飛行機と同じ空へ
気球から飛び立って数分。さっきまで僕らが乗っていた気球は小さくなり、雲の間に隠れてしまった。普通の人間なら気球から降りるとなるとスカイダイビングになるけど、僕らは違う。
僕らは空を飛んでいる。
ごうごうと上空の気流がグライディングの形態を取る翼を上へ上へと押し上げて、高度を上げていく。腕につけていたアクフォを傾けて今飛んでいる映像を見せる。
「みんな見てください。もうあっという間にさっきいた気球が見えなくなってしまいました。見えるのは雲と空だけです」
『真っ白だ』
『地上のがぜんぜん見えない』
『風の音うるさい』
アクフォが映す映像に視聴者が喜んでいる。盛り上がっている。
ガラスがないから風の音も空の気温も直に感じられる。前にお父さんが撮ってくれた空の映像やテレビで流れる空の映像とは全く違う、鳥人である僕にしか撮れない世界で唯一の空の映像だ。飛行機や気球ではこんな映像は撮れない。
「盛り上がっているみたいね」
「うん」
人の形態で空を飛んでいたラウムが僕の隣に横付けしてアクフォの画面をのぞいた。けどこの光景だけじゃだめだ。今映っているのは延々と流れるだけの雲と空だ。僕が見た、雲が連なる美しい空と延々と太陽の光が反射して世界が広がる海の光景。そしてラウムが見たことない飛行機と同じ高度の世界まで到達しないと。
「鳥の姿とかまったく見えないね」
「言ったでしょこんな所まで飛ぶ鳥なんていないって」
「やっぱりそうなのか。でも海鳥とかはこっちの方向には行くはずだよね。僕ら海に行く予定だから」
「間違いないはずよ。アクフォの中に方位と高度計のアプリをインストールしておいたから開いてみて」
言われた通りにそのアプリを起動する。出てきた画面には飛行機についている高度計同じメーターが現在高度二千五百メートルを計測している。方角も海がある南を指してもいた。
「気温も風速までばっちりだ。すごいや」
「悪魔のスマートフォンの力は人間のとは全然比べものにならないんだから当然よ」
「このままだと三千メートルは余裕で越せそうだね。もう千メートル上がれるかな」
「今の所上昇気流も吹いているし、あとはカナタの翼の腕次第ね」
そこははっきり「できるよ」って言って欲しいところなんだけどな。だけどラウムの言うように今上昇できているのは気流が僕たちの方向に有利に流れているからで、もし下降気流に巻き込まれたら水の泡だ。
このアクフォの画面に出ている気流の流れをたよりにしないと。
「そういえばカナタのお父さんが操縦している飛行機ってジェット機なの?」
「違う違う小さいプロペラ機だよ」
よく僕のお父さんがパイロットと言うとジェット機だとよく誤解される。お父さんが乗る飛行機は一般のお客さんを乗せるのではなく、テレビの取材とか航空写真の撮影などお仕事のために飛ばしている。
僕が小さいときに空の映像を見せてくれたのも、仕事の関係で空の映像を撮ったときの一部を見せてくれたんだ。
「小さいってどのくらい?」
「どのくらいって言われても、地上で見た方が早いんだけどな」
すると僕たちが飛んでいる斜め上空に一機の小型プロペラ機が雲の間から現れた。
「ほら、あれ。あそこにあるのがお父さんがいつも乗っている飛行機と同じ型」
「へぇ、小さいといってもライトフライヤー号よりも大きいわね」
少し立ち止まって小型飛行機が通り過ぎるのを見送ろうとしていると、飛行機は急に針路を変えて垂直気味に降下しながらこっちにやってきた。ってというかまっすぐに僕たちのほうに来ている!
ブーーン!!
危ない!
寸でのところで一回転して飛行機をかわして避けた。
「危ないわね。こっちが飛んでいることに気づきなさいよ……ってカナタ!? 何追いかけているの! 巻き込まれるわよ」
「操縦席にお父さんが乗っていたんだ。もしかしたらお父さんが危ないかも」
体をひねって方向を飛行機の方に変えて、翼を大きく羽ばたく。
実は一瞬操縦席に見えたパイロットが本当にお父さんかどうかわからない。見えていたのはサングラスをかけた男ぐらいとしかわからなかった。けどあの
飛行機が大きく旋回して、また僕に突進するように向かってくる。ブーーーンと先端のプロペラが
三、二、一――回避!
操縦席にしがみついた。やっぱり操縦していたのはお父さんだ。
「お父さん!」
僕が空の中で叫び、操縦席にしがみつくというとんでもないことをしているというのにお父さんはまったく意に介さず操縦を続けている。絶対におかしい。まるであやつられているみたいに……まさか!
角度を変えてサングラスのすき間をのぞく、まっすぐ正面しか見ていないお父さんの目は悪魔にあやつられている赤い目をしていた。
「グラシャめ!」
ガツンと窓を叩いた。窓はひび割れなかったけど、手がじんじんする。でもそんなの関係ない。グラシャはどこにいるんだ! 目を動かして操縦席の中や奥の座席を見るがグラシャの姿はどこにもいない。
「いったいどこに」
「ここだよ」
ぬるりとお父さんが座っている座席から、にやっと奥歯までくっきり露出している気味の悪い笑みを浮かべながらグラシャが出てきて、スピーカー越しに話しかける。
「カナタこんなところでまた会えたな。窓にはりついてまでして大変だろうに」
「お父さんをあやつって僕たちを狙ったくせに」
「今までオレをこけにしたバツだ。だからこれが最後のチャンスだ。お前の父親を助けたければラウムとの契約をすぐに破棄しろ」
最後の最後まで僕たちを突け狙っているグラシャの表情は僕をにらみつけたそれも世界中の憎しみを集めたような顔で。なんで僕らにそんな目を向けるんだよ、僕はずっとラウムを信頼しているから契約を続けていただけなのに。それをお父さんをあやつってまでするなんて、なんて図々しいんだ!
「絶対やだ!!」
「ならもろともあの世行きだ!」
グラシャの体がすっとお父さんの中に消えていくと、飛行機の速度が上がる。お父さんが操縦する飛行機はぐんぐん上へと上昇して、ほぼ真上に飛んでいき僕を振り落とそうとする。
絶対に振り落とされてたまるか!!
そして飛行機が
なんて無茶な操縦を! そんなことしたらお父さんが倒れちゃう。
もう一度飛行機に飛び乗ろうとするが、グラシャああやつる飛行機はプロペラがある方を僕に向けてしつこく狙っている。これじゃあ飛行機の中に入ろうにも入れない。
『カナタ生きてる!?』
イヤホンからラウムの心配する声が流れる。そうだ。イヤホンで連絡が取れるんだった。
『生きているよ。でもお父さんが乗っている飛行機にグラシャが』
『また!? あいつめ。私が飛行機に乗り込んではったおしてやりたいところなんだけど、グラシャの狙いが私に向くかもしれない』
つまり僕が飛行機に取りつこうとすればこっちに、ラウムが取りつこうとすればそっちに。二人一斉に取りつこうとなるとグラシャが飛行機をとんでもない軌道で回避したらお父さんが倒れてしまいかねない。
どうしようどうしようと悩んでいると腕についているアクフォがまだ配信状態になっていることに気付いた。
『あの飛行機様子がおかしいぞ』
『さっきぶつかったけどケガしてない?』
さっきの様子をそのまま垂れ流していたようで、みんな心配しているコメントが流れている。
「みなさんすみません。ちょっと緊急事態が発生しましたから一時配信を止めます。すぐに戻りますので」
謝罪を入れて配信を切る。待てよたしかアクフォには……そうだこれだ。
『ラウムいい考えが思いついたよ』
『またトンデモアイディアじゃないでしょうね』
『大丈夫』
作戦の詳細をイヤホン越しに説明をする。
『……カナタの「大丈夫」は不安だけど、かけてみるわ』
「了解。じゃあ頼むねラウム」
通信が切れると、再びお父さんの飛行機に追いつこうとする。操縦席では未だにあやつられているお父さんがいるけど、さっき見た時より青ざめていた。
「グラシャ! さっさとお父さんから離れろ!」
「では契約を破棄するか」
「やだね」
「そうか、ではさらばだ。二回目!」
飛行機が方向を変えてプロペラをこちらに向けて突進してくる。そのタイミングを見て、持っていたアクフォをかざして、パッパッとアクフォから光源を放つ。
「そんなフラッシュで目くらましになったつもりか」
飛行機はそのまま僕に飛んでくる。
操縦席のすぐそばにある取っ手に捕まった。うぅ、飛行機の風がバシバシ当たってくる。冷たいし痛い。でもちゃんとアクフォを動かしておかないと。
「どうしたそんなところにいてはオレに届く前に落ちてしまうぞ。手を貸してやろうか」
「犬の手を借りるなんてまっぴらごめんだね」
ラウムのまねをして言い返すとグラシャがぴきぴきとガラスがひび割れたように顔をゆがめる。
「オレを犬呼ばわりとはいい度胸だな。ならお望み通りにしてやろう」
また速度が上がった。一体何キロ出しているのかわからない。片手でつかんでいる手が悲鳴を上げて指がもげそうだ。
「どうした早くしないと落ちてしまうぞ」
「早く……早く」
「早くなんだ、言わないと終わってしまうぞ」
「終わるのはあんたの方だよ!」
バコンとスピーカーから殴られる音が聞こえると、グラシャの声が聞こえなくなった。
上手く乗り込めたんだ!
作戦の内容は。
1.僕がグラシャを引き付ける。
2.引き付けている間にアクフォの透明化機能でラウムの姿を隠す。
3.僕が引き付けている隙に飛行機に乗り込んでグラシャを倒す。
いかにグラシャを引き付けるかだったけど、ラウムの口の悪さをまねしたことでグラシャを怒らせることに成功した。
だけどグラシャを倒したはずなのに飛行機はまったく速度が落ちない。ドアからラウムが体を半分出して手を伸ばす。
「カナタ。私飛行機の速度の落とし方ぜんぜんわからないの。まだお父さん目を覚まさないし」
「わかった。壁を伝ってそっちに行くから」
アクフォをポケットの中に入れて壁についている取っ手をつかみながらラウムの所へ進む。
両手が使えるようになったものの、飛行機のプロペラから発生する対気流の流れが早く、少しでも気が緩むと飛ばされてしまいそうだ。ここからラウムがいる所まで二メートルもないのに、すごく遠く感じてくる。
強風に耐えながら取っ手を伝って進んでいく。あと少し。あと少し。ラウムの手まであと数センチの所まで着た時、空気が急に乱れた。ガクンと機体が揺れた衝撃でつかんでいた取っ手から手を離してしまった。
「カナタ!」
「ラウム!」
ラウムが必死に僕の手を取ろうとする。けど対気流の風がそうはさせまいと僕の体を手が届かないところにまで吹き飛ばしていき、離されていく引き離されていく。
うわあああ!!!!
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