とされた。
背中を押された衝撃で飛び込み台から足を外し、だんだんと藻が生えているプールの水に近づいていく。急いで翼を広げようとするが、下したシャツにじゃまされて広げることができない。
真正面に落ちていく体に、僕はぎゅっと目をつむった。
…………あれ? 痛くない?
目を開けると、僕の体はプールから離れていた。そして眼下には悔しそうにしている鴨地の姿が見えていた。ラウムが僕をつかんで飛んでいたのだ。
「まったく、目を離したすきに!」
「ラウム。ご、ごめん」
「誰に謝っているの。グラシャその子からさっさと離れなさい! 無理やり引きずり出すから!」
え!?
するとぐらりと鴨地の体が魂が抜けたようにプールサイドに倒れるとそこからグラシャがいやらしく笑みを浮かべていた。
「出てきたぞポンコツ」
「あんた。私の契約者に何をしようとしたの!」
「本当に飛べるのか試したくてな。ラウムの指導ができないおかげで落ちかけていたが」
「お前が落としたんだろ! ラウムのせいにするな!」
グラシャが鴨地をあやつっていたんだ。そして鴨地の体で僕をここまで誘導してプールに突き落とそうとした。しかもそれをラウムのせいにするなんて――許せない!
ラウムが僕をプールサイドに降ろしてくれると、すぐにグラシャに向かってこぶしを振った。
ブン! ブン!
グラシャの動きが早い……というよりけんかなんてしたことがないから、虚しい空振りの音が出るばかりでかすりもしない。
「カナタお前がオレに乗り換えないから悪いんだ。そうすればこんなことにもならず、すぐに飛べたものを」
「いらない。僕はラウムがいい。空の良さも怖さもことをいっぱい知っているラウムがいい」
きっぱりと断るとグラシャは「ならお前の願いが叶わないよう何度でもじゃまをするぞ」と消えてしまった。
呼吸を整えている間にラウムが鴨地の下へ飛んでいく。
「大丈夫。あやつられた影響で疲れて寝ているだけ」
「そうなんだ」
よかったとは言えなかった。グラシャが最後に残した「何度でもじゃまをする」が頭に残っていた。僕のじゃまをするつまりラウムの契約をじゃまをするという意味だ。このまま僕が飛ぶ練習を続ければ、あの人をあやつる力で関係ない人まで巻き込んで何をするかわからない。それにまたラウムが目の前で契約を失敗させてしまいかねない。
プールを出て鴨地を背負っているラウムの後を追った。
「こいつは私が保健室まで連れて行くから。カナタは先に教室にもどってなさい」
「……ラウム、僕の願いこのままで」
「諦めないで」
「え?」
飛ぶ願いをここまでにしたいと伝える寸前で、ラウムが
「カナタの願いは必ず叶えるから。そんな中途半端なところで願いを叶えたなんて言わせないで。わかった?」
「…………」
「わ・か・り・ま・し・た!?」
「は、はい!!」
「よろしい」
ラウムの圧に押される勢いで思わず返事をしてしまった。
鴨地のことを任せて教室に戻ると担任の先生とクラスメイトが一斉に僕の方を見た。うぅ。一斉に見られるのって変に緊張する。
「どうしたんだ伊香ホームルームを抜け出して。鴨地もいないようだが」
「その、鴨地が急にお腹が痛くなったみたいでトイレに連れて行ったんですが、ぜんぜんよくならなくて。それで急いで保健室まで連れて行ったんです。今保健室でゆっくり寝ていて」
「そうなのか。じゃあ俺、ちょっと保健室へ様子を見に行ってくるからみんなしばらく自習しておけよ」
先生は一部も疑わずに信じてくれて教室から出て行った。
自分の席に戻るとぐたっと机の上に伏せて何もせずにいた。僕はまだ空を飛ぶことしてもいいのだろうか。
一人不安の中に伏せていると、自習と言われて大人しくするクラスメイトたちがおのおの親しい友達の所まで行ってホームルーム前のおしゃべり続きをし始めた。
その中には僕が飛んだ動画の話も混じっていた。
「でもあの動画ほんとうに飛んだのかな。やっぱり嘘くさい」
「俺もそう思うけどこの辺で撮影されたみたいだからもしかしたらほんとかも。ほらあそこに見える家の屋根、動画のと同じだろ」
「でもあんなもので人が飛べるわけないよ。後姿しか映ってなかったし。KANAって投稿者がもう一度同じもの上げてくればわかるんだけどな」
やっぱりあの動画一本だけじゃみんな信じてくれてないようだ。それに空への関心もまだ持ってくれない。
ラウムの言う通り、僕の願いはまだ中途半端なところまでしか達成できていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます