9-死霊使い(ネクロ)@ホラー好き
「ツイッターで知り合ったおじさんだよ。ツイッターで『呪物探してます』ってツイートしてたら話しかけてくれたの。ホラー好きで、こういう呪われたものとか集めてるんだって。また今度違うやつ見せてもらう約束しちゃった」
あろうことか、沙羅は相手の顔が見えないSNSで知り合った男から呪物を受け取り、後日また会う約束をしていた。
この女には危機感や貞操観念というものがないのだろうか。
相手が相手ならば襲われた可能性だってあるのだ。
「いつどこでどんな奴から受け取ったの」
沙羅の両親が止められないなら、もう私が止めるしかない。
「えーっとねえ。はじめは駅前で受け取る予定だったんだけど……。あ、おじさんは四十三歳って言ってた。名前は、そういえば私は教えたけどおじさんは教えてくれなかったらわかんないな。ツイッターのアカウント名はわかるよ『死霊使い(ネクロ)@ホラー好き』」
四十代でネクロは痛い。
「で、埼玉の駅前でもらおうと思って待ってたら話しかけられて、ここじゃ危ないからってことで近くのホテルに行って」
「ちょっと待った! ホテル?」
とんでもない単語が飛び出してきた。女子高生がおじさんとホテルに行くというのはもう犯罪なのではないだろうか。襲われた後の可能性が出てきた。
「まあまあ、ここからだから聞いて」
「バカ言わないで。こちとら親友が知らないおじさんとホテルに行っていたことを聞かされたのよ? 話なんて聞いている場合じゃないわ、ちょっとあんた私の話を聞きなさい」
必死に説教を始めようとする私を無視して、沙羅は無理やり話を続けた。
「だから聞きなって。幽霊が出るっていう噂のホテルが近くにあってね、そこの『302号室』に行ったの」
こうなったら誰も止められない。
私がもしも沙羅の口を無理やり塞いでも、沙羅は話を無理やりにでも続けるだろう。それは実践済みだ。
――私に黙っておじさんとホテルで密会したことに対する憤りを無理やりに抑え込んで、話を聞くしかなかった。
「ホテルに行ってみると外観も受付の内装も綺麗で、そこら辺にあるホテルだった。綺麗な受付のお姉さんが『本当にいいんですか? 他の部屋も空いておりますのでそちらの方が』って言ってくれたおかげで、その部屋が本当に曰く付きだってことを証明できた私たちは大喜びでその302号室に行ったの。でも、部屋の入り口も部屋の中も変なところは何も無かった。部屋でこれを受け取ってから、幽霊が出ないか二十分くらいおじさんとベッドに座って待ってたんだけど……出なかった。物が落ちたりとか、水が勝手に出たりとか、そんな小さい心霊現象も起きなかったの。しびれを切らしたおじさんが『出そうにないし解散しようか』って言った直後、豹変して私を襲ってきたの。力一杯私の肩を掴んでベッドに押し倒したの。おじさんの顔はさっきまでの優しそうな顔と違った。目が血走っていて息が荒い。そこで私は気づいた、このおじさんはここの地縛霊に体を支配されたんだって。おじさんの説明ではこうだったの。『昔、その302号室に一組のカップルが泊まっていて、些細なことがきっかけで口論になった。旅行中だった二人は、いつもの喧嘩に比べて大きな喧嘩になってしまう。日頃の恨みとか、気に食わないところとかを言い合うような無駄な大喧嘩。わざわざ旅行中に泊まったホテルで喧嘩をしているのがバカらしくなった男は喧嘩を終わらせようと無視をしはじめる。でも、その行動が裏目に出てしまった。何を言っても返事が返ってこない女は苛立ちを抑えきれなくなり、机の上に置いてあったガラス製の灰皿で無視をしてよそを向いている男の頭を、背後から殴った。当たりどころが悪く、男は死んでしまう。その時、男は女を掴みベッドに倒れこむようにして息絶えた。その男の霊が部屋には取り憑いていて、男女がその部屋に泊まりに来るとあの時の記憶を思い出した幽霊が出る』――おじさんが言うにはそういう話だったけど私はその怪談の核心に気づいたの。場を落ち着かせようと思っていたのに殺されてしまった男は女に恨みを持っていて、いまだに女を殺したいと思っているんだろう。だからきっと、訪れたカップルの男に取り付いて、女を襲うんだって。まあそんなことを考えてる間も、目の前のおじさんは力づくで私の両腕を押さえ込んでいるから身動きができなかった。おじさんの力は明らかに人間の力じゃなかったわ。もがいてたら幽霊は私の腕を離して口をおさえてきたの。息ができなくて、だんだん苦しくなって、本当に死ぬかと思った。流石の私も命を失うのは嫌だし、取り憑かれたおじさんには悪いけど、殺される前に思いっきり股間を蹴り飛ばしてやったの。そしたらベッドから落ちて床に敷かれた絨毯の上でのたうち回ってたわ。そう! これは新発見なのよ! 人間の男も幽霊の男も股間が弱点だったの。これさえ分かればいつでも男の幽霊には対処できるわ。で、私はとりあえず映るかもしれないと思って、のたうち回ってるおじさんの動画を撮ってから荷物をまとめて逃げ帰ったの。結局動画には痛々しく転げ回ってるおじさんしか写ってなかったけどね……。あ、それで、次会う約束っていうのは蹴っちゃったお詫びもあるし、ツイッターで『ぜひ今度ご飯かトンネルでも』って送ったら『ぜひトンネルに』って返ってきたの。私そこで改めてあのおじさんは本物のホラー好きだって確信したわ。私の体を狙っている人はすぐご飯に行きたがるんだもの。それに、後から聞いたんだけどおじさん取り憑かれやすい体質なんだって。『今回はごめんね。またトンネルでも取り憑かれるかもしれないし、その時は急いで逃げて』って、取り憑かれる自分の身の危険のことよりも私のことを考えてくれるんだよ。いい人間違いなしだよ。私にとっては心霊体験できるわけだから願ったり叶ったりだし。二人目の良い相棒が見つかったわ」
『パンッ』
沙羅が手を叩いた。
これは怪談話が終わったことを意味する。
今やっと今回の怪談が終わったんだ。
休み時間からついさっきまで、ずっと続いていたらしい。
猿の手の話も、呪物を見せないで焦らすのも、呪物を触って驚かすのも、おじさんとの密会も、全てが怪談でその全てが今回の怪談だったのだ。
「…………」
それにしても、今の話の内容がぶっ飛びすぎていて、何から言えばいいのかわからない。
いや、多分『わからない』というのは間違いで『考えられない』が正しいと思う。
私は気がつくと教室に設置された時計の秒針を意味もなく目で追っていた。
「ってなわけで、おじさんからもらったこれなんだけど……。実際のところ、正体わかんないんだよね。おじさんも大昔に買ったって言ってたし、多分何かの動物のミイラだとは思うんだけど……。あ、呪われてることは確かだって言ってた。買った時に長くて白いひげを生やした人が説明してくれたんだって」
次第に頭の中が整理されていった。
正直、今しがた沙羅がした話の全てを理解することは出来なかった。が、一つだけ確信を持って言えることがあった。
「沙羅。そのおじさんと会うの禁止よ。もう二度と会わないこと」
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