ラウムの同僚
気味の悪い声に反応して振り向くと、一匹の黒い犬が牙をむき出しにニヤニヤと笑っていた。そこらにいる犬とは違うと直感で気づいた。犬がしゃべる以前にこんな怪しく笑うことなんてないのだから。するとラウムがむくれたようすで前に出てきた。
「グラシャ。あんたまた人間界に来ていたの」
「来ちゃ悪いのか。物欲しい人間の近くに狙いを定めてうろつき、狙う。それが悪魔だ。契約件数を上げてノルマを達成するのは当然のことだろう」
「あんたは悪魔というよりハゲタカよ」
「あいにく俺は犬だがな」
並々ならぬ殺気のようなものが二人の間にバチバチと弾けている。とてもじゃないけど近づきたくない。
「ラウムこの犬って」
「私と同じ悪魔のグラシャ。底意地が悪くていつも犬の姿をしている悪魔」
「悪魔が悪くて何が悪い、高圧おせっかいやきのへっぽこポンコツ女悪魔に言われる筋合いはないな」
「なによ。強引な契約と願いの内容を変に
「それが悪魔だろう。空を飛ぶことしか脳のなく成績を伸ばせてないお前と比べたらオレのほうが数の上では優秀だろうが」
二人? の悪魔がお互いを挑発し合って今にも目から火の粉が飛び出そうな雰囲気だ。するとグラシャの赤く色づいた丸い目が僕にぎろりと向く。
な、なに。僕何かした? なんでそんなに見つめているんだよ。怖い。
そしてラウムににらみを利かせながら僕の所へ歩み寄ってきた。
「人間、若いな。いくつだ」
「十三だけど」
「十三! 若い。非常に若く将来のある人間なのに、こいつと契約を結ぶだなんて悪魔の運がない。そいつは飛ぶことしか脳がない悪魔だ、もっと
グラシャは大げさに残念がる表情で前足を顔に当てた。その大げささがいちいち鼻に触り、なんだか僕まで腹が立ってくる。けど地獄の召使いって?
するとラウムがグラシャの横腹に向けて
すると今度は上からあの気味の悪い声が降ってきた。
「当たってないぞラウム。俺が空を飛べることを忘れていたのか」
なんとグラシャの背中からラウムとよく似たコウモリ状の翼を生やして飛んでいた。ただでさえ赤く光る丸い目で気味が悪いのに翼まで増えると余計に君の悪さが増す。するとその横から丸刈りが(やはり気味が悪いのか)ガァガァとやかましい声をグラシャに向けてほえた。
「ええい、うるさいちびガラスだ。この町を一周したらまた様子を見に来るぞ人間」
そう言って去っていくグラシャにラウムはべーっと舌を出して答えた。
「そのまま帰ってくるな! ムカツク悪魔……犬の体に翼だなんて、その羽むしり取ってやろうか」
「ラウム、召使いってどういう意味?」
さっきグラシャの口から聞こえたその言葉を返すと、ラウムは渋い顔をして押し黙っていた。
いつものラウムなら、すぐに教えてくれるはずなのに。僕の心臓に嫌な汗がたらっと落ちる感覚があった。そしてふぅっと息を吐いてラウムはやっと口を開いた。
「悪魔と契約してその願いが達成できずに死ぬと、契約者は悪魔になれず一生召使いとして重労働をさせられるの。地獄の墓掃除に二十年とかお茶くみ三十年とか地味な雑用ばかり」
なにそれ!?
願いも叶えられないまま死んで、悪魔にこき使われるだなんて。学校の掃除だってめんどくさいのに二十年も掃除だけ続けるだなんて。
「そんな! こき使われるなんて嫌だよ」
「私だっていやよ。契約に失敗したら人間界に出られる機会も減るし、あげくにグラシャのように嫌味を言われる。最悪最悪!」
だんだんとラウムは黒い靴のかかとをつぶす勢いで地面を何度も踏んだ。
どうしよう、もしも失敗してグラシャのような悪魔に一生掃除にお茶くみだなんて。僕は悪魔たちにお茶くみや掃除に使われる姿を掃除した。
『このお茶ぬるいぞ。お茶百杯ぜんぶいれなおしだ』
『カナタさん。ここほこりがたまっておりましてよ。この一キロあるろうか全部ふきなおしなさい』
そんなの絶対いやだ!
「ラウム、本当に僕を空に飛ばしてくれるんだよね」
「絶対。カナタを飛ばせてあげる。悪魔は契約にうるさいんだから」
「ほんとに?」
「絶対に。まずはちゃんとおかしな飛び方はしないように仕上げるところからね。はいもう一度」
ポンと背中を押される形で丸刈りと対面すると丸刈りが翼を広げてバサバサと大降りに羽ばたく。動きは僕とよく似ていたが、丸刈りは左右のバランスが崩れることもなく飛んでいた。それに負けじと僕も翼を広げて羽ばたく。
悪魔の召使いになんて死んでもなりたくない。
***
夕方になるまで飛ぶ練習は続いた。まだ動きが見やすい丸刈りの動きをしっかり見て、それに合わせて動きをまねる練習を何度も繰り返したが何度も羽ばたくというのはラウムが言う通り疲れやすく、終わろうと告げた時には体がへとへとだ。
動画撮影で空を飛ぶ時でさえ、ボロボロになることはあったけどここまで疲れることはなかった。服で汗だらけの顔をふいてなにか甘いものでも食べようとコンビニに入る。
ああ、気持ちいい。まだクーラーがきいている店内は涼しく、シャツの下の汗が冷やされる。
そしてこのコンビニには僕の大好物である『クリームたっぷりプリン』(お値段きっかり百円)を求めて歩もうとすると、一緒に入ってきたラウムがキョロキョロと物珍しそうに店内を見渡している。
「ラウム何かほしいものでもあるの?」
「いや、この店色んなものを置いてるなって」
「そりゃコンビニだから」
「コンビニ?」
あれ、コンビニって知らないのかな。
そういえばさっき人間界に出られる機会が減るって言ってたけど、もしかしてコンビニができるまでこっちの世界に来られなかったのかも。ライト兄弟とかがいた時代にコンビニなんてなかっただろうし。
「コンビニって色んなものが売ってあるんだよ。お菓子にパンにアイスにご飯のおかず。それにティッシュや洗剤も」
「へぇ、アクフォの映像とかでよく見るけどこんなに便利な店がこの町にあったんだ」
どうやらコンビニが日本全国にあるということまでは知らないみたいだ。
うろうろとラウムがコンビニの棚をまるで美術館で絵を鑑賞しているかのようにじっくりと眺めながら商品を選んでいると、ドリンクコーナーにあった缶コーヒーを手にした。
「うぇ、それブラックコーヒーだよ。すごく苦いよそれ、砂糖とかミルク入りにしなくていいの」
「ミルク入りだなんてとんでもない。悪魔は黒色の食べ物飲み物が好物、ミルク一滴でも入っていたら黒いコーヒーが台無しだよ」
「黒なら何でもいいの? のり巻きののりは」
「大好き」
「チョコは?」
「ブラックが最高。でもなんでカカオ百パーセントのチョコはないのかな。どれもミルクが入っているから」
つまり黒ければなんてもいいのか。けどカカオ百パーセントだなんて苦すぎて食べれやしないよ。ん。そうだ黒といえばあれはどうだろう。
店内の棚を探して『クリームたっぷりプリン』と一緒に置いてあったそれと冷蔵庫のあれを手に取ると、ラウムに見せた。
「じゃあこの黒いものは?」
「何これ」
「黒ゴマプリンとコーラだよ。これも知らない?」
ううんと首を横に振るラウム。
黒と言ったらコーラと思いつくはずだし、黒ゴマプリンも名前に黒ってついている甘いものだからどうかなと思ったけど、どうやらラウムにも知らない黒い食べ物があるようだ。
「どっちも見たことない?」
「知らない。私が前に来たときにはこんなものなかった」
「じゃあ試してみなよ。どっちもすっごく甘くておいしいよ」
「じゃあ現代の黒い食べ物試してみましょうか」
ちょっと予定を変更して黒ゴマプリンとペットボトルのコーラを買い店の外に出て、コーラのキャップをひねるとプシュっと炭酸が抜ける気持ちのいい音が出た。
シュワワと中でコーラの黒い泡がブクブクと泡立っているのをラウムが興味ありげに見つめていたので、渡した。
「ほら、早く飲まないと炭酸が抜けておいしくなくなるよ」
「本当においしいのか見ていただけ」
ぐいっと一気にコーラのペットボトルをあおると、しゃっくりしたように小さく跳びはねた。
「何これ!? 口の中が爆発した! 口の中がパチパチする。これ大丈夫なの!?」
「ラウム炭酸飲料飲んだことないんだ」
「ないわよ。炭酸水は黒くないから口にしなかったもの……でもこれおいしいわね」
なんだかんだいいつつもその後もちびちびと炭酸の
「甘くてくせになるねこれ。ケプ私の悪魔の飲み物リストに加えてもいいおいしさよ」
「じゃあこっちの黒ゴマプリンも食べてみてよ」
とりだした黒ゴマプリンの容器を見て、ラウムは一歩引いて警戒する。
「こっちは爆発しないよね」
「ふつうのプリンだから心配ないって」
さっきのコーラで警戒しすぎだよ。ほかの悪魔もコーラを飲んだからこうなるのかな。ラウムの警戒心を解くため、自分用に買っていた黒ゴマプリンを開けてスプーンですくい食べる。しっとりとしたほんのりと甘いプリンが口の中でとろけている。それを見てビニール袋に入っていたもう一つのプリンをラウムが取り、一口食べる。
「おいしいじゃない。ふつうのプリンと違っておとなしい甘さだけどこれも悪くない」
どうやら黒ゴマプリンもラウムの悪魔の食べ物リスト入りしたようだ。
「甘い。刺激的。現在の黒いものバンザイ」
コーラを飲みながら黒ゴマプリンを交互に食べていく。
コーラとプリンって食べ合わせるのにまったく合わない組み合わせなのに、ラウムはすごくおいしそうにしている。人間と悪魔の舌は違うのかな。
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