第1話 馬鹿が魔法でやってくる

 夕闇が地へと広がり蒼刻そうこくが空を覆わんとしている折、先程アルバイト


を終え家路につこうとしている高校生 広末大和ひろすえやまと



 いつもの時間、いつもの道すがら、緩やかな勾配の坂道を下りながら、普段と何も


変わらない帰路をやや憮然ぶぜんとした相貌そうぼうで眺めながら歩を進め


る大和、夜分に差し掛かる時間帯もあって人もまばら、鈴虫やふくろう


のなく声まで聞こえるほどに静穏さが場を満たしている



「…何か面白いことでも起こんねえかなあ」


 何ともなしに面をうなだれて、少しっとしながらポツリと呟いたその


言葉がこれから現実のものになり、これからの高校生活、いや人生の大きな転機とな


ることを男はまだ知らない



「おい兄ちゃん、どこ見て歩いてんだ」


 下を向きながら歩いていると、曲がり角に差し掛かった際に誰かにぶつかってし


まったらしい、視線を下に捉えたままの大和の前からガラの悪そうな声色の男が二

人。


 大和は目だけを動こし上目遣いに靴からズボンを見る。服装からして同じ学生だろ

うか



(なんだ、不良か?)


 面白いことどころか面倒くさい事になりそうだな、因縁つけられても面倒だし大人


しく平謝りしときゃいいか…いぶかしみながらそう思案した大和は俯いていた


顔を戻した、その視線の先には…



「おめえオレらが誰だかわかって道塞いでんのか!?あぁ!?」


 10メートルはあろう天高くついたリーゼントを揺らしながらこちらにメンチを切


る男二人がいた



「なんかとんでもねえの来たー!!!」


 先程まで大和を包んでいた静穏さは一瞬で消え去り、今まで生きてきた人生の中で


最上級と言えるような大きな叫声を上げる大和



「兄貴、こいつホントにオレらのこと知らないみたいっすよ、シメますか?」



 舎弟か何かであろうか、制服を来ているものの学生と言うには少し老けた、人相の


悪いややエラの張った顔つきの、上に伸びた黒一色のリーゼントを揺らしながら兄貴


と呼ぶもう片方の男に耳打ちする黒リーゼント



「おいおいおいおい無知な野郎だなコラァ!!こちとらボンビラコッテヒヌンホテマユコタユソナカサマヒムアのヘッドだぞこの野郎!あぁ!!!???」


「いや余計わかんねーよ!どこの学校、いやどこの国、むしろどこの星の人!?」



 大凡地球の言語とは思えぬ奇っ怪な名を口走った、やはり高校生と言うには少し老


けた顔の、やや恰幅のいい大柄な体つきの、人相の悪い金髪のリーゼント男に対して


思わずツッコミを入れる大和



「つーかお前らみたいなとんでもない髪型の奴らがいたら嫌でも噂になるだろ!お前らここらへんの人間じゃないだろ!」


「チッ、これだから田舎モンはこまるぜ」


 田舎でも都会でも関係ないだろ!つーか今どきリーゼント自体田舎とか都会とかそ


ういう次元の話じゃねーよ!と心中で悪態をつく大和を余所に黒髪リーゼントは大和


の方に向き直し



「その制服、お前水郷すいきょう高校のやつだな?名前なんてんだよ」


「…俺は広末大和だよ、あんたらこんなとこで何してんだ」


 大和が自らの名前を名乗った瞬間、不良たちは大きく目を見開き、歓喜抃舞かんきべんぶといったような顔でお互いに顔を合わせる



「おめえが大和か、兄貴!やっぱりあの情報は間違いなかったみたいっすね!」


「ああ、姉御の喜ぶ顔が目に浮かぶぜ!」


(なんの話をしてるんだ、こいつらは)


 全く話の筋が見えないが、その言行からこの悪たれ共は自分に用があることは把握できた大和



「そんじゃさっさとぶちのめして持って帰るぞ」


「やっちゃいましょうぜ兄貴!」



 指をポキポキと鳴らしながら、相変わらずとんでもない長さのリーゼントをゆさゆ


さと揺らしながら喧嘩腰に大和に歩み寄る不良二人


「いやちょっと待てよ!なんでいきなりあんたらに殴られなきゃならないんだよ!」



 あまりにも唐突に告げられた明確な敵意に対して思わず後ずさる大和


「へへっ、まあてめえにゃ大した恨みもねえがこれも姉御の為なんでな、悪く思うなよ色男さんよぉ」


「ケッ!おとなしくしてりゃあ痛い目にあうだけですむぜ」


「だから待ってくれよ!ていうかあんたら誰なんだ!?俺は金も対して持ってないし、なんで俺があんたらに攻撃されなきゃいけないんだ?」



 奇妙な容姿に気を取られていたがやはりガラの悪そうな男二人に凄まれては単なる


高校生の大和には為す術もなく、及び腰になりながらもなんとか時間を稼ぐために言


葉を放り出す。そもそも一体全体何故、恨みを買うようなことどころか面識もないよ


うな男たちに自分が襲われなければならないのか。混乱の渦中にありながらも心のな


かでそう毒づく大和



「あぁ!?しゃーねーな、冥土の土産に教えてやるよ、オレは…」


『奴らの手先、そうでしょう?』


「な、なんだ!?空が急に…!」



 屋外だというのにまるで脳内に直接響いているかのように反響し、エコーのかかっ


た少女の声がこだまする。それと同時に、夜も更けかけた蒼然たる空をつんざ


くかのように赤、黄、青と燦然さんぜんと目映い光が大和たちの頭上で輝きを放


つ。光はやがて地上へと降下し、それぞれの煌めきは三人の少女たちへと姿を変え、


光の収縮とともに完全なる顕現を遂げ、不良たちの脅しとこの光景に腰を抜かし尻も


ちをついていた大和の前に、男たちから守らんとするようにずいっと前へ踏み出した。



「てめえらまさか姉御と同じ…!」


「やはり大和くんを狙うあいつらの仕業でしたか」


「大和さんを貴方達なんかに連れ去られるわけにはいきませんわ!」


「…大和には指一本触れさせない」


 

 幼気いたいけな少女たちだが、二回りほど以上も背丈の大きい男たちに怯むこ


となく真っ直ぐとそいつらを見据えて、はっきりと敵意を示した

なんだこいつらは…いきなり空から…しかも俺のことを知ってるのか?)



 先程までの現実的な―――――あまりにも現実離れした頭髪は兎も角―――――柄


の悪い男たちとの対峙とは比べ物にならない程の超現実的で、幻想的で、物語的で、


超自然的な体験への恐怖よりも不意に頭をもたげた安堵が大和の感情を支配し


ていた


 ―――――俺はこいつらを知っているのか…?


 何故、相まみえたことのない彼女達に対して郷愁の念を抱いたのか。疑問を抱くよ


りも先に、桃色の髪と桃色の意匠をあしらった服を身にまとった少女が、振り向いて


大和に手を差し伸べた



「助けに来ましたよ、大和くん…!」

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