第四章

「アカリ、はなれて!」

ドラコが叫び、その声を合図にアオイが握っていた手を引いて背にかばう。

「お前、何者だ」

「鬼のにおいがする・・・」

ドラコの言葉にみんなの顔色が変わる。

「やだなあ、僕たちは町中では戦えないって君たちだって知っているだろう」

ニコニコと笑顔を崩さない少年は逆に不気味だ。

「今日は挨拶だけだよ、僕が招待した異世界のお姫様と王子様たち」

「招待ってどういうい・・・」

どういう意味かと続けようとしてできなかった。

気が付くと目の前にいたはずのアオイをすり抜けて私の真横まで来ていた少年が耳元でささやく。

「そのままの意味だよ、前のお姫様たちはちょっと強そうだったから僕が異世界の君たちと交換したんだ」

「アカリから離れろ!」

アオイが再び私を引き寄せて腕の中に守ってくれる。

気が付けばヒイロ、ワカバ、ヒカリスミも刀を抜き緊張感がはしる。

「もー、なにもしないって言ってるのに」

ぷうと頬を膨らませてひょいと後ろジャンプしたかと思うと背後にあった長屋の屋根の上に立っていた。

「僕の名前はレイだよ。覚えておいてね、お姫様」

それだけ言うと彼の姿は屋根の上から消えていた。

原作のゲームの内容を思い出してみると、レイとは確か悪鬼龍に育てられた元は人間だった少年のはず。

つまりこの後南の龍の助力を得られた場合、戦わなければならない、倒すべき相手であった。

通常のエンディングでは当然そうだ。

だが、彼は・・・。


「ごめん、みんな屋敷に帰ったら話したいことがある」

まだ宵の口ではあるが屋敷へ戻り、あとで改めて食堂へ集合してもらうようお願いした。

「ヒイロ、アオイ、その前に二人とちょっと話したいんだけど・・・」

そう涼森さんと真下くんに声をかけると二人はわかってるとでも言ってくれるように笑顔で頷いてくれた。

「女性の部屋に行くのはよくないので修二の部屋で」

ビシっと涼森さんに指名されて「マジか!三分待って!」と真下くんは部屋に駆け込んでいった。

二人になったその隙をつくように涼森さんに「朱里さん」と声をかけられ彼の方を向くと、真剣な表情でこちらを向いてくれていた。

「修二のこと、ちゃんとしてくれてありがとう。これからあいつのこと頼むね」

そこまで言うと真面目な顔から笑顔を見せて続けて言う。

「こっちでも向こうに戻っても大変なこと多いかもしれないけどさ、あいつは中途半端は絶対しないやつだから」

「ありがとうございます、本当に涼森さんは優しいですね」

真下くんは憧れの存在だと言っていたけど実の兄のようだなと思った。

周りの人を大切にしている分だけ、周りの人から大切にされているんだろうな。

「はい、私も大切にしたいと思います」

心からそう思うし、涼森さんにそう答えることができることに幸せを感じた。

自分が幸せだから、というわけではないがみんなを、本当の意味でこの世界を幸せにするのであればやらなければならないことがある。

「お待たせしましたー・・・って、何話してたんすか?」

「修二は鏡前も汚いって話」

「マジすか・・・涼さん、それは言わない約束ですよぉ」


この屋敷で暮らし始めてそれなりの日数が経ったが真下くんのお部屋の中に入るのははじめてでちょっぴり緊張する。

だがそれを気にしている場合ではなく、みんなと合流する前にしないといけない話がある。

「涼森さんと真下くんは妖精龍絵巻、どれくらい原作ゲームのこと知ってますか?」

舞台はヒイロルートを基にしていたし、ほかのメンバーであっても基本はそんなに変わらない。

その舞台を観ていたばかりだからついそのルートに沿って考えていた。

「俺は舞台のストーリーとアオイがどんな人物かって説明を受けたくらいしか・・・」

「朱里さんはレイのこと気にしてるんだね」

「はい・・・」

レイは通常の攻略のルートでは敵であり、ラストはレイとレイの両親の代わりである悪鬼龍を倒すことでエンディングとなる。

ただし、ヒイロ、アオイ、ワカバ、ヒカリ、スミの五人の通常のエンディングを見た後のみ、レイのエンディングルートへ進むことができる。

レイは元々人の子供であったが親に捨てられ、町から追い出されたのを悪鬼龍に拾われ育てられた。

レイは人を恨むようになり、妖精龍の守る町を憎むようになって、悪鬼龍の力を使って人を操り敵対する関係となって町を奪おうとしていた。

今は悪鬼龍と呼ばれているが、もとは鬼龍と呼ばれ決して敵対する関係ではなかった。

それを悪と名をつけたのは人間であり、妖精龍だと、レイは鬼龍に育てられる中で鬼となってしまった。

冷たく凍てついてしまっていた彼の心を溶かして妖精龍と鬼龍が和解し、みんなが幸せに暮らす、それがレイのエンディングだ。

その話を思い出してしまったからにはレイを倒すという気持ちにはなれなかった。

悲しい過去のストーリーに当時は涙したし、そして今もレイにも幸せになってほしいと思ってしまった。

「私はどうしてもレイも救う道を選びたい・・・でもその方法がわからないんです」

正直昔の記憶はおぼろげだし、この状況がレイのルートへいけるものなのかもわからない。

なによりレイがヒロインをチェンジするなど前代未聞だ。


「私の記憶が正しければ、レイのルートへ行く条件は南の森の龍が鬼龍であることです」

「ふむ・・・」

「え、南の森の龍は火龍じゃないのか?」

「修二は不勉強だな」

涼森さんに痛いところを突かれて真下くんがうっと詰まる。

今回のゲームはちょっと古いものだから仕方ないが最新のアプリゲームが原作のときも大体チュートリアルで挫折している。

原作のゲームから、というよりは舞台監督やスタッフからの話や台本と向き合って役を知るタイプだ。

ちょっとはゲームやってよと思ったことがあるのは今のところ内緒だけどいつか言おう・・・。

「もともと南の森の龍は攻略ルートで変わるの。舞台ではヒイロのルートだから火龍だけど、今はたぶん・・・アオイのルートなんだと思うのでこのままいくと水龍がいると思う」

通常のルートでは攻略キャラクターの属性の龍と出会い、その後にレイと悪鬼龍の対決だ。

だが、レイルートでは南の森に住まう鬼龍の助力を得て、ドラコの両親と彩姫の協力のもと鬼龍族との和解、という流れだ。

「どうしたら南の森の龍が鬼龍になる条件だったのか思い出せないんです・・・」

「ゴウウン先生だ、先生にレイと出会ったことを話すことで先生から鬼龍に育てられた悲しい子供の話が聞けたはずだ」

「涼森さんそこまで勉強したんですか!?」

「座長としてこの舞台を務めるにあたり当然のことだよ」

にっこりと笑う涼森さんの隣で小さくしょげている真下くん、勉強になるね・・・。

久しぶりにさすがです涼森裕一。

「先生の話を聞いた後、最終的にはドラコと彩姫にお願いしてこの町の結界を解いてもらう必要もあるね」

結界を解けば鬼が攻めてくる、その攻撃を防ぎながら、レイを見つけて最終的な説得が間に合えばエンディングとなるはずだ。

「じゃあ、まずはゴウウン先生のところだな」

「うん、その前に・・・レイを救いたいという話のためにもみんなに説明をしたいと思ってる」

彼らも薄々気づいているであろう昔のアカリ、ヒイロ、アオイではないという事実を。

「ちゃんと説明して、本当の仲間として改めて一緒に戦ってほしいってお願いしないといけないと思うの」

「うん、それが筋だね」

「あいつらに甘えてばっかじゃいけないもんな・・・言ってくれてありがとう、朱里」

よしよしと真下くんが撫でてくれる反対側を涼森さんもポンと一回撫でつつ、よいしょと腰をあげる。

「じゃあ、僕は先に食堂へ行っているから君たちは一息置いてからくるといい」

ふすまを締める際にめずらしくいたずらな笑顔を見せて「ほどほどにね」と言って部屋を出て行った。

なんかよくわからないけどさすがです涼森裕一。


「ほどほどってなんすか涼さん・・・」

両手をついてうなだれる真下くんの表情は見えないが耳まで赤くなっている。

「ほんと、涼森さんにはかなわないね」

左側に座っている真下くんを苦笑いでみようとすると、左手を引っ張られてそのまま彼の腕のなかにすっぽりとおさまってしまった。

これはあれだ、座ったままではあるがバックハグという状況では・・・いや、私は冷静になにを・・・。

「えっと、えっと、真下くん!?」

「うん、先輩がくれたチャンスは大事にしないと」

後ろからぎゅうと抱きしめられて心臓が爆発しそうだ。

「長いこと忘れてたけど俺意外と甘えたいタイプだったわ」

「ソ、ソウデスカ・・・私は今にも死にそうです・・・」

「死ぬなよ」

私の頭のてっぺんに真下くんが頭をうずめている。

私には彼が前に回している手しか見えないけどこれ、真下修二ですよね。

「あの、ちょっとこの体制は心臓に悪すぎるんですけど・・・」

もぞもぞと抜け出そうとするががっちりと腕の中に閉じ込められ無理だった。

「朱里」

私の頭のうえからまじめな声で呼びかけられ「はい」と応える。

「向こうの世界に帰ったら仕事柄あまり会えなくなるかもしれない」

「うん、そうだね」

「寂しい想いや嫌な思いもさせるかもしれない」

「大丈夫だよ、そんなの百も承知なんだから」

「せめてチケットとか、俺が取ってやるからこれからも舞台に立つ姿を観に来てほしい」

「ううん、チケットは大丈夫。自分で取りたい。真下くんの舞台は自分でエントリーして、自分のお金で観に行きたいから」

「・・・そか、ありがとう」

「あ、でも涼森さんにはお願いしたいな・・・今度あのチケットが取れないで有名な劇団の公演出るの決まってるでしょ、もちろんチケット代は払うし本当にうしろの端っこでいいから一度見てみたなあ」

少し冗談めかしてふふふと笑う。

「俺もいつかあの劇団出たいなあ・・・」

言いながら腕の拘束が緩んだと思った瞬間、頬に手を寄せて後ろを振り向かされる。

目の前に真下くんの綺麗な顔が・・・近すぎてとても耐えられない・・・。

「俺、もっといい俳優になるし、いい男になる。涼さんみたいにみんなに愛されてみんなを大事にできる俳優になりたい」

「私も応援してるよ」

それは昔からずっと私の夢だ、彼が俳優として成功すること、舞台の上で輝くことが私の幸せだ。

「その夢を叶えたとき、隣に朱里にいてほしい」

「うん・・・うん・・・」

あまりの嬉しさにまた涙がにじむ。

「だから絶対一緒に帰ろうな、涼さんとみんなで帰ろう」

「うん!」

私の返事に嬉しそうに笑っておでこに触れるだけのキスをしてくれた。

「よし、充電完了。全部終わったら・・・もっとちゃんとご褒美もらうから」

そう言って笑うと真下くんは私を腕から解いて立ち上がったのにあわせて私も立ち上がりかけたところで、す、と私のほうへ屈んで軽く唇にキスをした。

「やっぱ、こっちにしたい」

それだけ言うとくるりと踵をかえして速足でみんなの集まる食堂へと向かったが後ろからわずかに見える耳は真っ赤だ。

負けず劣らず私も真っ赤だと思うので振り返らないでくれてよかった・・・。


「アオイもアカリもここに来るまでにその顔をどうにかできなかったのか」

「・・・本当にすいません」

「ほどほどにって言っただろう」

「ほどほどの結果です、すいません・・・」

「ほどほどでこれかよ!ガキか!」

「とりあえずヒカリとスミに謝れ、なんとなく」

「スミ、なにがほどほどなのー?」

「ヒカリ、知らなくていいこともあるって俺聞いたことある」

「なるほどー!」

「「本当にすいませんでした・・・!」」


閑話休題


食堂に集まったみんなの顔を見回して一呼吸ついて話し始める。

「みんなせっかくお祭りに行ってもらったのに今度はまた集まってもらってごめんね・・・」

「敵の襲撃もあったし仕方ないよ」

『敵』という言葉に胸が痛む、ちゃんと話してわかってもらわないと。

「まずはワカバ、ヒカリ、スミ、彩姫に話さなきゃいけないことがあります」

「そこは僕から話そう」

涼森さんが私から話を引き継いでくれた。

「みんなも薄々気づいていたと思うんだけど僕、ヒイロとアオイ、アカリは元々みんなと一緒に志を持って戦っていた三人とは別人なんだ」

誰一人驚いた、という表情はない。

「最初はそのままなりすまして全てを解決しようと思ってたけど、日常生活をする中でそう簡単ではなかったよね・・・みんな気付いているであろうことに甘えてなにも言わなくて申し訳なかった」

涼森さんが頭をさげるのに合わせて私と真下くんも頭をさげる。

「まぁ、ヒイロは正直よくわかんなかったけどアオイとアカリは全然違うもんな!」

カラカラと笑うワカバに救われる気持ちだ・・・。

「今までちゃんと説明しなくてごめん」

「ごめんなさい・・・」

「アカリ、話してくれてありがとうございます」

彩姫が隣に来て手をギュッと握ってくれる。

「彩姫、ごめんね・・・今まで話せなくて」

「いいんです、私たちも分かっていても問うことをしませんでした」

ヒカリとスミ二人でヒイロの頭を撫で撫でしている。

「ヒイロ、よく頑張ってたし」

「俺もちゃんと見てた」

「ありがとう、ヒカリ、スミ」

涼森さんが左右から頭をなでていたヒカリとスミを両腕で抱き寄せてぎゅっと抱きしめるとヒカリとスミは嬉しいような恥ずかしいような照れ臭い笑顔を見せた。

その隣でワカバがアオイの腹を殴ったのはいつもよりちょっと強めに見えたけどそこは男同士のなんかだと思うのでスルーで・・・。


「あと、もう一つ・・・みんなにお願いしたいことがあるの」

先程三人で確認したレイの話だ。

「さっきの鬼の子を救いたいんです」

「アカリ!悪鬼龍は私たちの敵ですよ!」

「うん、彩姫の言うことはもっともなの。今までどんな想いで彩姫の一族とドラコの一族がこの街を守ってきたか、その気持ちをないがしろにしてるわけではないんです」

これまでのことを思えば彩姫たちがそう思うことは当然の懸念点だった。

ゲームの時のように『こう進めばこう話が展開する』というのとは違う。

「レイは決して生まれた時から人を、妖精龍を恨んでいたわけではないんです・・・」

「彩姫」

どう説明したらよいかと言葉を悩む私の後を涼森さんが続けてくれる。

「いつからどうして妖精龍と悪鬼龍が対立するようになったのか、一度話を聞いてみませんか?それから考えましょう」

「・・・はい」

生まれた時からずっと敵だと教わってきた価値観を簡単に変えるのは難しいだろう、複雑な表情をしつつも話を聞くことを受け入れてくれた彩姫はやはり幼さは残っても聡明な当主だと感じた。

「ドラコもごめんね、複雑な気持ちだと思うんだけど」

「・・・ドラコはアカリのことしんじてるから」

龍族というのは今の状況がこうだからとか、昔からこうだったからというしがらみではなく、もっと違う世界で物を考える思考があるのかもしれない。

「ありがとう、ドラコ」

私たちを守護してくれるこの小さな龍の頭を優しくそと撫でた。


「そうしましたらゴウウン先生のところへ参りましょう」

話し合いの流れでこの町の中で一番古い世界のこと、龍族の争いのことに詳しいのはゴウウン先生であるという流れになり、話を聞きに先生のところへという話になった。

(とりあえずゴウウン先生のところへは行けることになった・・・)

ドラコはなんだか不安そうに自分では飛ばずに彩姫の肩の上に乗っている。

その彩姫は昨日の話し合い以降あまり元気がない。

悩ませてしまっているんだと思うと申し訳ない気持ちになる。

「アカリ、大丈夫だよ。彩姫はとても立派な人だから」

ヒカリが右手をギュッと握ってくれる。

「ちゃんと受け入れられる器のある人だよ」

スミが左手をギュッと握ってくれる。

ワカバとアオイは急激に仲良くなったように見える。

「ワカバ、お前朝ごはんの焼き魚俺に小さいやつ配膳しただろう」

「何言ってんだ全部同じだ、ちっちぇー男だな!それよりお前あのぐみとかって菓子俺にも寄越せよ」

「はあ!?あれはあと少ししかないんだから

お前にやれるわけねーだろ!」

「二人とも仲いいねえ」

「「良くない!!」」

(息ぴったりだけど)

「修二、町中ではアオイでいなさい。みんなの夢が壊れるから」

「やーい、怒られた」

「うっせ・・・ヒイロ、悪い気をつけます」

「朱里、不安かい?」

気がつくと隣に立っていた涼森さんがそっと話しかけてくれた。

「少し、でもみんながいてくれますから」

「うん、大丈夫。彩姫もドラコもわかってくれる。ちゃんと正しい道に進めるよ」

「ありがとうございます」

なんの保証もない状況でも涼森さんの言葉は魔法のように安心できる。

「・・・頑張ります」

「よし、頑張ろう」

涼森さんに背中をポンと押され、先生のお屋敷に声をかける。


「先生、ゴウウン先生。アカリです。お邪魔させていただきます!」

気配を敏感に察知した門下生の青年が出てきて「こちらへ」と案内される。

いつもの道場では先生が静かに座っていた。

「待っていたよ」

「ゴウウン先生、ご無沙汰しております」

「彩姫さま、このようなあばら屋へ申し訳ありません。皆もさあ、こちらへ」

先生に促されて全員で先生の前に並んで座る。

「先生、ヒイロ、アオイ、アカリについてようやく仲間に本当のことをすべて話しました。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

「そうか、それはよいことだ。それで今日はその報告に全員できたというわけではないのだろう」

「はい、本日は先生がご存知のことがあれば教えていただきたいことがありまして伺わせていただきました」

「ふむ、聞こう」


「先日、町で鬼の子と出会いました」

先生には正直にすべて話すべきだろうと考えていた。

「彼は元々人間だったということを私は知っています。私たちと同じように人を愛して、愛されるべき存在だったことを知っています。彼を救いたいと思っております。妖精龍と悪鬼龍が今こうしていがみあう結果となってしまったこの世界について先生がご存知のことがあれば、また彼を救う方法があれば教えていただけませんでしょうか」

「そうか、彼と出会ったんだね・・・」

そして先生は私たちに話を始めてくれた。

鬼に育てられた子供の存在が人に知られるようになったのは数百年前ということだった。

子供に見えるがおそらく見た目通りの年齢ではないのであろう。

アカリたちが言う通り、彼は元々人の子供であった。

親はわからない、産まれたその直後に村の外れ、森の入り口に捨てられていたそうだ。

人は誰も彼を助けはしなかった、とても貧しい村であったため捨てた親の気持ちもわかるし連れて帰って育ててあげられる裕福な家はなかった。

そんな彼を拾い、育てたのは鬼龍であった。

その頃はまだ妖精龍も鬼龍もどちらも決して啀み合っているわけではなかった。

どちらの龍族にしてみても弱い存在である人に関心もなく、互いの種族も住み分けのされた関わりのない存在でしかなかった。

鬼龍は弱い存在であったレイを保護し、愛情をもって大切に育てた。

鬼龍に育てられたレイは長い時間をかけて少しずつ鬼へと変化していった。

鬼となったレイが町へ行っても当然人に優しくしてもらえるわけもなかった。

ただ、町の近くで遊んでいるだけで、鬼というだけで忌み嫌われ石を投げられることもあった。

鬼龍はレイを鬼にしてしまったことに負い目を感じ、ますますレイに好きにさせるようになった。

レイは育ててくれた鬼龍族の繁栄を望むとともに、自分を捨てて排除しようとする人間を恨むようになったのも自然なことだっただろう、レイは鬼の力を使って町を襲うようになった。

鬼の力によって人を操り、人を襲い、町を攻めるようになると、人は妖精龍を頼り妖精龍は人の町を守護するようになった。

そして、人々と妖精龍は鬼龍を悪鬼龍と呼ぶようになり悪鬼龍と鬼、妖精龍と人との争いが始まったという。

レイを愛してくれる人がいたら、鬼龍がレイを叱ってやることができたら、妖精龍と鬼龍が敵対ではなくお互いを歩み寄る道を選ぶことができたら。

そんな架空のたらればは自然と語り継がれることもなく、今のこの町を守ることの重要性だけが残っていってしまったという。


「そんな・・・私たちは間違っていたということなのでしょうか」

「ドラコ、そんなはなししらなかった」

「間違っていたわけではないんだよ。大人たちはみんな若い君たちが悲しむことを望まなかっただけなんだ」

項垂れる彩姫とドラコを慰めるように先生は言葉を続けた。

「話し合いの解決も望めたかもしれないけどレイの力は強くなりすぎてしまった、彼に他の種族からも愛情を届けられることがあればよかったのかもしれない」

「ゴウウン先生、レイを救う方法はないのでしょうか」

「ふむ」

顎に手を当てて先生が思案する。

「そうだね、私も噂でしか聞いたことはないけれど君たちが尋ねようとしている南の森の龍はもしかすると鬼龍かもしれない。本当に鬼龍であった場合、レイとの話し合いの場を作る協力をしてくれるかもしれない」

「つまり、当初の予定どおり、ということですね」

「まずは南の森の龍を訪ねる」

ヒイロとアオイの言葉に皆がうなずく。

「よし、予定通り次の金の日に南の森の龍のもとへ行こう!」


ゴウウン先生のもとで話を聞いた後、彩姫とドラコは二人で屋敷の人やドラコの両親である火龍と会議をしている時間が増えた。

私たちももう数日で南の森へ訪れなければいけない状況ではあるが、まだ戦闘の可能性はあるため稽古を続けるとともにできるだけみんなとの時間も大切にしようと全員が思っているように感じた。

私にとってもこの先の展開が不安で少しでも仲間とともに過ごしたいと思うのが本音だった。

いよいよ明日は南の森の龍を訪れようという日の夜、正直とても眠れる気持ちではなく食堂でお茶を入れて部屋へ戻ろうと廊下を歩いているところで真下くんと出会った。

「こんなところでどうしたの?」

「ん、待ってた」

そう言うと私のもっていたお盆を持ってくれた。

「あ、ありがと。じゃあ部屋でお茶でも」

二人で一度食堂へ戻って彼の分の湯呑みも持ってから部屋へ招いた。

お茶でもと言ったものの、部屋に入ってもらうのはちょっと緊張するけど、今はそれよりもそばにいて欲しい気持ちが勝ってしまった。

「どぞ・・・」

と部屋へ招いて座布団を出して二人分のお茶を注ぐ。

「ん、サンキュ。こんな時間に来てごめんな」

「ううん、会いたかったから嬉しい」

いつだって誰より会いたいしそばにいたい、そうはいかない状況であっても嘘偽りのない気持ちだった。

「俺も、会いたかった」

まっすぐに私の顔を見て微笑んでくれる。

この笑顔だけでなんでもできる気がしたし、何よりこの笑顔を守らなければいけない、元の世界で彼の夢を叶えさせてあげなければいけない。

「絶対成功させるから、まずは鬼龍の説得、そしてレイの説得、頑張ろうね」

彼の笑顔につられて私も自然と笑顔になって力が湧く。

「朱里」

真下くんが胸もとから小さな包みを取り出して私の方へ差し出してくれた。

「?」

「あけてみて」

言われるままに包みを受け取って開けると青いガラス細工の髪飾りだった。

「真下くん・・・これ・・・」

「いい加減しつこいかなって思ったけどやっぱりな、どうしても贈りたかった」

そう言って私の手から髪飾りを受け取ると髪につけてくれた。

「ありがとう・・・嬉しい・・・」

こうして隣に座っているだけでも幸せな状況なのにこんなに幸せでよいのだろうか。

「ん、似合う」

真下くんが嬉しそうに笑ってくれるのが嬉しくて自分も笑顔になる。

「本当に嬉しい・・・大切にするね」

大好きな人からの初めてのプレゼントだ、きっと一生忘れないだろう。

「朱里はいつも俺の好きなもの選んでくれたけど、俺あんま何が喜ぶかとかわかんなくて・・」

「ううん、真下くんが私のために選んでくれたってことがなにより嬉しいの」

「かわいいこというなよ・・・」

そういうと照れくさそうに赤くなった顔を背ける。

「私のプレゼントだっていつも自己満足だったもの、真下くんがそう思ってくれていたなんてこちらこそ嬉しいよ、ありがとう」

彼の手を取り御礼の気持ちが少しでも伝わればとギュッと握ると、その手を引き寄せられ抱きしめられる。

「朱里」

ギュッと背中に回された腕に力がこもる。

「こうしてずっと一緒に過ごせる時間ってあと少しかもしれない。こんなにそばにいたいって思える存在に出会えたのってこの世界にこれたからだ」

「うん」

彼の言葉が嬉しくて胸が張り裂けそうだ。

「正直最初にこの世界で目を覚ましたときはなんでこんなことにって神様を恨んだけど」

背中に回した腕を緩めて頬に手をあてて顔を引き寄せられる。

「朱里がそばにいない人生はもう考えられない、これからもずっとそばにいてほしい」

「私なんかでいいのかな?」

どれほど彼が言ってくれてもやはり自分に自信がもてない。

「朱里がいい」

そのまま顔を引き寄せて軽くキスをされて顔が火照る。

「朱里じゃないと嫌だ」

そういうとより強く引き寄せられてさらにキスが深くなる。

「っふ」

息苦しさに後ずさろうとすると「やだ」といって引き戻される。

「んん」

呼吸を求めた唇を割ってするりと彼の舌が入ってくるとあまりの熱に身体に力が入らなくなってくたりと彼に体をあずけるしかなかった。

「あ、悪い・・・」

真下くんに体を支えられて最後にもう一度だけ軽くキスされて「もう」と言うと小さく「我慢できなかった」と笑った。

「全部終わったらご褒美って言ったのに・・・」

「ん、ご褒美はそれはもう・・・な」

急に子供っぽい笑顔でにっこり笑われたら何も言えず恥ずかしさで下を向くしかできなかった。

「よし、なんか明日はうまく行く気がしてきた!」

「調子いいんだから・・・」

恥ずかしさでそうは言ったが私自身も不安が去って不思議な安心感に包まれていた。

「明日はこの髪飾りつけてきてくれるか」

「うん、約束。私のお守りだ」

私がふふと笑うと、真下くんは湯呑みからお茶をぐいと飲んでから「おやすみ」と最後にもう一度だけ軽くキスをして自分の部屋へ帰っていった。

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