悪魔のラウム
お母さんにケガまみれなのを見つからないうちに自分の部屋に戻り、さっそく借りてきた本からQRコードがあるページを開いてスマホで読み取る。すると本と同じ血がにじんだ色合いの怖い文字が書かれたページに飛んだ。その文字には次の文章が画面に出てきた。
『この画面の入力画面にあなたの名前と願いを入れてください。契約同意ボタンを押すとあなたの願いが叶います。契約後はアシスタントが内容とサポートについてご説明いたします』
スマホを操作して名前と願い事を入力して、最後の同意ボタンに指を合わせると力を込める。
「空を飛べるようにお願いします!」
指が同意ボタンに触れる。すると画面が真っ黒になった。
あれ? 電源入っているはずなのに?
しばらくしても真っ黒な画面のままで、だんだん不安になってきた。そのタイミングで画面から赤い渦巻きが描かれる。渦巻きがグルグルと竜巻のように回り始める。回り始めた渦が画面を埋め尽くし、ついには画面から飛び出して目の前で旋回し続ける。しかし渦巻きは不思議なことに部屋にあるはがれかけたポスターや本などを吹き飛ばすことはなくただその場で回り続けている。
そして渦が薄くなると中から、銀色の髪とそこから二本の角が生えている女の子が礼をしながら現れた。女の子は僕と同じ背丈だけど、本と同じぐらいピシッとした赤黒いスーツを着ているためどこか自分よりも年上に思えてしまう。
「お呼びいただきまして
女の子は最初丁寧な言葉であいさつすると、僕の顔を見るなり首を傾げた。
「伊香カナタさんはまさか」
「僕だけど」
「…………うっしゃー! 若い! 若い魂だ! 契約ノルマ大幅アップだ!」
すごく丁寧な言葉を使うと思ったら急に上に向かってガッツポーズをとった。
若い魂とか、ノルマってどういうことだろう。
すると女の子は思い出したように背筋を伸ばして、僕に向き直った。
「失礼。改めまして、私が伊香カナタ様の契約悪魔ラウムと申します。以後お見知りおきを。さてさて、改めて説明しますと。我々悪魔は契約者――つまりカナタ様の希望となるものを叶えて差し上げる代わりに、契約者の魂は悪魔が握り、死んだ後も天国界ではなく悪魔界へ行くことになります」
「あ、悪魔!? 悪魔が命を握るって、まさか契約完了したら僕魂を取られちゃうの!」
「ご心配なく、それは死後の話。最近はすぐに魂をこっちに寄こせなんてことはめったにないから。それに悪魔界に行った後は、私と同じく悪魔となって魂を契約する仕事に従事するようになるだけ」
死んだあとと聞いてホッとした。空を飛べてもまだやりたいことがいっぱいあるもの。それに今の平均寿命はたしか八十ぐらいだからまだ六十七年もある。
ラウムが一枚の紙を取り出して「ではさっき入力した内容を確認するからね」とさっきと比べて、ちょっとくだけた口調で契約した内容を読み始めると顔をゆがめた。
「何かまずいことあった?」
「いや、悪魔との契約するのに魂の年ってすっごく大事なんだよ。世界一の金持ちになりたいとか悪魔の頭脳を持ちたいとか、今世紀最高の発明をしたいとか願っても年を取ってしまったら叶えられないの。けど君のような若い魂の契約者だともっとすごい契約だって結べるのに、それを自分の翼で空を飛びたいって。それって魂の大安売り。大バーゲン。命投げ売りしたいの?」
本気で言ってるのと僕の願いに対して次々といやみが投げつけられる。なんだよ、僕の願いが悪いのか? クラスでもそんなこと散々言われているのにとむかっ腹が立った。
「それが僕の願いだよ! あなたの願いを書いてあったのに、好きな願いを書いてはいけないっていうの!?」
「わかったわかった。ちゃんと契約するから、こっちも若い魂と契約できるんだから、その分ちゃんとサービスもするし」
いきなり怒ったことで面食らったラウムはどこからともなくペンを取り出した。
「それじゃあ、もうちょっと細かいところを詰めていくね。翼の場所の希望は?」
「背中で」
「大きさは? だいたいの飛行距離と高度は? 耐久は?」
「大きさは鷹ぐらいに。距離と高度は飛行機と同じぐらいで。できるだけ丈夫に、簡単に折れず、熱や寒さにも負けずに飛べるくらいで」
「おけおけ。それぐらいならお安い
ラウムの言われた通りに、床に落ちたスマホの上に立つ。スマホの画面はまだ赤い渦巻きが巻いていて、改めてそこが悪魔界との入り口だと感じる。そしてラウムが僕に向けて手を前にかざして呪文を唱えだした。
「ヲサバツノカタニノモノコミゾノメゾノョシクヤイケロエキ」
まったく理解できない言葉をつむいでいくと、スマホからさっきの赤い渦が僕を包んだ。渦はあっという間に僕を包み世界を赤に変えて、見えなくする。しばらくして渦がなくなり元の世界が見えてくると、背中に何か違和感があった。
空っぽのランドセルを背負っている感触、背中をのぞくとそこに二本の大きな翼が飛び出て、お尻のあたりには鳥の
一本の太い線がカーブを描いて伸び、その線の周りに綿のようにふわふわとしたものがついている。まぎれもなくこれは鳥の羽だった。
「本物だよね。これ本物の鳥の翼だよね」
「そうだよ。契約通り本物の鳥の翼だよ」
やった。やった!!
ついに僕は翼を手に入れたんだ。早く飛びたい気持ちでいっぱいとなり、窓を開けるとそこから飛んだ。
僕は鳥。鳥人間、ううん鳥人カナタだ!
勢いよく窓から飛び出してそこに見えるのは空の世界――ではなく茶色い地面だった。
ヒュー、ドスン!!
僕は今日二回目の墜落をした。
「飛べないじゃん!」
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