第三章 空に憧れて、人は飛ぶ

空への第一歩

 最近の日課は空を飛ぶことばかりだ。学校の授業が終わったら真っすぐ裏の公園で翼を広げて空を飛び、ラウムや丸刈りの動きをまねて飛び。転んでももう一回飛ぶ。徐々にではあるけど少しずつ飛距離や飛べる動きはうまくなっていた。


「ほらもうちょっともうちょっと。掛け声をして」

「はい! はい! はい! どれくらい飛んでる!?」

「ジャングルジムの頂上まで。ちゃんと目を開ける? 目を開けないと飛んでいるときに木とかにぶつかるからしっかり目を開けて」


 空を飛ぶための初歩である羽ばたき飛行を毎日くりかえしていた。地面から飛ぶためには翼を早く動かす必要がある、けど早く動かせば動かすほど体力がなくなって動けなくなる。自分の力で飛ぶのって難しい。

 やっとジャングルジムまで飛べたその横で、丸刈りがゆうゆうとジャングルジムよりも高い滑り台まで飛んで「早く来いよ」と言いたげに鳴く。


 くそっ、丸刈りに負けてたまるか。


 負けたくない思いで地面をると強く羽ばたけてさっき丸刈りが居座っていた滑り台にまで飛べてしまった。

 上空から練習を見ていたラウムがパチパチと拍手してふわりと滑り台の上に降り立った。


「いい調子じゃない。あの丸刈りちゃんと競争してからメキメキと上達しているわね」

「そりゃ召使いになりたくないし、それに早く自分の力で飛ぶところを撮影してYouTubeにアップしないと」


 ここ最近空を飛ぶ練習を毎日している代償で動画投稿がまったくできてない。自作の翼をちまちまと作る様子を配信していたんだけどこのまま何も配信や投稿しないでいるとなんだか不安になる。


「撮影? カナタが飛ぶ姿をみんなに見せるの? 自分が空を飛べばそれで満足すればいいじゃない」

「僕だけが満足したくないんだ。みんなに空を飛ぶことってこんなにいいことなんだって伝えたいんだ。見てくれる人は少ないけど、その人たちはみんな僕が空を飛ぶのを応援してくれている大事な人たちに早く飛べているところを見せたいんだ」


 それでも鴨地が言うようにほとんどがゲームや音楽や人気YouTubeの企画ばかり。反応だってよくないものが多いのが現状なんだけどね。


「それがカナタの願いなのね。最近の人間って自分が空を飛べばそれで満足ってわけじゃないんだ」

「変?」

「まさか、空を飛びたい人間はいつの時代だって変人って言われていたからカナタが飛びぬけておかしいわけじゃないもの。ちゃんとその人たちのために完成させなさいな」


 にこりと笑顔で受け入れてくれたのはうれしいけど、僕が変人だなんてひどいよ。教えてくれるところは丁寧に教えてくれるのに、こういうところだけラウムは不親切なんだから。


「はいはい。ふくれてないで練習の続き。次はちょっと難しいけど必須の技、羽ばたきからグライディングに翼の動きを変える練習」

「ついにグライディングをやるんだね。飛行機と同じ動きだから頭の中でシュミレーションはできてる」

「同じじゃないよ。飛行機は羽ばたき飛行がないのだから、羽ばたきからグライディングへの切り替えができないと本当の大空へ行けないんだから。とりあえずこの滑り台まで羽ばたいて、グライディングに切り替えて数分は維持できるようにするのを目標に」


 滑り台から降りて、パンパンとお尻についた砂を叩き落として、頭を下げて飛ぶ姿勢を構える。


 何度も飛んできてわかったことは三つ。


 一つ、飛び立つときは頭を前に突き出すこと。

 一つ、翼を動かす時は上下でも前後でもなく、上から少し斜め前に。つまり水泳のクロールの要領でした方が飛びやすい。

 一つ、力を抜くこと。


 飛行機とはまるで違う、鳥だけしか知らない飛ぶ動きだ。僕がラウムから教わって丸刈りの動きをよく観察して知れたことを、鳥たちは自然で身についている。本当にすごいことだ。

 だから僕も鳥になりたい。


 ラウムが合図すると、一気に羽ばたく。

 バササと羽一本一本が空気をかき分けて僕の体を浮かせる。左右のバランスが崩れないよう絶えず翼を上下に、前に動かして空中に飛んでいく。そしてついさっきまでいた滑り台を越したところで「翼を広げて!」とラウムの声が飛んできた。


 翼をピシッとグライダーのように横一直線に広げた。何度も飛行機の動きや資料を見ていたおかげかグライディングへの切り替えは簡単にできた。


 よしこのままグライダーと同じく、気流に乗って数分この公園の上空を飛び回るだけ……あれ? あれ? なんか落ちている? 絶対落ちてる!


 体がそれ以上上がらず、ぐりんと下を向いて降下を始めた。そして降下していく僕の空はそのままジャングルジムにへと突入しかけていた。


「回避!」


 慌てて逆方向に羽ばたいてブレーキをかけたおかげで衝突は避けれたが、わずか数十秒で地面に戻ってきてしまった。

 予定より早く戻ってきてしまったためかラウムは血相を変えて僕に駆け寄った。


「カナタ! ぶつからなかった」

「うん。ラウム、どこが悪かった? なんで急に落ちてしまったんだろう」

「え? う~んたぶんスピード不足かな?」


 何か言いたげなラウムだったけど、すぐアクフォを取り出してさっきの僕の飛んだ姿を見せてくれた。そしてその上に丸刈りの姿を重ね合わせて説明した。


「カナタの羽ばたきと丸刈りちゃんの羽ばたきと比べると、翼の動きがカナタの方が遅いの。この速さだと揚力が足りないのだけどわかる?」


 ラウムが聞くと僕はこくりと答えた。揚力というのは空気の流れでものが浮く力のこと。鳥も飛行機もこの力で飛ぶのだけど、その揚力を出すためには十分な速さがいる。つまり僕がグライディングできなかったのは、早く飛べないからグライディングに切り替わる前に失速してしまったんだ。


「これを解決する方法って」

「もう単純にスピードを上げるしかない。揚力が足りないとグライディングもできやしない。でもそろそろグライディングの練習もしておかないと次の段階に進めないし」


 えー! せっかく空へまであと一歩のところだったのに。僕の力不足で空へもう一歩届かないなんて。


 がっくりとうなだれていると「クァ」といつの間にかどこかに行っていた丸刈りが何か咥えて降りてきた。

 ぴょこぴょこと一枚の布がはった板切れを置き、クイクイと僕のズボンを引っ張った。なんだよ、そんなゴミ僕が持っても……って


「あっ、これ僕がこの前捨てた翼の破片だ」

「ほんと、私が動画で見たのと同じだ。カラスだから巣の材料に使えそうなものとして持っていたのかもね」


 捨てたとはいえカラスの巣の材料にされていたなんて複雑。

 失敗した手製の翼を持ち上げると、これは翼の端っこの部分だとわかった。飛行機を参考にしていたからできるだけ空気抵抗とかなくそうと必死に図書館の本を見ながら作っていたからな。


 待てよ。飛行機。速度が足りない、揚力不足。

 そうだ。


「複葉機だ!!」

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