第五章
「よし!」
南の森へ向かう朝、昨日真下くんにもらった髪飾りをつけて食堂へ向かう。
「みんな、おはよう」
「おはよう、アカリ」
まっさきに涼森さんが挨拶をしてくれる。
「おはよう、アカリ!」「おはよ」
ヒカリとスミが温かいお茶を持ってきてくれた。
「おはよう、アカリ。・・・いい髪飾りだな」
ワカバが髪飾りに気付いてそっと触れようと手を伸ばす。
「はい、おはよ。いい髪飾りだろ?」
後ろから入ってきた真下くんに肩を掴まれてワカバの腕を払う。
「アオイ・・・お前は本当にちっちぇー男だなあ」
「ワカバと違って女性慣れしてないもんですいませんねー」
真下くんがべーとワカバに舌を出して食堂に入っていく。
「アカリ、あいつの性格に嫌気がさしたらいつでも俺に言うんだよ」
「ふふ、ありがとう」
なんだかんだ言いながらアオイとワカバは隣に座って小突きあっていた。
朝食を終えて、支度をして玄関に集まるとドラコが飛んできた。
「アカリ、ドラコもいく。悪鬼龍こわいけど・・・ドラコもいく!」
「ドラコ、ありがとう」
ここ数日両親との話し合いの中でドラコにもいろいろと思うことがあったのだろう。
「アカリ、私はのちのことを考えて町に残って町の人たちに一度屋敷へ退避してもらうよう案内をだします。ドラコを頼みます」
「彩姫、ありがとう。よろしくお願いします」
力強く頷いた彩姫に見送られ、五人と一匹で郊外へ向かった。
「ここから先はいつ戦いになってもおかしくない、気をひきしめていこう」
「はい!」
町の結界を出ればドラコの両親の加護は届かない。
私の前のヒロインだったアカリはこの道中で襲われたのだろう。
鬼龍に会う前にレイに襲われることだけは避けたいので、できるだけ目立たぬように進みたかったが幸いなことに数人の鬼との戦闘はあったが大きな被害はでないままに森の森の洞窟までたどり着くことができた。
「アカリ、準備はいいかい」
「はい!みんなよろしくお願いします!」
洞窟の中へ入っていくと中はぴんと張り詰めたような空気だ。
ドラコは震えてヒイロの肩にくっついている。
火龍であるドラコは火属性のヒイロと一緒にいるのが落ち着くらしい。
今までには感じたことのない気配にドラコでなくとも震えてしまいそうだ。
洞窟の奥の広いスペースに出るとそこにいたのは大きな大きな・・・黒い翼に角の生えた龍だった。
「なんと、珍しい妖精龍の子を見るのは何年ぶりじゃ」
ドラコがふるふると小さく震えながらも大きな龍の前に進み出た。
目の前の龍の手のひらほどのサイズしかないドラコにとってどれほどの恐怖だっただろう。
「ドラコはまだちいさいけど・・・あなたにおねがいしにきました」
ふるふると震えるドラコをうしろからそっと支える。
「この妖精龍の両親が守護する町の姫に呼ばれてこの世界に参りました、アカリと申します」
「我々は巫女を守り、この世界を守るために集まった者たちです。自分はヒイロ、順にアオイ、ワカバ、ヒカリ、スミと申します」
順に全員で頭を下げる。
「頭をあげよ、この洞窟に龍と人が訪れるのは久しいことよ、話を聞こう」
「ありがとうございます」
レイに出会い、ゴウウン先生から聞いた話からレイを救いたいと思っているという話をさせてもらった。
「私たちはレイを倒したいのではありません、救いたいのです」
「ドラコたちも、鬼龍となかよくしたいです」
「若い人の子と龍の子よ、彼を救いたいと言ってくれるのか・・・」
「はい、レイを救う方法を知りたいと思っております」
「かの鬼の子は・・・我々鬼龍が確かに守護をしておった。だが、鬼の子は力をつけすぎてしまった。力をつけすぎた鬼の子を我々ももう止めることができなくなってしまった」
鬼龍族は拾った人の子を大切に育てた。
か弱い人間は庇護するべき存在であったが歴史の中でもそのような経験のない鬼龍は自分たちなりに可愛がって育てた。
いつしか鬼となったレイが町でいじめられたことを知った鬼龍たちは我が子を守るために怒りをあらわにした。
レイにさらなる力を与え、さらにレイは町から受け入れなくなっていった。
「かの鬼の子を正しく導いてやれなかった・・・我々鬼龍族が悪と呼ばれるようになったことはその罪の表れよ・・・」
後悔の思いをにじませる鬼龍の姿に一同はかける声も見つからなかった。
「でも・・・」
その姿に声をかけたのは目に涙をいっぱい溜めたドラコだった。
「ひとをまもりたいとおもうのはまちがってないです!ドラコだって、みんなをまもりたいし、いじめられたらおこる!いっぱいちからをあげたいです・・・」
間違ってない、その思いを一生懸命伝えたくてぼろぼろと大きな粒の涙をこぼしながら鬼龍へ伝える。
「優しい龍の子よ、ありがとう」
大きな手を差し出し、その手の上にドラコを乗せて反対の手の爪の先でドラコの涙をぬぐってくれる。
「月並みなことしか言えぬが、鬼の子に必要なのは種族にこだわらぬ全てのものからの愛であろう。そなたたちであれば鬼の子を救ってやれるかもしれぬな」
「それはどうかな」
背後に現れたのはレイ本人であった。
「嗅ぎなれない匂いがしたと思ったらここでこんな話をしているなんてね」
悲しいような怒っているような読めない表情で静かに語る。
「僕を救いたいとか笑わせてくれるね、だったら町を僕たちに明け渡せよ。その町で幸せに暮らしてやるよ」
「レイ、お願い聞いて!」
「お前らのようなお幸せなやつらにわかるものか!」
怒りの声を上げるとその場からレイの姿が消えた。
するとドラコと鬼龍が息をのむ。
「ぬしら、急いで町へ戻れ!姫と龍が結界を解いているようだ」
「たいへん!まちがおそわれる!」
滅多に洞窟から出ることはないという鬼龍が全員を背に乗せて町まで飛んでくれた。
「落ちるでないぞ」
「ありがとうございます」
「こんな状況じゃなければこんな貴重な経験ないのにな」
「スミ、すごいね、すごい速さだ!」
「ヒカリ・・・怖い・・・」
高いところが怖いらしいスミがヒカリの背中にぎゅっとくっついている。
「朱里は怖くないか?」
「うん、綺麗だね」
「俺、ジェットコースターとかちょっと苦手だから・・・先に言っとくけどF○JIYAMAとか無理だから」
「あ、新事実」
「修二は苦手なもの多いよね。こんな経験きっと一生できないからしっかり見ておけばいいのに」
「いや、わかるんすけど・・・怖いものは怖い」
こんな状況だが素直に怖いと認めて拗ねる真下くんがかわいくてそっと手を握る。
「鬼龍さま優しいし結界を作ってくれてるから絶対落ちないし大丈夫よ」
そう言って手をぎゅっと握る。
「ん、ありがとう・・・」
照れ臭そうにその手を握り返してくれる。
「絶対、成功させよう。レイのことを救ってもとの世界に帰ろうな」
「うん」
この世界に平和を、そしてもとの世界へ帰る。
この世界にいれるのもあと少しかもしれない。
決して悔いの残らないように、必ずこの世界を守ろう。
町に近づくとドーンという大きな音とともに煙が上がっているのが見える。
「早くレイを止めないと・・・!」
町の中心にある屋敷の前に下ろしてもらう。
「我は鬼龍族の仲間に話をしてこよう。皆、レイの幸せを望んでいることに変わりはない」
全員を下ろすと「己の信じる通りに進め」と激励の言葉を残して飛び立っていった。
「彩姫のほうで町の住人の避難はあらかた済んでいるはずでしたね」
町全体の結界は解かれているが、屋敷だけに結界を残しそこに町人をあつめている予定だ。
「ああ、ヒカリ、スミ、避難が間に合っていない人がいないか町を見てきてくれ」
「わかった!」
「わかった」
「ワカバはケガをした町民の治療を」
「おう」
ヒカリ、スミ、ワカバがそれぞれの仕事のために駆け出す。
「修二、朱里」
「はい」
「行こう、僕たちでレイを止めよう」
「「はい!」」
涼森さんと真下くんと煙の上がる方へ向かった。
三度目の爆発音が鳴ったタイミングでレイのもとへ辿り着いた。
「レイ!もうやめて、話を聞いて」
「またお前らか、うるさい」
レイが手をあげて振ると近くにいた取り巻きの鬼たちがこちらへ向かってくる。
「朱里、下がれ!」
「真下くん!」
鬼にふるわれた刀が彼を襲うが、すんでのところで刀を抜いて刀で受ける。
「俺だってなあ、何週間もただ休んでたわけじゃねーよ!」
他の鬼がまたこちらへ向かってきて涼森さんにも襲いかかる。
二人の後ろで私も出来る限り気をこめて二人へ自分の力を分けるように届ける。
それをしながらまたレイに話しかける、という非常に不安定な状況が続く。
なんとかもう少しレイに近づきたい。
敵を押して進みながらもケガを追うたびに彼らの力は落ちる、そのケガを治癒する力に切り替えるとさらに力を分けることができなくてまた力が落ちる。
「きっつ・・・」
「修二、危ない!」
二人に疲労が滲んで足元を狙われて転びそうになったところをさらに攻め込まれそうになる。
涼森さんが足をもつれさせた真下くんを庇って防御が間に合わなくなる、と思った瞬間、もう二本の刀が二人の前に現れた。
「ヒイロ、アオイ!遅くなってごめん!」
「町の人たちの避難は終わった」
ヒカリとスミが間に入り、戦闘に加わる。
戦力が倍になったことでじわじと進み始める。
それでも彼らの疲労とケガが重なって徐々にまた戦力が落ち始めた。
「お前らはほんと、俺がいないとダメだよなー」
「うるせー、と言いたいがさすがに助かった」
「ワカバ、助かった。ありがとう!」
全員に注がれる癒しの力は私の比ではない。
「アカリはレイの元へ」
「ありがとう・・・!みんな、どうか無事でいて」
場をみんなに預けてレイのもとへと駆け出した。
「レイ、お願い!話をきいて!」
「巫女様か・・・なんだよ。いろんなところで僕のこと聞いて回って・・・哀れみにきたのか」
「そんなんじゃない」
「かわいそうなやつだ、仕方ないから救ってやろうっておえらい巫女様は思うんだろうな!うるさいんだよ!」
レイの言葉を完全に否定することはできない。
哀れんでいるわけではないが、その感情がないと言えば嘘になる。
どう言葉を伝えたら良いのかわからないが、精一杯伝えるしかない。
「私は望んでこの世界に来たわけではないけど、ここへ来た意味がなにかあるはずだと思うの・・・レイがわざわざ私を呼んだって言っていたよね。私はこの世界へ来てよかったって今は思える。そして呼んでくれたレイのことも幸せになってほしい。今のまま、こんなことしたって幸せになれないよ!」
「うるさい!誰も僕のことなんてわからない!誰も僕のことなんてどうでもいいくせにうるさいんだよ!」
「そんなことありません!」
凛とした声の方を振り向くと、ドラコと彩姫が立っていた。
「彩姫・・・こんなところへ来たら危ないです!」
「いいのです、私が来ないといけない。ドラコと話し合って決めたのです」
「ドラコもきみとはなしたいんだ、レイ」
「これはこれは、この町を統べるお姫様とおえらい妖精龍の子供じゃないか」
「レイという名前と聞きました。この町の結界を解いたのはあなたに攻撃させるためではありません」
「うるさいな、どうでもいいんだよそんなこと」
「レイ、あなたをこの町に迎え入れたいと思って、この町を守護する火龍に頼んで結界を解いてもらいました」
「ドラコもおねがいした、レイを、レイのこころをたすけたいって」
「なんだよ・・・助けるって、お前らがいまさらなにしてくれるって言うんだよ」
「過去は変えられません・・・人があなたにしてきた罪は消えません、妖精龍と鬼龍が戦ってきた歴史は変えられません・・・だから」
「ともだちになろう!」
「はい、今からでも少しずつでいいんです。私たちと友達になってください」
「は?なに言ってんの?」
「この町の結界を解いたのはあなたを受け入れるためです。レイ、あなたさえよければこの町で、私たちの屋敷で暮らしませんか?」
いつのまにかレイの目の前まで歩いていった彩姫がレイに手を差し出す。
その隣でドラコも手を差し出す。
その時、町のうえに複数の鬼龍が降り立った。
「レイ、もういいではないですか。これからは私たちとではなく、彼らと暮らし、人とともに生きなさい」
「・・・!」
あの南の森に住まう鬼龍が呼びにいったという仲間の鬼龍たちだ。
そしてレイに語り掛けるのはおそらく彼の親代わりであった鬼龍でなのだろう。
慈しむ目は決して悪という名のつく生き物ではなかった。
「レイ、あなたに人を憎む気持ちを教えてごめんなさい。あなたが辛い思いをするたびに、もっと違う感情を教えてあげることができなくてごめんなさい」
彼を育てた鬼龍の悲しみの感情が伝わって自然と涙が溢れた。
「どうか、これからは幸せな気持ちだけを学びなさい。たくさんの楽しみを得て生きて行きなさい」
「僕は・・・僕は決して不幸なだけじゃなかった・・・鬼龍のみんながいてくれて幸せな気持ちだってたくさんあったんだ!」
レイがぼろぼろと泣き始めると、彩姫がその手をとり、レイを抱きしめた。
「これからも鬼龍の皆様と、妖精龍と、人と、幸せになりましょう。あなたが私たちに鬼龍という尊い仲間を紹介してくださいな」
「ドラコはわたあめがすきだよ、さかなはやいたのがすき。にがいやさいはきらだけどレイはなにがすき?」
「いろいろ教えてください、あなたのこと。あなたの仲間たちのこと。どうぞ私の屋敷へいらしてください」
「ごめん・・・ごめんなさい」
ぼろぼろと子供のように泣きじゃくるレイを彩姫がぎゅっと抱きしめた。
「さあ、ドラコ、町のみんなを呼びにいって屋敷の最後の結界も解いてもらいましょう。今日はこの世界にとって特別な記念日となるでしょう。まだ解決すべき問題はあるでしょうがすべての人にとって特別な日となるでしょう!」
彩姫が高らかに宣言をしたこの日は、この時以降この世界にとって本当に特別な記念日となったと後から聞いた。
「お疲れ様、朱里」
「全部彩姫とドラコに持ってかれちまったな」
気がつくと隣に立っていた涼森さんと真下くんの手を貸りて立ち上がる。
「いいのよ、この世界は彼らのものなんだもの」
そういうと「間違いない」と言って笑い合った。
そのあとはしばらく、破壊されてしまった町の施設の復興、鬼龍と妖精龍、鬼と人との話し合いが何度も重ねられたそうだ。
レイは彩姫の屋敷に部屋を用意してもらいそこで暮らしている。
町の人たちも最初は怯えていたようだが、今のレイならすぐに打ち解けるだろう。
なにより彩姫がレイのことをとても大事にしているという噂はもう町中に広がっていた。
そのことについて彩姫に聞いてみると弟ができたような気持ちだと言っていた。
ドラコはどちらかというと同世代の友達ができたような気持ちのようだ。
「レイ、どうして私をこの世界に呼んだの?」
前代未聞のヒロインチェンジについて一度レイに尋ねたことがあった。
「前の巫女様はすぐにでも僕を退治しようとしていた。それが一番いい方法だと思っていうようだった。だから異世界から巫女を召喚する妖精龍の術を盗んで同じ波動の中でも一番優しい心を持っているものを選んだんだ。その時は優しい心は弱さだと思っていたから・・・でももしかしたらアカリの中にこの闇から僕を連れ出してくれる波動を感じたのかもしれない」
そう答えるとともに、その力を使って元の世界へ戻してくれるという約束をしてくれた。
その日はレイが屋敷に住うようになってわずか一週間程度経った頃だった。
よく晴れた、鬼龍の力が強まる土の日だった。
彩姫は前の日から泣き続けて目が腫れてしまっている。
「どうか、私たちのことを忘れないでくださいね」
「うん、本当によくしてくれてありがとう」
私自身も涙で腫れた目をこすりながら妹のような存在だった彩姫を力いっぱい抱きしめた。
ヒカリとスミは大好きなかりんとうとどら焼きを袋いっぱいにつめて持ってきてくれた。
「ヒイロ、僕も同じくらい強くて優しい男になる」
「アカリと一緒におやつたべてね」
すっかりキャラクターが変わってしまったヒイロとアオイのことも大切な兄のように思ってくれていたことは日頃の二人から伝わっていた。
「アオイ、マジでアカリ泣かせたら異世界だろうと殴りにいくからな」
「ばーか、絶対泣かせねーよ」
アオイとワカバは言葉は相変わらず粗野だがグーでお互いの腹をなぐると、最後は笑顔でハイタッチしていたのをみてちょっと泣きそうになってしまった。
「アカリ、あの髪飾りは持っていってくれよな」
「うん、大切にするね」
「俺の髪飾りの次にな」
最後まで二人は「ばーか」「うっせ」と軽口を叩き合っていた。
「さて、もう力が集まってきている。扉が開くから準備をして」
「レイ、ありがとう。みんなと幸せにね」
「ありがとうアカリ、またいつか必ず会おう!」
レイの言葉とともに私と涼森さんと真下くんを取り巻く空気が変わる。
「さあ・・・一緒に元の世界へ帰ろう」
真下くんが伸ばしてくれた手をしっかりと握ってぼやけていく視界の中で意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます