悪魔がいなくなった日
ラウムとの契約が終わって次の日、ベッドから体を起こすと僕の背中にはまだ翼があった。けど隣にラウムの姿はなかった。
「やっぱり夢じゃなかったんだ」
ぽつりとつぶやくと、悲しくなった。最初に翼を手にした時目覚めたら怖いとめをつむりたかったのに、今朝はずっと目を開けたくなかった。
ラウムが勝手に読んでいて順番がバラバラにされていた本棚は、そんなことがなかったかのようにきれいに並べられていた。図書館で借りたラウムを呼びだした赤い本もなくなっていた。ぽっかり空いた空間には、ラウムはもうこの世界からいなくなったことを伝えていた。
いつもより遅く起きてしまったが、慌てる気力もわいてこなく台所に用意されていたパンを少しちぎってはもさもさと口に入れる。
「昨日のお父さんから電話があってね。気流が悪くて飛行機のフライトが危なかったってそしたらね窓の外にカナタの顔が浮かんだって。そしたら急に気流から抜け出したらしいの」
「そうなんだ」
「そうなのおかしな話よね。お父さん、カナタと離れるのが寂しかったから見えてしまったのかもね」
お母さんは笑い話だと受け止めているけど、それは僕とラウムが必死にお父さんを助けたものなんだ。でもそんなこと誰も知らない。
やっと食パンを半分近く食べたところでお母さんが心配そうにたずねた。
「カナタ元気ないわね。今日はパン一枚だけでいいの?」
「うん。お腹いっぱいで」
嘘だった。だっていつもはラウムが僕の分の食パンを食べてしまうから、もう一枚よぶんにパンを焼かないといけなかったのだから。けどもう僕は食パンを二枚も食べることはない。結局今朝は半分も食べられず残してしまった。
登校しても体に力が入らない。
「昨日の配信見た?」
「もち、KANAってすごいよな。何度も飛行機とぶつかったりしてひやひやして最後にあの夕暮れの場面!」
「でも機材の調子が悪かったのが残念だよね。もうちょっとあの夕暮れの所見たかったのに」
今日の教室はKANAチャンネルのことで持ち切りだ。
きっと昨日までなら嬉しいとか心の中でにやけていたのに、そんな感情が起きなかった。ぼんやりと窓側の自分の席に座って空を飛んでいるハトやカラスを眺めることしか頭が働かなかった。目を下すと最初の頃ラウムと飛行訓練をした公園が目に入る。相変わらず誰もいなく、スズメが砂場で砂浴びをしている。
あそこ相変わらず誰もいないんだよな。本当に空を飛ぶには最適な場所だったよ。ふぅと息を吐くと空から丸刈りが僕がいる席の窓際に降りてきた。今見てみるとラウムと出会う時に比べてだいぶ大きくなっているな。なんかあっという間だったな。
「クァ?」
「丸刈り。僕は昨日ラウムと空を飛んでいたんだよね」
「クァクァ」
そうだよっと言ってくれているのだろうかわからない。だってラウムのことを認識で着ていたのは僕と鳥たちだけだから。本当にラウムがいたなんて言葉にする人は僕以外に誰もいないんだ。
「鴨地」
「なんだよしけた顔して。昨日の動画見たぞ」
「ああ」
「ああじゃないっての。せっかくお前の動画を見て、チャンネル登録者にもなった奴を前にそれはないだろ」
「登録してくれたんだ」
「しちゃ悪いのかよ」
別に悪いとは言ってない。いつもコメントで馬鹿にしてチャンネル登録とかしてないと言っていたはずなのに。
「お前が撮ってくれた空の映像。ちょっと興味がわいたから登録したんだ。俺は面白いものはとりあえず登録する主義だからな。次も面白いやつ上げてくれよな。東京スカイツリーへ飛ぶとかさ」
「うん。候補として考えておくよ」
「おう頼むぞ。それまで過去の動画見ておくからな」
これまでのことを謝罪とかはなかった。けどそれで十分だ。僕には空のよさを、自分の力で空を飛ぶことのよさをみんなに伝えればいいのだから。
でも。
「鴨地。次のドッジボールは自分の腕だけで勝負するからね」
「え? おう」
鴨地は首をかしげながら自分の席へ戻っていった。
再び窓の外を見ると、丸刈りがどこかへ飛んでいく姿が見えていた。
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