第四章 大空へ
気球に乗って
「わぁ。気球でいっぱいだ」
僕の住む町から電車で一時間もゆられて着いた先の気球大会の会場には、赤や青など様々なカラーリングがされた気球やアヒルの顔を模したキャラクター気球などが浮き上がっていた。
「へぇ、今の気球ってこんなに種類があるんだ」
「昔は気球の数は少なかったの?」
「昔は一部の人しか乗れない乗り物だったし、昔の気球は今の飛行機ぐらい大事なものだから気球に顔をつけるなんてことも考えなかったからね」
珍しそうに現代の気球たちを眺めながら歩むラウム。ラウムの昔の話を聞けば飛行機の歴史を全部把握できるんじゃないだろうか。
ずんずんと気球の見本市を歩き進めると赤い気球が見えてきた。僕が購入した気球のチケットは高度千メートル体験ができる気球だ。ゴンドラはまだ浮いてなく、準備中らしい。
「近くで見ると結構大きいね」
「うん。私の時よりも大きい。本気で飛ばしたらこれだけでジェット機と同じ高さまで飛べるんじゃない?」
「さすがにそれは無理じゃないかな」
僕が知っている限りだと、無人の気球なら成層圏の付近までは飛ばせるらしいけど人間が乗っているものだと成層圏はおろか高度八千メートルまでは飛べない。
気球に乗り込もうとすると、僕の後ろから小さく黒いかたまりが声を上げた。
「クァクァ」
「丸刈りお前は留守番だよ」
「クァア」
後ろからちょこちょこと丸刈りが悲しそうな声を上げる。僕が気球大会の会場に行く途中、丸刈りが後をつけてきたのだ。何かにつけてついてくる丸刈りだけど、さすがに遠くにある会場までついてこれないだろう息まいていたけど、まさか電車の中に乗り込んでくるなんて思ってなく、他の乗客の人も驚いていた。しかし丸刈りは車内で飛び回ることはなく、お行儀よく車内の入り口の隅で僕たちが降りるまで座っていた。
だけどさすがに気球には乗れないだろうから念押しで待つように伝える。
丸刈りにバイバイして、赤い気球に乗っている操縦士のおじさんにチケットを渡してゴンドラに乗り込んだ。
さて、いよいよここから千メートルまで飛んでって。ラウム何をしているのだろう。いっしょに乗り込んだラウムはじっと操縦士のおじさんとにらめっこをしながら動かない。ラウムは姿が見えないのだからチケットを渡す必要なんてないのに。
やっとにらめっこが終わると操縦士はゴンドラの扉を閉めて、気球の火を強くする。
「さあ、お客様そろそろ出発しますのでゴンドラのふちにしっかり捕まってください」
操縦士の指示に従いゴンドラのふちをしっかり握る。気球の赤い火が大きくなるとゴンドラがズルズルという音を立て始める。しばらくすると音が消えて気球がゆっくりと地面から離れていく。
飛行機のように一気に飛ぶわけでも鳥のように全力で音を立てながら羽ばたくとはまったく違う離陸の仕方。ゆっくりと静かに飛んでいる。少しゴンドラから体を起こして下を見ると建物や人の
これが気球の飛び方か。地上の見え方がぜんぜん違うなぁ。と感心してふりむくと気球の中がおかしなことになっていた。
あ、あれあれ? 乗客僕一人だけ!?
ラウムと僕をのぞいて乗客が誰もいないという事態に操縦士さんはまったく気にすることなく操縦を続けていた。
「操縦士さん。お客僕だけなんだけど。みんな乗せ忘れているよ」
「問題ないよお客はカナタだけだから」
「どういうこと」
「ちょっと操縦士をあやつったの。これでカナタが途中で飛んでも周りの人が驚いたり文句は言われないわよ」
なるほど、僕が空から途中下車してしまったら今日の電車に乗り込んだ丸刈りみたいにみんな驚くものね。でも後でお客さんたちにごめんなさいしておこう。と地上に向かってぺこりと「お先に乗させていただきます」と謝罪した。
「というかラウムもあやつることができるの」
「できるわよ。でもやるとグラシャと同じになるからやりたくないだけで」
「そんなことないよ。ラウムはあいつみたいなことしないもの」
「じゃあお言葉に甘えて、今度コンビニでコーラをただにしてもらうように店員さんをあやつろうかしら」
「前言撤回。全力で阻止する」
気の抜ける会話をしているうちに、気球は上昇気流が吹いているおかげでどんどん上昇している。さっきまで盛切山や遠くにあるビルなどの建物が見えていたが、すっかりそれらを追い越してしまい、見渡す限り美しい青い空と延々と流れてくる雲にに圧倒される。対称的に地上にいる人の顔はおろか屋台の屋根すら判別できないほど小さくなっている。
「さすがにこの高度まで飛ぶと地上のモノが小さい粒にしか見えなくなるわね」
「ライト兄弟やリリエンタールの時はこのくらいの高度まで飛んでいた?」
「さすがにここまで飛んでないわ。今の時代の気球や飛行機と比べたら、ぜんぜん低いし」
僕が予想した通りラウムが前に契約したときとでは見ていた空が違っているようだ。もし今悪魔の世界にいるライト兄弟が現代の空を見たらどう思うのだろう。
遠い遠い空の偉人たちに思いをはせていると操縦士が気球高度が千メートルを超えたと伝えられ、配信する準備を始めようとリュックの中に詰め込んでいた道具を取り出そうとする。するとラウムが持っていたアクフォを僕に突き出した。
「私のアクフォで配信しなさい。この間グラシャに襲われたときは大丈夫だったけど、万が一落としたらスマホが壊れるだけじゃすまないんだから。アクフォなら落ちても自動的に私の下に戻って来れるようにできるから。あと私とはぐれても通信が聞こえるようにイヤホンも」
「すごく用意がいいんだね」
「カナタの願いを叶えるのが
願い。その言葉が、アクフォをたくされるとずしんといっそう重く感じた。これでラウムが帰ってしまうということだけじゃない。みんなに空の良さを知ってもらうため。ラウムが僕に託した空を飛ぶものの想いなどが込められていると感じてくる。
僕が『空を飛ぶ』という願いの重さとみんなの期待に倒れてしまいそうだ。
けど。
僕はしっかりとアクフォを握り締めてラウムに自信をもって答える。
「絶対に成功させるからね。大事に借りるよ」
耳にイヤホンを入れ、アクフォを通じて僕のチャンネルに接続する。
そして画面の上に『配信』という見慣れたボタンを前に深く息を吸う。ラウムを召喚する前よりも深く。そして指先がボタンに触れるといつものあいさつを視聴者に向けてする。
「こんにちは! KANAだよ。見てください今僕は、気球に乗っています。現在高度千二百メートル。ここから飛行機が来る三千メートルまで上昇して同じ高度まで飛び、飛行機と同じ空の撮影と海まで飛んでいきます!」
アクフォのカメラが今映っている空の映像を映すと早々に視聴者がコメントをくれた。最近では配信を始めるとすぐにコメントをしてくれる。
『すでに高い!』
『ここから飛ぶの?』
『怖い』
『もう翼直ったの?』
「気球からの撮影は僕も初めてで、いつも空を飛んでいるときと違ってゆったりとしているんですよね。あとちょっと寒いです。やっぱり地上と違って空って気温が低いんですよね」
寒さ対策として翼が出せるように改造した防寒着はちゃんと着ている。それでも顔の部分はどうしようもなく風が吹くとひんやりとした風が肌にはりついてくる。ちなみに腕に自作の翼をくくりつけているけど、もう補助翼がなくても飛べるから完全に固定とかされてなくほぼ飾りだ。
これがなかったらなんか僕じゃない気がするからつけているんだ。
「さてみんな。空の世界へ。レッツゴー!!」
ゴンドラに足をかけて、僕とラウムは一斉に大空の世界へ飛び出した。
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