鳥たちの空

 僕はどこを飛んでいるのだろう。


 飛行機から発生した対気流で、ぐるんぐるんと体がミキサーにかけられたように吹き飛ばされてしまった。幸い痛さとかはなくケガはしていないようだ。

 だけどずいぶんと飛ばされた時間が長かったせいで、方向感覚がくるってしまい自分がどこにいるのかまったくわからない。ただずいぶんと遠くへ吹き飛ばされたということだけしかわからない。目印もこの上空にあるわけもなく、あるのは一面の雲だけ。

 耳の中にびゅおおおというさみしい風が打ち付ける音が絶えず聞こえてくる。きれいな空の中にこんなさみしい音しか聞こえないから、見える景色すべてがまるで無言で迫ってくるようで恐怖に変わってくる。


 空が怖い。


「そうだアクフォ」


 ラウムから借りたアクフォのことを思い出して腕につけているアクフォに触る。だがそこに四角い金属の機械はついていなかった。どこかに落としてしまったんだ。耳のイヤホンもさっき吹き飛ばされたことでいっしょに堕としてしまっていた。


 アクフォはラウムの所に戻ってくるはずだけど、イヤホンも失ってしまったら僕を見つけることができなくなってしまう。唯一の希望も失った。


 ……このまま飛んでいるだけじゃだめだ。とにかくラウムと合流しないと。

 必死にここから出ようとあがき、翼を羽ばたかせる。


 翼が羽ばたくと風の音が少し変わる。バサッバサッと羽が風を叩いてこの場から逃げようともがき、飛んでいく。目の前の大きな雲の中をすり抜け、出る。そこにはまたも雲と青い空が立ちはだかっていた。

 まだだ。きっとラウムに会える。みんなに僕が無事だってことを伝えないと。


 被りを振って翼をもう一度広げて何も聞こえない空に僕の翼の音を立てて、再び雲の中へ突入する。どんどん飛んで飛んで飛んで行った。けどどこまで行っても飛行機もラウムも地上の大地の色でさえまったく見えてこなかった。


 はぁ。はぁ。もうだめだ。

 さんざん飛び回ってただ疲れだけを増やしてしまい、翼はもうクタクタになってしまった。なんとかグライディングをするのが精一杯で、羽ばたきをするのはできなくなった。けどグライディングをしていては、風に流れを任せてしまうだけでラウムに合流できない。いや、帰ることすらもできないんだ。


 こんな空の中休める場所もない。グライディングだけできる状態もいつまで続くかわからない。ふと頭の中にイカロスやリリエンタールのことが頭に浮かんだ。


『イカロスもリリエンタールも突風に吹き飛ばされて死んでしまった』


 急に体がガタガタと冷えてきて身動きが取れなくなった。


「……どうしよう。僕、死んじゃうよ」


 翼が疲れてグライディングを保てなくなったら高度三千メートルから落ちたら間違いなく僕は死んで、悪魔の召使いになる。それだけじゃない、ラウムにまた空を飛ばせることを失敗させてしまう。


 ラウム、ごめん。僕、ラウムの約束を破ってしまった。ごめんね。あっちで召使いになったらラウムの下でいっぱいお茶くみとか掃除も一生懸命けんめいするから。でも絶対口酸っぱく言われるだろうな。ここの掃除が甘いよとか。あははは。


 …………ごめんね。


「クァクァ!!」


 カラス?

 ふいに叫び声のようなカラスの鳴き声に、諦めて閉じていた目を再び開けると一羽の小さなカラスが逆さまを向いて飛んでいた。って僕が逆を向いているんだ! カラスのおかげでやっと自分の位置を把握でき、体をひっくり返す。そしてその横で僕を呼んだカラスを見て驚く。


「丸刈り? 丸刈りなのか?」

「クァ!」

「どうやってこんなところまで!? だってここは」


 高度三千メートルこんな場所に鳥なんてこないはず。けど頭上から別のカラスの鳴き声が降り、見上げると真っ黒なカラスの群れが三角の隊列を組んで飛んでいた。


「カラスの群れ。もしかして丸刈りが群れをここまで連れてきたの」

「クアア」


 すると丸刈りはついてこいと言うように僕の前を飛ぶと、その後ろについていき群れの所へ入り込む。


「このまま飛んでいくの?」

「クァクァ」


 言葉はわからないけど、どうやらそうみたいだ。カラスたちの群れは僕が入ってもも警戒する様子はなく受け入れて、一番後ろについていく。


 カァカァとカラスたちは町中にいる時と変わらない声を上げる。でもその鳴き声がこの寒々しい白と青の空の中に色を付けていく。真っ黒なカラスたちの声が。


 風はさっきと変わらず吹いている。でもカラスたちはそれをもろともせず、方向を変えずに少し翼を傾けるだけで一糸乱れず進んでいく。

 これが鳥たちの飛び方。目印も計器もなにもないはずなのに、カラスたちはまるでわかっているみたいに道なき空を大きく黒い翼を広げて飛んでいく。


 これが、なんだ。


「すごい。鳥はこんな怖い大空でも自由に飛べているんだ」


 ただただ、感動しか出てこなかった。

 あのゴミ漁りするカラスたちがこんなに頼もしく力強く感じるのだから。


 雲の中に突入してもカラスたちは臆病おくびょうにならず突き進む。

 いつしかカラスたちの羽ばたく音が大きくなる。どれも同じタイミングで、同じ動きで飛んでいる。この群れ自体が大きな翼であるかのように。


 そして雲の中から出ると、青空の下でカラスとよく似ている黒い翼を持つ銀の髪の女の子が飛行機の中で僕を探していた。


「ラウム! ラウム! 僕戻ってきたよ!」

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