おかしな本を借りました
やっと図書館に入り、丸刈りから振り切った。あいつもさすがに図書館の前で何十分もい続けるわけもないだろう。安心した僕は閉館時間ギリギリまでいようと、傷が治るがてら空を飛ぶ研究に関する本を探す。
エレベーターで二階にあがり、航空力学や生物学書などの研究に関する本棚のコーナーに行く。ここは漫画や雑誌などが置いているコーナーと違い、人が少なく置いてある本もほとんどが分厚いものばかりだ。こんなところに小さい子供は行きたがらないからとても静かで本に集中できるからいい。
最初に目についた本を取ると目次に『人間が空を飛ぶには』というのがあったのでそのページを開いてみる。
『鳥が空を飛ぶのは体が軽いからです。鳥は骨の中身が空っぽで内蔵も最小限のモノしかありません。もしも人間が翼を持つためにはまず、骨格から内臓まで全部作り替えなければなりません』と締めくくられてがっかりして本を閉じた。
骨から内臓まで全部変えるだなんて、それじゃあ人間じゃないよ。化け物だよ。夢がない。僕は人間のまま空を飛びたいのに。けど他の生物の本もほとんど同じようなことしか書いていなかった。
僕は航空力学の本を頼りに翼を求めていた。航空力学は人がどうやって空を飛ぶかを考えるためのものだから、人が空を飛ぶことを否定なんてしない。けどこの本には欠点がある。
人は絶対に自分の力では飛べない。だから機械を使って空を飛ばなければならない。
違うんだよ。僕が求めているのは人の体で空を飛ぶことなんだ。
もっと僕の願いが叶う本はないだろうかと本の背表紙を一つ一つ眺めて探し出す。
『飛行機・自動車・船のエンジン駆動の仕組み』
『空を飛ぶ夢。鳥人間コンテストへの挑戦』
『あなたの願いが叶う本』
『グライダーの仕組み』
『希望が叶う本』?
そのタイトルに僕は足を止めた。
何回もこの図書館に来て、だいたいこのあたりの本の名前は覚えてはいるが明らかに場違いだし、おまけに絵本と同じぐらいに本の厚みが薄い。手に取ってみると本の表紙は血のようにドロッとした赤く不気味な本だ。おそらく誰かが間違えてこの本棚に入れたのだろう、けど何故か僕はその本に興味が注がれてしまった。
手が糸でつるされているみたいに本の中身を開いていた。
『パンパカパーン。この本を見つけた君は運がいい。君が叶えたいことをこの本に書きこむといい。君の願いが叶えるようにサポートするアシスタントもお付けするよ』
まるでうちのポストに入っている勧誘のチラシのような文面が書いていて、軽く吹き出しそうになった。読む価値はないだろうと本を閉じる直前、隣のページに『例えば、空を自分の力で飛びたいとか』という文字が金文字ででかでかと書かれているのを見つけて手が止まった。
さっきちらっと見た時は何も書かれていないはずだったけど、こんな文あっただろうか。でも的確に僕が求める言葉があって、急所を射抜かれたかのように体が止まってしまった。もしも本当に飛ぶことができるのなら……でもこれ図書館の本だから勝手に書いたら怒られるだろうしな。するとその下にまた金文字でこう書かれていた。
『もしもこの本が図書館にあるのなら次のページにあるQRコードをスマホで読み取ってくれ。読み込んだらそのサイトに願い事を書いてクリックだ』
最初から図書館で借りることを想定していた文が添えられていた。
物は試しだ。
そう決めた瞬間、いつの間にか僕はその本だけを持って図書館のカウンターにいるお姉さんに貸し出しをお願いをしてした。お姉さんは読み取り機片手に本を読み取ろうとするが、いつものように読み取ろうとしなかった。
「すみませんこちらの本はどこに置いてあったのでしょうか?」
「二階の航空力学の本棚のところだけど」
「変ね。バーコードが張ってないし、そもそもこんな本図書館に置いてあったかな」
お姉さんは赤い本を怪しみ、中を開く。そしてしばらく何も言葉を発さずに見つめたままでいると、急に本を閉じた。
「大丈夫ですよ。このままお借りしても」
「さっきおかしかった感じだけど」
「はい、こちらの手違いでした。どうぞご自由にお使いください。返却日もこの本はいつでもお返しになってもかまいません」
急な変わりように首をかしげるが、『希望が叶う本』を手にすると不思議とその気分は薄れてしまっていた。
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