10-呪物の正体

「ええ、なんで! 千花に続く二人目の相棒なのに!」


「ばか! そのおじさんがホラー好きなんて嘘よ! いいように言って沙羅を襲おうとしてるだけよ!」


「そんなことないよ! おじさんは取り憑かれただけでいい人だよ!」


「ばか! 悪い人に決まってるでしょ!」


「いい人だよ!」


 沙羅はいい人だと言い張り、私は危ないと言い張る。

 五分ほど言い合いを続けたが平行線を保ったままで話が終わりそうになかった。


 ――だから仕方なく私は最終手段に出た。


「この呪物だってニセモノなのよ!」


 手袋をつけないと呪われると言われた何かのミイラを掴み上げて沙羅に見せつける。

 毛の感触とミイラの硬さが手に伝わって、そこから鳥肌が広がっていくのがわかった。


 それでも私は離すことなく力一杯握りしめる。


 束になって固まった毛が手に刺さって痛い。


「千花のバカ! 呪われるって言ったのに!」


 沙羅が取り上げるように私が掴んでいる呪物を掴んで引っ張ってくる。私も負けじと取り上げられないように引っ張った。私と沙羅の間には、身長の差がおよそ二十センチもある。小柄で非力の沙羅が私に勝てるはずがない。


「渡しなさい!」


 力一杯引っ張ると同時に、風船をこすり合わせたような嫌な音がした。


「沙羅……今、何か言った?」


「そんなことで私は惑わされないぞ――おりゃっ!」


 謎の音を聞いて、力が抜けてしまった私は呪物を沙羅に取られてしまった。


「もう、呪われてるって言ってるのに千花ったら」


 音は、確実に私の目の前から聞こえた。


 もし、沙羅が何も言っていないとしたら、音を出した正体は一つしかない。


 私は疑念を持った目で恐る恐るその呪物を見た。


 私の手から奪われた呪物は沙羅が片手で握っていて、その呪物を私に突きつけながら『呪われてるから手を洗ってこい』と言っている。


 呪物は先ほどと何も変わらない状態だった。


 どれだけ見つめようが、鳴かないし動かない。

 自然と呪物に手が伸びる。


 あと10センチ。もう少しで指が触れる。


 ――あと……2センチ。


 その時掴まれた呪物の〝顔〟がこちらに向いた。


 先ほどまで無かった黒くて大きな〝目〟で私を見ている。

 私の指を噛もうとでもするように〝口〟を開けた。


 その時、開いた口の奥の方から先ほどと同じような風船をこすり合わせた……いや、踏みつけらた小動物があげるような、痛々しい鳴き声が絞り出された。


「沙羅っ!」


 咄嗟に私は沙羅の持っている呪物を手で払った。


 呪物は勢いよく隣の席の机の脚にぶつかり転げる。


「もう、千花! 大切に扱ってよ! それに早く手を洗ってきなさい」


 興奮したせいで、全身から汗が出て息が上がる。


 気色の悪い物体は、血のような赤いものを少しだけ流していた。


 今はもう目も口も、顔と思われる部位も見当たらない。袋から取り出した時と同じ毛に覆われた何かの塊に戻っていた。


 しかし、あの鳴き声は確かに本物で、私を見た黒い目も確かに本物だった。


「うわっ、千花、保健室保健室! 血出てるよ! 私の爪に当たった?」


 見ると沙羅の手を払った右手の小指の付け根あたりから血がぽたぽたと流れ落ちていた。


 ――ということはこの呪物についている血は、私の血か。


 怪我というものは気がつくと急に痛みだす。脈を打つたびにズキズキと痛い。


「保健室行くから、あんたそれ捨てなさい。手も洗うから。だから、絶対にそれ捨てなさい」


 血が滴る傷跡を左手でおさえながら沙羅に言う。

 こんな正体のわからない気味の悪いものはもう見たくない。


 真剣さが伝わったのか、沙羅は元あったようにしっかりと重ねてナイロン袋に入れ口を縛った。


「千花、見てないで保健室行きなって。ちゃんと捨てるから!」


 私はその後保健室に行き、止血してもらった。


 案の定、傷跡は切り傷なんかではなく、小さな動物に噛まれたような歯型がついていた。

 保健室の先生は不思議そうにしながらも、消毒をして綺麗に包帯を巻いてくれた。


 包帯のおかげで、沙羅に傷跡を見られることはなかった。


 もし私があの呪物に噛まれたという可能性が沙羅の中に生まれれば、絶対に捨てないだろう。


 少し可愛そうだが沙羅の爪で切ったことにしておくしかなかった。


 沙羅も詳しく追求してこなかったので、私はほっと胸をなでおろした。

 


 幸いにも私はその後あの呪物を詳しく調べていない。


 上から掴んだだけで全てを触ったわけではなく、全体像をなんとなく見ただけでくまなく見たわけでもない。

 だから、あの呪物は呪物ではなく、ただの動物のミイラだったと言い切ることが出来る。


 私は不運なことに、たまたま歯の部分に手が当たってしまい怪我をしただけだ。


 本物の呪物だという証拠などどこにもない。


 ――心霊現象なんて存在しないのだ。


 だから私が怪我をしてから一週間の間、私の髪がすごい速度で伸びたのも『なんだか毛が伸びるの早いなあ』と思ってからずっとワカメを食べ続けたせいだ。


 誰も私が呪われたと証明できない。


 たとえ私と同じ時期に沙羅がワカメを食べていないにも関わらず、髪がすごい勢いで伸びていたとしても……。

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『猿の手』ーロリ巨乳の同級生が、ホラーのことしか考えていない件についてー 溝端翔 @runomae-nu

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