KANA配信します!

「カナタ準備はいい?」

「ちょっと待って、サングラスずれてない?」

「ずれてないよ。なんでそんな細かいところにこだわるのかな」


 あきれるラウムを無視してクイクイとサングラスをかけて深呼吸する。何度も生配信はしていてはいるけど失敗しやしないかと緊張するものだ。特に今日のはまったくその重さが違う。

 この前クラスのみんなが口々に、あの動画は本物かどうかと証明するために僕は盛切山に登っていた。クラスのみんなだけじゃない。数千、数万の人たちが僕が空を飛ぶことができるのか待っている。僕が動画を上げてくれるか期待しているんだ。その期待に応えるために、前に失敗したこの盛切山から学校まで飛んでみせる。


「また飛ぶことを選んだね」

「うん。まだスズメ程度の飛距離だなんて僕も満足してないし、それに僕の願いは自分の力で飛んでみんなに空の良さを知ってもらいたいから」

「うん。カナタは根性あるね。グラシャがまたじゃましてきたら私がふっとばしてやるから」


 ふっふっと足を高く蹴り上げるポーズをとる。なんか頼もしい。


 少し歩いてこの前落ちた崖の見ると、ちょっと足がすくむ。空を飛んでいた時はこの崖よりも高いところを飛んでいたけど、今この場所を見るとよく僕はこの場所を本物の翼もなく飛ぼうとしたなと身震いする。


 そしてもう一度深呼吸をしてスマホの再生ボタンを押して配信を始める。


「みんな久しぶり! 初めての人はこんにちは! 鳥人間チャレンジチャンネルのKANAだよ。この間はたくさん再生していただいてありがとうございます。今日は実際に僕が撮影カメラを片手に空の映像を流しながら飛ぶ映像を流すよ」


 ラウムにスマホを渡して、補助翼を持ち説明を始める。


「僕がつけているこの翼。これで空を飛ぶんだ。金属のかたまりの飛行機と違って風を受けやすくて軽い布製になっているんだ。今日は盛切山から近くの学校までフライトをするから応援よろしく!」


 さすがにあの動画が広まった以上背中の翼で飛んでいたなんて言えないから、補助翼で飛んでいたことにしている。そして補助翼をラウムに付けさせてもらい、スマホを自撮り棒に差し込んで持ちながら配信できる態勢を整える。

 この前と違い、助走はもう必要ない。一昨日と同じようにただ全力で背中の翼を羽ばたき、補助翼でグライディングできるまで高度を上げればいい。


「カナタ準備はいい!?」

「OK! じゃあみんな。空の旅へレッツゴー!」


 背中の翼が大きく音を立てて羽ばたく。同時に地面を一歩、二歩と蹴る。あの時と違い全力で走らなくていい代わりに、背中の翼の筋肉がすごく疲れる。でもこんなことで負けては鳥たちに笑われる。何十回以上も羽ばたきをくりかえし、翼を水平に広げた時、スマホのカメラを外に切り替えた。


「みんな見て、これが盛切山の上空だよ。えーっと言葉足りないけど、木がいっぱいだね」


 ぐるりと盛切山の登山道から頂上付近までカメラを回すと、画面内のコメント欄が一斉にざわめきだした。


『マジで飛んでる!?』

『すごい、ドローンとか飛行機とかの機械音が聞こえない。本当に飛んでる』

『これどこまで飛べるのかな』

『木が小さく見えてるスゲー!』


「ふふーん。ようやくカナタが本当に飛んでいるってところ信じてもらえたみたいじゃない」

「うん」


 後ろからついてきたラウムがまるで自分のことのように自慢げだ。

 生配信の、飛び立つシーンまで一部始終映しているからもうみんな合成とかCGとか口にすることはなく、完全に本当に飛んでいると信じてくれている。風切羽を左右に動かして調節しながら、紅葉しているもみじや休憩所の周辺をぐるぐると旋回せんかいして撮影する。


 何度も空を飛ぶ挑戦所として走り続け、いくどとなく僕の挑戦をあざ笑うかのように崖の下に墜落してしまった盛切山。それが今や、ふだんでは見れない上空から見るきれいなもみじや山道をみんなに映してくれている。


『空ってこんなにきれいに見えるんだ』


 そうだよ。空を飛ぶことってこんなにすばらしいことなんだ。

 ぐるんぐるんと盛切山の周辺を飛び続けていると、パタパタと小さなカラスが飛んできた。丸刈りだ。


「クァ」

「丸刈りちゃん。そんなににらまないでよ」


 ふんと丸刈りはラウムを見るとそっぽを向いた。この前馬鹿にされたことまだひきずっているのかな。グラシャを追い払った時はラウムのこと気にかけていたはずなのに。するすると丸刈りは僕の横につけてきた。


「丸刈り。一緒に学校まで飛ぶ?」

「クアァ」


 僕の言葉に反応して丸刈りは返事した。


『カラスとあいさつしてる』

『これやっぱり合成とかじゃないよね』


 ほらまた信じてくれる人が増えた。

 カメラを僕の方に切り替えて、学校までのルートまでどうやっていくか説明をする。


「さてここから学校までのルートだけど、盛切山は学校よりも標高が高いところにあるから学校の屋上に到着するにはグライディングで降下しないといけないんだ。やり方は飛行機を同じ速度を落として重心を下げるんだ」


 といっちょ前に答えるけど実はラウムからの受け売り。実際はグライディングだけで降下するには風に飛ばされてしまう恐れがあるから、羽ばたき飛行も一緒に使ってブレーキをかけるようにしないと簡単に降りることができないんだ。

 くいくいと首で合図をして丸刈りと一緒に学校までのルートへ飛ぶ。目的地である学校は南東にある。おまけに風はおだやかで突然の強風が吹く気配もない。ずいぶんゆったりとした飛行だけど、視聴者にゆっくりと空の景色を楽しめるのだからそれでいいだろう。


「クァー! クァー!」


 突然丸刈りがけたたましく声を上げて僕の周りをぐるぐる飛び回り始めた。

 いったいどうしたんだろう。と前を見ると何かいくつもの黒い点のようなものが空を埋め尽くしていた。


「カナタ! 前、ハトの大群がこっちにくるよ!」


 ラウムが警告した瞬間、ハトの大群が一斉に僕たちに押し寄せてきた。風切羽を必死に右に左にへと動かしてハトに当たらないようよけ続けた。


 ぶへっ、ぶへっ。ハトの羽が口の中に入った。口の中がもけもけして気持ち悪い。

 なんどか吐き出そうとするけど、羽がだえきとからみ合ってなかなかとれない。羽で悪戦苦闘しているとさっきのハトたちがぐるりと再び僕たちの方に向き直してまた向かってきた。


 どうして!? なんで僕らの方にやってくるんだ!? 僕たちハトにうらみを買うことなんてしていないのに。


 またも突撃してくるハトの大群をもう一度かいくぐると、ラウムが振り払ったハトから一羽だけ捕まえて腕の中に抱くと、すぐ表情が変わった。


「このハトたち、グラシャに操られている」

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