第二章
まずは南の森の龍を訪ねる、ということに決まったが、日程としては約三週間後の金の日である。
この世界では元の世界と同様、七日間がそれぞれの属性と種族に影響を与える日となっている。
日の日は聖属性、月の日は闇属性、火の日は火属性、水の日は水属性、木の日は風属性、金の日は妖精龍族、土の日は悪鬼龍族の力が強くなる。
三週間後の金の日は妖精龍の力が強まる日だ、この日に訪れるのが良いだろうということになった。
その間にやるべきこともあった。
殺陣ができても実際に刀を扱うとなるとまったく意味が異なる涼森さんと真下くんとともにゲームの中でも刀の師匠として登場していたゴウウン先生のもとを訪れて、改めて刀を習う必要があるというとになった。
「せめてもの救いが乙女ゲームだったってことだよねえ」
「本当にガチでモンスターと戦うゲームじゃなかったことを感謝しますね」
基本的に刀も振るいつつもそんなに激しい戦闘とはならないとはいえ、画面越しではコマンドを選ぶだけだった戦いを自分の身でやらなければならないというのはやはり大変だろう。
巫女である私は刀は使わないが私の“気”を使ってみんなが戦うのである、私もきちんと戦闘の練習をしておきたい。
ぶっちゃけ全然意味わかんないし、気を使うって何?って思うし・・・。
ゴウウン先生のお屋敷は町のはずれではあるが町中ではあるため私たちだけでも安心してたどり着くことができた。
町中にはドラコのご両親の加護が行き届いており基本的には悪鬼龍は入ってこれない。
「先生、ゴウウン先生いらっしゃいますか?ヒイロ、アオイ、アカリの3名でございます」
涼森さんがよく通る声で声をかけると屋敷の奥から「入っておいで」と声が聞こえた。
屋敷の入り口で門下生の青年がどうぞと屋敷の奥へ案内してくれた。
道場のような場所で静かに座っているゴウウン先生の前に3人で正座する。
物腰は柔らかいが非常に厳しい先生だった、という情報はあるがゲーム内で主人公が交流するシーンは多くないため非常に緊張する。
「で、君たちは、誰だい?」
向かい合った先生から放たれた言葉に三人とも息をのむのがわかるくらい空気が張りつめていた。
「ご慧眼恐れ入ります」
涼森さんがそう言って頭を下げたのにあわせて私と真下くんもあわてて頭をさげる。
「私と横に並ぶ二名は以前先生のもとを訪れておりました者とは別人となります。別の世界よりやってきました私は涼森裕一、アオイに見えるものは真下修二、アカリは田野朱里と申します」
「アカリさんはもともと別の世界から来たのでは?」
「は、はい。元いたアカリも別の世界から来たと思われます。詳しいことはわかりませんが同様に異世界からやってきました私が今アカリとなっています」
「ふむ・・・なにやら複雑だね。とりあえず君たちのことはどちらで呼んだ方がいいかな」
「周囲が混乱しますのでそのままヒイロ、アオイとお呼びください」
「よし、わかった。ヒイロ、アオイ、アカリ、まずは事情を説明してくれるかな」
私たちは先生にありのままを話した、この世界が本来元の世界の創作物だということも含めて。
「なるほど、君たちにとっては私たちはあくまでも人に作り出された意思のない人形のようなものなのだろうね」
この世界が創作物だという話を聞けばそう思われるのも当然だろう、本来のアカリと私ではわけが違うのだ。
「いえ、俺はそうは思いません」
まっすぐゴウウン先生の目をみて真下くんが答える。
「俺はこの世界に来てまだ一日ですがたくさんの人に親切にしてもらいました。みんな俺たちの存在に喜んだり、心配してくれたり、泣いたり笑ったり。幸せに暮らすことを目指して必死に生きてる。俺たちも元の世界に当然戻りたいけど、この世界の人たちの幸せが脅かされていいわけがないし幸せでいてほしいと思います」
迷いのない、まっすぐな言葉。
ああ、この人が好きだ、改めてそう思った。
いつも周りの人を大切にして、仲間をファンを大切にして偽りのない言葉をくれる。
歪んだり疑うことなく目に映るものをそのまま受け取ってくれるのだ。
私はそんな真下修二のファンになったんだった。
「先生、私たちは誰もこの世界が作りものだとは思っておりません。どうか、この世界を救うために改めて私たちに指導をお願いいたします」
涼森さんの言葉とともにもう一度私たち3人は頭をさげた。
「頭をあげなさい、正直に話してくれてありがとう」
顔をあげるとゴウウン先生は穏やかな、優しい表情をしていた。
「以前のヒイロもアオイもアカリもとても素敵な子たちだった。あの子たちが今いないことはとても寂しいことだが、また新しく素敵な君たちに会うことができてとても嬉しいよ。できる限り力を貸そう、君たちを指導しよう」
「ありがとうございます!!」
私たちは精一杯の気持ちを込めてお礼の言葉とともにもう一度頭を下げた。
それから真下くんと涼森さんは基本的に毎日刀の稽古と術の稽古に通った。
私は彩姫から気の使い方を学ぶように言われ、屋敷で気の使い方を学ぶ日と数日おきに二人とともに先生のもとで術の稽古を受ける日と作られた。
元より身体能力が高く頭のいい二人は見る見る強くなっていくのがわかったが、私は自分の能力がイマイチわからない。
形のないもの、答えのないものを学ぶというのはとても難しい・・・。
彩姫は龍の加護を代々受ける血筋のため気の使い方をよく教えてくれた、妹のような存在でありながら、私にとっては優しい先生でもあった。
「気を使って彼らの能力を高めるためには、彼らとの絆も深めた方が良いですよ」
そう言って、稽古の合間にはできるだけ5人と過ごすようにとのアドバイスも受けたため、屋敷に残った時はできるだけワカバ、ヒカリ、スミと過ごすようにしていた。
彼らもそれぞれ予定や稽古があったりするらしくいつもいるわけではないが比較的よく会うのは意外なことにスミだった。
一番寡黙であまり感情の起伏が読み解けない彼だが実はその寡黙さが非常に安心することに最近気が付いた。
最初のうちは何か話さなきゃ、と気を使っていたが特になにも話さなくても彼も何も気にしない雰囲気がとても楽だ。
「スミ、何してるの?」
「アカリ」
今日も縁側に座ってぼーっとしているスミの横に腰を掛ける。
彼はこうして縁側にいることがとても多い。
「猫がいたから」
彼の足元を見ると、縁側の踏み石の上に猫が数匹いて彼の足を枕のようにして寝ている子もいる。
スミが猫たちに手を差し出すとうち一匹の黒猫がすり寄って彼の膝上に上がってきた。
よしよしと頭を撫でた後、隣に座った私の膝上にのせてくれた。
ごろごろとすり寄る猫の背を撫でているとなんだか気持ちよくなって私も眠くなってしまう。
「スミは猫が好きなの?」そう尋ねると「猫だけじゃないよ」と静かに微笑んだ。
彼は闇属性の気を持つ人物であるがその存在はむしろ透明というか、一番純粋に感じた。
属性と人物像にはあまり影響がないもんなんだなあ、闇属性なんて言われるともっと病んだ感じの子かと思っちゃう。
その後数時間、おやつ時まで縁側でスミと猫たちとともとこっくこっくりと穏やかな時間を過ごしてしまった。
「アカリ―!」
後ろからぎゅっと飛びついてきたのはヒカリだった。
「おやつ食べよ!!」
飛びつかれた反動で膝上で一緒に居眠りしていた黒猫がスミの膝上に飛び移る。
スミは足元や横にくっついている猫たちの邪魔にならないように静かにじっとしていたらしい。
横にくっついている子の背中をそっと撫でながら私の顔をみて「おはよう」といった。
「スミはおやつ食べる?」
ヒカリがスミに聞くとスミは静かに首を振って「猫いるから」とほほ笑むと「じゃあここに持ってくるー!」と言っておやつを取りに食堂へ戻っていった。
「ヒカリの元気は見ていてこっちも元気になるね」
そうスミに言うとスミ自身も嬉しそうに「俺もそんなヒカリが好き」と静かに答える。
この二人は正反対の聖属性と闇属性でありながら仲がとてもよい。
「おまたせー!食べよー!」
三人分のおやつをお盆に乗せて帰ってきたヒカリは同じように縁側に座った。
「スミ、今日のおやつかりんとうだったよ。嬉しいね!」そう言ってニコニコとスミにお茶を渡すとスミもニコニコと受け取る。
この二人はこの屋敷の中では最年少でありながらお行儀もよく女官たちの受けも大変よい。
おやつは彼らの好きなものが選ばれることが多いのはきっとそのせいだ。
私にとってもヒカリとスミとおやつを食べる時間はとても癒される時間でもあった。
「アカリはおやつ何がすき?」
「私は昨日のお大福かなり好きだったなあ」
「僕も!あれお気に入り!」
「でもヒカリの一番はどら焼き」
「スミはかりんとうね」
三人で猫を囲んでおやつを食べる縁側はいつになく平和すぎてもはや私おばあちゃんと化してしまいそうです。
「アカリ」
おばあちゃんの縁側に続いてやってきたのはワカバだった。
「ワカバ、アカリはいま僕たちとおやつしてるんだぞ。渡さないぞ!」
「ばーか、出かけてくるって言いに来ただけだよ」
ううぅーと唸るヒカリの頭をこつんと軽く小突いてさらにヒカリとスミにうぅーうぅーと唸られているワカバは我関せず続ける。
さっきまで猫だった二人が番犬のようだ。
「どこへ行ってくるの?」
「ちょっと町まで、あー、消耗品の補充にいってくる」
「うん、暗くなる前にはヒイロとアオイも帰ってくるからワカバも帰ってきてね」
「おう」
そう言うとワンワン吠えているヒカリとスミの両方の頭を再び小突いてワカバは出かけて行った。
「ワカバはねえ、女の子とでかけるんだよ、きっと!」
「いつも女の子と一緒」
にししと笑うヒカリと、もう興味を失っているスミ。
そういえばワカバはよく出かけているし、たしかになんかちょっとチャラいというかそういう設定だったような・・・。
私にはすごく優しくしてくれるけど出かけていることも多いからお話しできる時間がちょっと少ないのである。
どこかでゆっくりお話しできるタイミングあるといいんだけどなあ。
それから数日後。
「アカリ、時間あるか?」
「ワカバ、今日はとくに予定はないけど・・・」
「じゃあ一緒にでかけようぜ!」
「・・・うん!」
チャンス到来、お昼を食べた後ワカバと二人で町へでかけることになった。
大通りに入るとすぐにいろんな女性から声がかかる。
「ワカバ~、寄って行ってよ~!!」
「悪いな、今日は用事があるんだ、またな!」
「ワカバ~、来週の予定忘れないでよ~」
「わかってるよ、またな」
時折妖艶なお姉さんが手を振っているが動揺するでもなく手を振り返して平然と町を進む。
いろんな女性から、と思っていたが、意外と小さな子供やおじさん、おばさんからも気軽に声がかかっていることに気が付いた。
「ワカバ!これやるよ!ヒイロにもわけてやれよ」
そう言って菓子パンを渡してくる子供。
「ワカバくん、先日はありがとうね。これ、屋敷のみなさんで」
そう言って総菜を詰めてくれる定食屋の主人。
もちろん腕を引いてデートに誘おうとする女性もいるが「これ、アオイさんに」と言って手紙を預けてくる女性もまあまあいる。
どちらにしろ総じて人気者でありひっきりなしである。
「なかなか進まなくて悪いな」
そう言って笑うワカバに嫌そうな表情は一切ない。
「人気ものなんですね」
そういうと、そんなことないさ、とワカバは答えた。
「ほとんどのやつはヒイロとアオイのファンだよ、女も子供も大人も」
あいつら特別なんだ、と笑った。
「あの失敗以来、ずっと先生のところに通ってるだろ。ヒイロは町が好きだったし、本当に女にもててるのはアオイだぜ。みんなあいつらが大好きなんだ」
そうか、言われてみれば彼らは私と違って毎日先生のところへ通っている。
こんな大通りの町中にはほとんど来ることはないだろう。
「ヒイロもアオイも、そうだな、アカリも少し以前とは雰囲気が変わっちまったけど、わかるよ、今のお前らも大好きだ。俺は屋敷に帰れば会えるし、朝晩は一緒に飯も食える。でも町の連中にとっては急に顔を見せなくなったヒイロとアオイが恋しいのさ。たまには町に顔を出すように言ってやってくれよ」
それに、とワカバは続けた。
「あの失敗以来やたらとお前らが思い詰めてるのはわかるよ・・・なんか俺たちにはわからないなんかがあるだろう」
それはチャラいとは全然かけ離れた、むしろちょっと寂しそうな表情だった。
「ま、そういうわけでさ。アカリからもたまには町に出ようってあいつらに言ってくれよな」
「うん、ありがとう。ワカバ優しいね」
「俺は誰にでも優しいんだよ~」そう笑って、いつもの茶化すような表情に戻った。
「ふふ、聞かせてよ。ヒイロとアオイが今まで町でどんなだったか」
「ああ、いいぜ!ヒイロはな、精神年齢が町のガキどもと同じなんだよ。だから人気あるんだ。いつも一緒に泥だらけになってた。今はずいぶん・・・大人びちまったけどな」
「うん・・・」
「アオイはさ、めちゃくちゃもてるんだよ。俺なんかの非じゃないんだ、たいてい町でよってくる女はアオイ狙いだぜ!俺毎回贈り物とか手紙とか持たされるんだ。俺が好きになる女の子はみんな・・・アオイが好きなんだ」
「そっか・・・」
過去にこの三人にはどんな関係があったんだろう。
涼森さんと真下くんと私が元の世界に戻ったら、また昔のように三人で過ごせるのかな。
それもまた、寂しいな。
「よし、着いた」
たどり着いた場所は通りを一本奥へ入ったところにあるこじんまりとした雑貨屋さんだった。
可愛い髪飾りや風呂敷のようなものが並んでいる。
「チトセちゃん、いるかい?」
「はーい」
明るい声で奥から出てきたのはかわいらしい女性だった。
「アカリを連れてきたよ」
「ワカバさん、ありがとうございます!アカリさん、お忙しくなかったですか、すいません・・・」
話を聞くと、チトセさんと呼ばれた女性のお母さまが最近体調を崩していて、一目でいいから巫女に会いたいと願っていたのだそうだ。
「言ってくださればもっと早く来たのに・・・」
「ちゃんとお願いすればよかったんだが、断られたらと思ったら言えなくてだますように連れて来てごめんな」
そう言って申し訳なさそうにするワカバの印象ははじめとは全然違うものだった。
チトセちゃんのお母さまの布団の横に座ると、涙をじんわり目元に浮かべて私の手を握ってくれた。
「ありがとうございます、ありがとうございます。こんなあばら家にごめんなさい」
何度も何度もごめんなさいとありがとうを繰り返してくれる言葉に、何も力のない私は申し訳なくなる。
「龍様がいて、巫女様がきてくれたからこの町は平和なんだ、ありがとうありがとう」
そう言って手をぎゅっと握ってくれる気持ちにこたえたくて、私自身もぎゅっと手を握った。
すると、不思議なことに次第にチトセさんのお母さまの頬に赤みがさしてきた。
気が付くとワカバが私の肩に手を置いて力を注ぎこんでくれているような感じがした。
「お母さまが元気になりますように、この町が平和になりますように、私頑張ります」
そう伝えて、精一杯の気持ちを込めてまた手をぎゅっと握った。
「ワカバ、さっき私に何か力を与えたの?」
お母さまの寝室を離れ、そろそろお暇しようかと雑貨店の方へ戻った時にワカバにそう尋ねると笑って答えた。
「アカリが助けたいって力を使おうとしているのがわかったから少しだけ力を貸しただけだよ。俺の力は癒しの効果があるからね」
「そっか、ありがとう」
“癒しの力”か・・・今までうまく使えなかった自分の力の存在を初めて実感できた。
「アカリはさ、自分の願いが力になるタイプなんだよ。願えば、それが叶うんだ。素敵な力だよ、大丈夫、うまく使える」
少しだけ自分に自信が持てたような、そんな気持ちにさせてくれる。
チャラいだなんて思ってごめんなさい、本当に優しい心を持った人だった。
「よーし、俺がアカリにお礼になにか好きなものを一つ買ってやろう。チトセちゃん、アカリに似合う髪飾りを見繕ってよ!」
「え、いいですよ!そんな!」
「はーい、かわいいとっておきのやつあるんですよぉ」
そう言って裏からかわいいガラス細工の髪飾りを出してきてくれた。
その中からあまり派手ではないけどシンプルでかわいい、花の飾りのついた髪留めをワカバに買ってもらってしまった。
「よし、これは俺からのプレゼント。ヒイロとアオイにいじめられたら俺のところに泣きついておいで、俺はいつでもかわいい子は歓迎だよ」
にっこりとまた茶化すような笑顔に戻ってまた夕方の大通りをいろんな人に声かけられながら家路を歩いた。
「彼らはさ、俺たちのことをすごく慕って、信頼して、この国を任せてくれているんだ。できるだけ顔をみせてやりたいなって思っちまうんだよ。ちょっとしたことで喜んでくれるなら手助けはしてやりたいし、時間が合えば願いや希望をかなえてやりたい。会いたいなって言われたら会わせてやりたいって思っちまうんだよな」
そう言って恥ずかしそうに笑ったワカバは本当に素敵だと思った。
「そうですね、ヒイロとアオイとヒカリとスミと、今度みんなで町に来たいですね!」
ふと、まもなく大通りの出口当りかというところで町に貼ってあった張り紙に目が留まる。
『龍帰祭』
「ねえ、お祭りあるの?」
「ああ、龍帰祭か。もうそんな季節か。この辺みーんな屋台になるんだぜ。出し物もいっぱいあって雑技団みたいのなのもきてにぎやかになるぜ」
「それだ!それにみんなで行こうよ!五人とお祭り行きたい!」
屋敷に戻った私は早速彩姫に相談してみた。
「いいですね!皆さま日々お疲れと思いますので、息抜きも大切だと思います」
そう言って皆さまが着れる浴衣があったはずーと女官を引き連れて納戸を捜索にいった。
そうこうしているうちにヒイロとアオイが帰宅してきた。
「ヒイロ、アオイ、おかえりなさい!」
早くお祭りの話をしたくて玄関先まで迎えにいく。
「ただいま、アカリ。どうしたの、お出迎えなんて」
「あのね、あのね、ごめんね、お疲れのところ。相談したいことがあって・・・」
部屋へ向かう廊下の道を今日出会った町の人たちのこと、みんなとお祭りに行きたいことを話した。
「そうか、今までのヒイロとアオイの町の人たちとの関係なんて考えたことなかったな」
「そうですね、涼さんにとって負担になりませんか?大丈夫ですか?」
私はもはやありのままで過ごしてしまっているが性格の違いは二人にとってはずっと演技をしなくてはいけない負担だ。
「あ、ごめんなさい・・・私ったら自分のことばっかり」
「いや、いいよ。アカリ、まだこの町で暮らしていくんだ。大切なことを教えてくれてありがとう」
「まあ、それにもてもてってのは悪くないしな」真下くんがふざけて言いつつも「俺じゃないけどなー」と笑う。
ワカバから手紙を毎日受け取っているのだろう。
「それに、たまにはお祭りってのも息抜きでいいな」と言いつつ、真下くんが私の頭を撫でようと腕を伸ばしかけて花の髪飾りをみて止まる。
「アカリ、この髪飾りどうしたんだ?かわいいじゃないか」
「俺がプレゼントしたんだよ」
どこから話を聞いていたのだろうか廊下の反対からやってきたワカバがおもしろそうな笑顔で答える。
「ふーん・・・」真下くんの表情は読めない。
「アオイにはこっちな」そう言って今日預かった手紙を渡す。
「ヒイロにはこっち」ヒイロには子供たちから預かった菓子パンだ。
「ワカバもいつもありがとうな」ワカバの肩をぽんとたたいてヒイロは部屋に入っていく。
「うい」ワカバもいったん部屋に帰る。
廊下に残った真下くんと私、なんかよくわからないけど気まずい・・・。
「じゃあ、私も部屋に・・・」
「待てよ」そう言って腕をつかまれた。
最近はだいぶ慣れてきたけど彼は私にとっては大好きな真下修二だ。
「朱里はさ、アオイが推しだったんだろ?」
「・・・うん?当時ね」
「・・・俺と全然違うじゃん。なんで俺のこと好きなの?」
「えっ!!」
ちょっと拗ねたような表情で突然何を聞き始めるのだこの人は。
「いや、えっと。確かにアオイは推しだったんだけどそれはあくまでもキャラクターとしてではあるんだけど、真下くんはえっと芝居に対する姿勢とか舞台上と普段とのギャップとかファンに対する姿勢とか・・・」
しどろもどろになってもうパニックである。
「今私が好きなのは、アオイじゃなくて真下くんなんだよ」
「悪い・・・」
自分から言わせておいてなぜか赤くなっている真下くんをみて自分のセリフを顧みるとまるで告白である。
「いや、違う!違くないけど!えっとこの好きは役者としてというか!あの人としてというか!あーもうよくわかんないけどごめん!」
そう言って脱兎のごとく自分の部屋に逃げ帰った。
気まずい、このあと夕飯で顔を合わせるのが気まずすぎる。
「修二」ひょこっと廊下に顔を出した涼さんだ。
「女の子になに言わせてるんだ、ダメだよ。夕飯の時にはちゃんと普通の顔して食堂にくるんだよ」それだけ言ってぴしゃりと部屋に戻ってふすまを締められてしまった。
わかってる、カッコ悪すぎるだろ、俺・・・ワカバに嫉妬したのだ。
彼女は俺のファンだって知っていた、いつからだろう、いつも一生懸命応援してくれていた。
公演に来た時は手紙を出してくれていたから舞台上から見つけられなくても知っていた。
いや、もちろん他にもいてくださるファンのうちの一人で決して彼女を特別視していたわけではないけど。
いつも応援してくれてありがとう、ってそう思ってた。
だから今回の公演で彼女があの席にいるのを見つけてファンサをしに行った。
ありがとうってその気持ちを直接伝えられる機会だと思ったから。
こちらの世界にきてからも涼さんに彼女が自分のファンだということは伝えた。
彼女が一生懸命自分を見ないようにしていることも気付いていたし、俺もできるだけ意識しないようにしていた。
乙女ゲームのヒロインというポジションはやっかいだ、ゲームの設定に引きずられているんじゃないかと思ってしまうけど。
ほかの男たちだって彼女に好意をもって当然だろう。
純粋にとても良い子だというのはいつも一緒にいればわかってしまうのだ。
そのうえで他の男と仲良くしているのに嫉妬してしまうなんてカッコ悪いにもほどがある。
町の女の子たちが手紙をくれるたびに俺じゃないだろうって思っていたことと、アオイ役に決まった時に「推しだから嬉しい」と手紙で書いていたのを思い出して、どうせこの世界に来るならアカリも俺じゃなくてアオイそのもののがよかったんじゃないとか思ってちょっとだけ拗ねた。
ファンとしての好きと男としての好きの違いってそもそもなんだ。
「あー、マジでカッコ悪い・・・」
どんな顔して食堂へ行くか、涼さんにも怒られたしマジで反省だ。
とりあえず誰もいなくなった廊下から自室へ戻った。
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