第2話 開幕!メルヘンバトル!

「助けに来ましたよ、大和くん!」


「だ、誰なんだあんた…俺を知ってるのか…?」


 いつもと変わらない帰路を歩いていたのに、立て続けに起きる非日常と非現実。混


乱の渦中にある男の口から言葉が漏れる


「今は説明している暇はありませんわ!」


「…待ってて、すぐ終わらせるから。ね、プラセ」


「もちろんです!行きますよ、ヘンネ!オピス!」



 抜けてしまった腰を上げようとする男の手をやさしく取りながら、プラセと呼ばれ


た少女は、前方の不良達を警戒し半身だけをこちらに向けていたヘンネ、オピスと呼


ばれた少女達とともに、こちらを警戒し後ずさる不良たちとは対象的に強気な気色を


露わにっと一歩前へと踏み出す。



「大方あなた達が誰の差し金かはわかっています!」


「帰って首魁に伝えなさい、貴方方の目論見はわたくし達大和さんの空想少女が絶対に阻止しますわ」


「…これ以上大和に手を出すようなら容赦しないから」


 大柄な男たちにも気勢を崩さずに、語気を強めて言い放つ少女たち


(誰なのかもよくわからないし、それ以前に何者なのかすらわからない、だけど)

 

―――少なくともこの子達は味方だ



「畜生!こいつら多分姉御と同じ奴らだぜ!」


「兄貴、一旦戻って報告しやすか!?」



「その必要はないのだ」



 尻込みする不良の後ろから、幼い少女とおぼしき声が聞こえる。プラセのハ


キハキと快活で明るく、それでいて懇篤こんとくさを感じる優しい声とも、ヘン


ネの小川の細流せせらぎのような、透き通る上品な、気丈さと気品を兼ね備えた


声とも、オピスの少しくぐもった、それでいて色の濃く、倍音を多く含んだ心地の良


い声とも違う、自信ありげでやや軽薄そうな、しかしてどこか臆病そうに怯えたよう


な、三人よりもおさなげな印象の声だった



「あ、姉御おおおぉぉぉ!!!!!」


空想少女メルヘンガールの相手はお前らには荷が重いのだ」



 声から察せられた様相そのままに、三人の中で最も小柄なオピスよりも更に一回り


ほど幼い体つきの、同じようにフリルの施された衣装を身にまとっている少女。意匠


は三人の明清色の色相を呈した装いとは対照的な暗清色の色相――――いわゆるロ


リータ・ファッションとゴシック・ロリータ・ファッションのような同系の位相の中


の対称性――――を有した、赤みがかった黒のゴスロリと、同じくやや赤みがかった


茶髪をロングテールに結んだ少女が、不良達の間を割って三人の少女たちの前に堂々


と胸を張って現れた



「そう、同じ空想少女メルヘンガールでなくては!」


「やはあなた方の仕業でしたか、空想不全メンヘラーズ!」


「同じ空想少女メルヘンガールとして引導を渡して差し上げますわ!」


「…御伽イデアの世界に還してあげる」



 自らを同じ空想少女メルヘンガールと名乗る眼前の少女、それに対して敵意を


明確に表す三人の少女たち。


(こいつも空想少女メルヘンガールとかいうやつなのか…でもこっちの子たちと


違って不良を使って俺を拉致しようとしてた)


 

 自分を守ろうとしてくれている三人の少女たちとは対照に、自らに危害を加えんと


する謎の少女。少女たちに射竦められた不良とは違い、三人を相手にしてもなお傲岸


《ごうがん》な態度を崩さない少女相手に、先程まで頭を擡げていた安堵がさっと引


いて、冷や汗がこみ上げる。




「安心してください大和くん、わたしたちが必ず守ります」


「ふん、威勢がいいのもここまでなのだ、空想不全メンヘラーズの一人として何

が何でもその男を連れて行くのだ!」


「貴方、名はなんですの!?」


「わたしはフェレス、そこにいるボンビラコッテヒヌンホテマユコタユソナカサマヒムアの二人を従えている空想少女メルヘンガールだ」


「…ぼ、ぼんびら…?」




 幾許いくばくかのやりとりの後、お互いに歩み寄る形で距離を詰め、睨み合う


両者。しばしの間静寂が場を包む。完全に暗く翳った夜半に緊迫した雰囲気が立ち込


めた



空想少女メルヘンガールとして空想闘技メルヘンバトルで勝負なのだ!」


 ニヤリと不敵に笑ったフェレスが、静寂を破り、開口一番勝負を告げる


「いいですよ!受けて立ちましょう!」


「望むところですわ!」


「…絶対勝つ」


(なんだ、一体何が始まるんだ…?)


 突如始まろうとしている謎の空想闘技メルヘンバトル、また幻想的で理解の及


ばぬ奇天烈な一齣ひとこまへの火蓋が切って落とされるのか




「よかろうなのだ、まずは…」


「先手必勝!!!!!!!!!!!!!!!」


 何かを伝えようとするフェレスを無視して言うやいなや全速力で周囲を囲む三人


「メルヘンバックブリーカー!!!!!!!!!!!!!」


「メルヘンモンゴリアンチョップ!!!!!!!!」


「メルヘン根性焼き」


「ぎゃああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」


 プラセ、ヘンネ、オピスの怒涛の三連撃がまさに今、フェレスに直撃した




「え何メルヘンバトルってこんな生々しいやつなの?」


「あっ!てめえ俺のモクとジッポ!いつの間に!」


「姉御になんてことしやがるんだてめえら!」


 遠巻きに四人の少女の骨肉の争いを眺めている男たち。まさしく怒髪天を衝くと


いった具合に、天高くそびえ立つリーゼントを振り回しながらいきり立つ不良とは対


照的に、冷静に目の前の状況に疑問を呈する大和




「やめるのだーーーー!!!!!!!!ちゃんと空想闘技メルヘンバトルで勝負するのだーーーー!!!!!!!!!!」


「まずは先手を取れましたね!ていうか空想闘技メルヘンバトルって何ですか!?知ってますかヘンネ!?」


「全く存じ上げませんわ!!!!!!!!どうなんですのオピス!?」


「…多分効いてるからこれで合ってると思う」


 フェレスの張り上げた糾声きゅうせいが虚しくこだまする。痛烈な攻撃を浴びせた三人は聞く耳持たないといった具合にフェレスの言葉を無視している。



「そうですね。とりあえずこのまま暴行を続けましょうか」


「効果的な戦法を態々わざわざやめることはありませんわ!」


「…確かスラムダンクの続きでもそう言ってた」


「何の話なのだーーー!?空想闘技メルヘンバトルはもっとメルヘンパワーを使った幻想的な攻撃じゃなきゃ駄目なのだーーー!!!」


「いや幻想的じゃない攻撃が普通に効いちゃってる時点で駄目だろこれ。最適解だもんこいつらの戦法、なんでこっちの善意がないと成り立たないシステムなんだよ空想

闘技メルヘンバトル



 最早破綻しているともいえるルールを無視して攻撃の手を緩めずに殴る蹴るの乱舞


を浴びせ続ける三人。それをやや遠巻きから眺めつつ、先程までの恐怖がどこかへ消


え去ったかのように淡々とツッコミを入れる大和



「メルヘンチックな技も出せないとはそれでも空想少女メルヘンガールかーーーー!?ちゃんとメルヘンチックに戦うのだーーーー!!!」


「……こんな少女がプロレス技を使って戦うのはメルヘン!!!!」


「お嬢様がモンゴリアンチョップを繰り出すのは現実ではとてもありえないことですわ!!!!よってメルヘン!!!!」


「…………………根性焼きとか空想の世界の話になったらいいのにと思ってやった」


「ハッ!?な、なるほど…完璧な理論すぎて何も言い返せないのだ」


「いや納得しちゃ駄目だろ、明らかに口から出任せの言い訳だし。最後のとかもうただの供述だろ犯行の」



 答えに窮して一旦手を止めさせることには成功するも、繰り出された下手な言い訳


にうまく言いくるめられるフェレス、やはり大和はこの娘はアホだと自分の認識の正


しさを実感した、それどころか空想少女メルヘンガールは基本的にアホしかいな


いのだろうという確信にも近い予感を抱いていた



「クッ…先程から技を沢山繰り出したせいでメルヘン靭帯損傷を起こしてしまいましたか…!」


「メルヘン付ける意味あるそれ?」


 間隙のない打撃を執拗に浴びせ続けたプラセ、だがここに来て自身もその反動に脅


かされる


(これは早く決着をつけなきゃですね…!)



「立て続けに喰らいなさい!!!!!!!メルヘン松葉くずし!!!!!!からのメルヘン×○△□♡(ピーーーーー)!!!!!!!!!!!!!カリペロピチュベロ

カリピチュロペカリピチュ!!!!!!!!!!!!!!!」


「ああああああーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!やばみーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」


「まあ!!!なんてはしたない!!!!幼気いたいけな少女がくんずほぐれつでこんなはしたない行為を!!!!まさにメルヘンですわ!!!!!!」


「………ハレンチ」


「公衆の面前で何やってんのこいつら」


 フリルの施された一体となる驕奢なスカートを上にめくり上げられ、これまた装飾


の付いたドロワーズのような布面積の多い下着の布越しに急所を攻めらている


――――のであろう、プラセがフェレスのスカートに顔を突っ込んでいるので仔細は


外側からは見えないが



 状況だけ鑑みれば可憐な少女たちが織りなす背徳と秘匿と冒涜の宴、婉美《えん


び》なる光景は空華亂墜くうげらんついの如く現実味を失い、耽美たんび


る色彩と空間がもたらす曝露は見るものの羞恥をくすぐり、思わず目を背けて


しまう、しかして釘付けになるような、人間の道徳や規範を超えた唯美ゆいび


官能を見るものに指し示すかのような風景が広がっているかのように錯覚される



 しかし現実はアスファルトの上で産卵中にひっくり返されたウミガメのようなポー


ズで大股を開いたフェレスの猿叫のような悲鳴と、これまた品のないプラセの大振り


な動作のおかげで傍目には大爆笑か、別の意味で目を背けたくなる、というか目を合


わせてはいけない系の光景――――感性によって人それぞれだろうが――――恍惚な


る甘美とは程遠い奇妙な空間を形成していた



「も、もうやだーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!帰るのだ!!!!!!!!覚えてろ空想少女メルヘンガール!!!!!!これで終わりではないのだーーーーー!!!!!!!!あ、やっぱり最後の方のは忘れ…」


「てめえら姉御の仇は必ず取るからな!!!!!!首を洗って待ってろよ空想少女メルヘンガール共!!!!」


「姉御、ひとまずアジトに帰りやしょう!!!!!!!」


 いつの間にかフェレスを引きずり出していた不良たちが、駄々をこねる主を二人で


木材を持つかのように彼女の首と足を肩に担ぎ、捨て台詞を吐きながら全速力で遠く


の彼方に消えていった





「全く度し難い連中でしたね!!!!!!」


「寄ってたかって大和さんに危害を加えようとは卑怯な連中ですわ!!!!」


「…正義は勝つ」


「何これツッコミ待ち?ツッコミ待ちなのこれ?」


 彼方あちらが先ず敵意を示したのは間違い無いが、直前までの一連の流れから


すると度し難いも卑怯も向こうのセリフであろう。大和の声を聞いてはっと振り向


き、三人は大股五歩ほど離れた背後に立ちすくむ大和に駆け寄る




「大和くん、お怪我はありませんか?」


「何とか間に合って一安心しましたわ」


「…無事でよかった」


 ひと目見て、直接的な外傷を負っていないこと、そして守ることのできたという安


堵が三人の不安げな色が混じった表情を明るいものに変える




「…ありがとう、俺の方は大丈夫だよ。でもみんなは大丈夫か?特に…えーと、プラセは。いきなり激しく動いてさっき痛めてたろ」


「大丈夫ですよ!あれくらい、アンメルヘンヨコヨコでも塗ればすぐ治ります!」


「いやアンメルツヨコヨコね、なんだよアンメルヘンって。メルヘンさ否定しちゃってるからむしろ語源的に」



 空想少女メルヘンガールとしてのアイデンティティなのかやたらとメルヘンを


頭に付けるプラセ。彼女たちが自らを守ってくれたという事実と、何ら人と変わりな


い会話を繰り広げているという安心感。大和の心にあった不審感はもう氷解し、信頼


と感謝の意を表す言葉を少女たちにかけるに至っていた。



「…とりあえず、色々と聞きたいことはあるけど一旦どうする?三人はどこか行くあてはあるのか」


「とりあえず急いで大和くんを守るためにこっちの世界に来てしまったので」


「ひとまず大和さんのお家に上がらせて頂いても?」


「…というか最初からそれしか当てもないし」


 やはりというか、今後どうするかの計画等は無く、切迫した状態からの行為であっ


た先程の邂逅。大和の家にて仔細を話し合う次第となった



「それでは改めて、よろしくお願いします。大和くん」


 手を差し伸べながら優しい笑顔で、少し目を細めながらにこやかに大和を見つめる


プラセ。大和は最初に光の中から出てきた際に抱いていた、超現実的な存在への恐怖


というようなものはすっかりなくなっていた




「ああ、こちらこそ…………………よろしく」


「割と長い間でしたね?明らかに握手し返すか迷ってましたよね!?ああ!なんでそんなちょっと引いたような顔をするんですか!?」


「…さすがに最後の攻撃はひどいと思う」


「オピスに言われたくはないですよ!なんですかメルヘン根性焼きって!大和くんドン引きだったじゃないですか」


「…空想少女メルヘンガールならあれくらい平気…でもプラセのはやばい」


「まったく、はしたないにも程がありますわよプラセ」


「ヘンネまで!ていうかモンゴリアンチョップ出すお嬢様もどうかと思いますよ!?」


(賑やかな奴らだ…)



 握手が終えるとさっと一歩引いて身の危険がないか警戒する大和とそれに対して


ショックを受けるプラセ、そしてがやがやと言い合いを始める三人。最初に抱いた不


審感とは別の警戒心が芽吹いたのは否定できないが心中では三人のことを頼もしく


思っていた




 ――――家に帰って落ち着いたら色々と整理しよう、あいつらのことも、この娘た


ちのことも


 普段は歩くことのない時間帯、もはや人の気配も無く、街頭の明かりがぽつぽつと


頼りなさげに道を照らす暗い帰路をいつもと違う三人の少女たちと歩いていった



「ですからあんな恥部を攻撃するのではなくお尻をしばき倒すくらいのほうが」


「あんまり変わってないじゃないですか!!」


「…そもそも下半身に拘る必要がないと思う」


「まだやってたのかよそのくだらないやり取り」

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御伽の国の空想少女(メルヘンガール) 柳澤永松 @Yanamatsu

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