第一章
目を覚ました私は後頭部の大きなたんこぶに眉をしかめた。
(よかった・・・ガラスとかもあったのにこんなもんで済んだのね・・・)
ぼんやりとした視界が少しずつ晴れてくると、そこは決して劇場の座席ではなかった。
いわゆる・・・御簾?だったっけ?越しに二人の男性が縁側のようなところに腰かけているのがみえる。
布団に寝かされているようであった私はゆっくり体を起こした。
「起きたか?」
その声を私が聞き間違えるわけが絶対ない。
「真下くん・・・」
「おう」
短くそう答えてにっと笑った彼は私の大好きな推しである真下修二くんと、その隣で静かに微笑みむのは涼森裕一さんだった。
まず、ここはどこだ、ということより彼らが無事であったことにちょっと泣きそうになる。
「アカリさまあああああああ」
「お目覚めでしょうか!」
なんとも古式ゆかしい女性たちが部屋へどさどさっと入ってきた。
「え、あ、うん。目、覚めました、ありがとうございます」
よかったよかったと女官たちがお水を運んだり肩掛けをかけたりしてくれる。
なんだ、何が起こっているのだと混乱は深まる一方である。
「皆さん、ありがとう。ここはいったん僕らが見ているので行っていいよ」
涼森さんが声をかけ、名残惜しそうな視線を残しつつも女官たちは素直に部屋を出て行った。
「いや、混乱しているよね」
あはは、とちょっと面白そうな表情をしながら布団の横に座った涼森さんと、その隣に座る真下くん。
「俺たちも混乱の真っただ中ですよ、涼さん」
「ああ、そうだね。まあ、でも彼女よりはね。朱里さん、であってる?」
「あ、はい!」
うおお、涼森さんに名前呼ばれてしまった。というか、名前どうして、と疑問が浮かぶ。
「あ、悪い、名前俺が話した。下の名前しかわかんないけど、とりあえず朱里、だよな?」
真下くんが名前を憶えていてくれたことに状況も忘れて感動して言葉がでずにかわりに涙が浮かんでしまう。
「え、違った?ごめ、いつも手紙とかリプくれる名前が朱里だよね、違う!?違う人!?」
「いや、そうです。朱里です。嬉しくて、まさか覚えてると思わなくて・・・」
「そりゃ覚えるよ、いつも応援してくれているファンの名前は・・・」
「おやおや、修二にはいいファンがいて幸せだねえ」
なんだかほのぼのと答える涼森さんに改めてハッとする。
「まあ、心温まる素敵なシーンではあるんだけど先に状況を説明したほうがいいと思うんだよね」
「そうでした・・・ここはいったいどこなのでしょうか?」
「落ち着いてきいてね、僕と修二で情報を集めた結果なんとここは妖精龍絵巻の世界っぽいんだよね」
「・・・はい?」
私より半日早く目を覚ました二人はここの住人に「ヒイロ様」「アオイ様」と呼ばれたそうだ。
もちろん舞台上で彼らの演じていた役そのまま、衣装も忠実に再現されていただけあってなんの違和感もなかったようだ。
だが、出会った残りのメンバー「ワカバ」「ヒカリ」「スミ」は舞台上で俳優仲間が演じているものではなかった。
なにより舞台上では映像で表現されていた妖精龍のドラコは現実の世界ではありえない生き物であった。
「アカリイイイイイイ」
部屋に飛び込んできた鳥?虫?が私の頭に飛びついてきた。
「えええなにいいいいい!?」
「ドラコ、おちついて話す約束だろ」
「だってアカリが目を覚ましたっていうから!」
パニックが収まらない私の頭から真下くんが引きはがしてくれたその子は明らかに小さな羽でパタパタと宙に浮いており、明らかに・・・小さなドラゴンだった。
「ゲームの通りだ・・・」
「そうだろ」
なるほど、ほかの何をおいてもこの存在は現実ではありえない、CGにしてもできすぎている。
「アカリ、これからも僕と世界を救ってくれるだろう!?ねえ!!ねえ!!」
「ドラコっ!」
今にも再び私にとびかからんばかりのドラコを真下くんがぎゅうとつかんで引き留めてくれた。
「言っただろう、俺たちも、このアカリも、今までお前と過ごしてきた仲間じゃないんだよ」
「アカリ・・・ドラコのこと忘れちゃったの・・・」
うるうると大きな目に涙をためて私もみるドラコに罪悪感がつのる。
「ごめんね、忘れちゃったというよりも今までのアカリさんとは別人なのよ、たぶん・・・」
「でもアカリはアカリだよぉ、ヒイロもアオイも何もかわってないのにぃ」
べそべそと泣き始めたドラコを真下くんから受取よしよしと鱗で覆われた背中を撫でてやる。
「ちなみにドラコ以外にはまだ何も話していないんだ」
「もしかしたら入れ替わっていることをばれずに進めるほうがいいかもしれないからと涼さんと話して今のところそうしている」
「わかりました・・・」
ということで、涼森さんと真下くんとドラコの話しによると、ここは妖精龍絵巻の世界、異世界からやってきた主人公が仲間とともにこの世界を救うという決意をして立ち上がった、というところだったらしい。
私もゲームをプレイしたのは数年前だが先ほどまでこの舞台を観ていたばかりなので多少舞台用にアレンジしていたとはいえ私も内容は把握できている。
この世界は妖精龍と呼ばれるドラコの仲間たちのドラゴンと、悪鬼龍と呼ばれるドラゴンが争う世界だった。
龍が守護することで人々に様々な力を与えて街を統治して平和な国を治めていたが、ある日悪鬼龍の力を得た人々が豊かなこの国を得ようと攻め込んでくるようになった。
ドラコの両親である火龍の力だけでは守りきれなくなると感じた国は、悪鬼龍を退けながら守護してくれる龍を求め、龍と心を交わせる伝説の巫女を召還した。
というようなまあ、よくあるストーリーである・・・。
クリアした暁には恋愛攻略対象のキャラクターと現世に帰るルート、そのままこちらの世界で暮らすルートとあったと思う。
私はその中でも水属性のアオイが推しで、彼は冷静沈着な参謀タイプ。
正直真下くんとはちょっと違うけど、彼は舞台上で本当に素晴らしいアオイ役を演じていた。
真下くんは演技にまっすぐでどんな役とも真剣に向き合って必ず素晴らしい舞台を見せてくれて、そんな真剣なところが大好きで推し始めたんだなあ・・・なんて話がそれました、失礼。
しかしこのタイミングでヒロインに信じてついて行こうと思ったドラコにとってはさぞかしがっかりな主人公の変更であったであろう・・・。
このゲームのヒロインはとても勇敢で行動派、正義感にあふれて悪いことは黙ってられないってタイプ。
なんともかっこいい女の子なのである。
かたや私はもう二十九歳、もはやアラサーである。
同じく真下くんを応援している友達は数人いるけれど結局は昔からの友人などと一緒に舞台へ行くことも多く、数年通っているものの現場で知り合ったお友達、というのもなかなかできない始末でなんとも情けない。
酸いも甘いもあったけど、結局仕事を毎日こなしては推しの舞台を観ることを楽しみに生きている、そんな平凡な存在。
推しの舞台となればチケットさえ取れれば複数公演に入り、毎公演せっせとお手紙を書いたり、SNSでメッセージを送ったり。
そうは言ってもただのOLにはせめて二~三公演が精いっぱい、遠征なんて年に数回しかできないし、プレゼントはお誕生日とかクリスマスとかここぞの時くらいなのが悲しいところ。
推しのためにお金を稼ぎ、お弁当を作って節約しては次の公演もう一公演増やせるかも、なんてことがささやかな喜びなのである。
同僚や友達には「いい加減いいひと見つければ?」と言われるけれど今のところ推し以上に好きな人は見つからないし、何より推しの応援がとにかく幸せなのである。
もちろん推しとつきあいたいとか結婚したいとかそんな現実感のないことを考える年齢もとうに過ぎておりますのであしからず。
応援したいと思える人がいてくれること、その人を応援できること、それが私の幸せだった。
この年齢にもなれば現実的にもなります。
そんな現実的な私だったはずなのにこんな変な夢みるなんてとんだお花畑で恥ずかしい・・・とりあえず真下くんと涼森さんに出演料払わねば。
「んでね。話続けて大丈夫?」
あ、パニックすぎて話聞いてなかった、反省。
「はい、すいません大丈夫です」
「ドラコの話とも総合して、結局ゲームのエンディングまで行けば元の世界に戻れるエンディングルートあるし、それによってみんなで帰れるんじゃないかなっていう話」
「なるほど!」
「もちろん、その前に帰れる可能性もあるし、どちらにしろ探しに行かなきゃいけないし力のある龍ならその前に元の世界に戻してもらえるかもしれないし、とりあえず話を進めようという感じかな」
「正直もうよくわかんないけどなんとかして帰らないと、ね」
確かにその通りだ。
そもそもいてもいなくても誰も気づかないような私と違って二人がもし元の世界で行方不明なんてことになっていたら大変だ。
まずあの公演自体がこのあとあの劇場でそのまま続けられるかについてはそもそも難しいと思う。
本当に素晴らしい公演だったのにもったいない・・・。
涼森さんも真下くんも本当に素敵だったのに、あの公演が続けられないなんて悲しすぎる。
そう思ったら急にまた涙がこみあがってきてしまった・・・。
「大丈夫だよ、大丈夫だよ、ちゃんと帰れるようにしてあげるから!」
「俺たちも頑張るし、一緒に帰ろうな」
「ドラコもがんばる!アカリ、なかないで!」
あ、しまった誤解させてしまった。
「ごめんなさい!そうではなくて・・・あの素晴らしい公演が、真下くんのアオイ本当に素敵だったのに・・・あ、もちろん涼森さんのヒイロもです、もう続けられないかもしれないと思ったら・・・」
「ありがとう」そう言って涼森さんが私の頭をよしよしと撫でてくれた。
「そんなに泣くほどのことじゃないだろうが・・・でも、ありがとう」真下くんも私の肩をぽんぽんと撫でてくれた。
申し訳ない気持ちと、二人が心強すぎる気持ちとごちゃまぜになり、涙が止まらなくなってしまった。
「アカリ、なかないで」ドラコは私の頭の上をぐるぐる回っている。
「ご、ごめんなさい・・・私、ちゃんとお二人が元の世界に戻れるように頑張ります。ドラコとこの国の民が幸せに暮らせる
ようにできる限りのことします」
絶対絶対このお二人を元の世界に戻してあげたい、ドラコの期待にも応えてあげたい、何ができるかわからないけどゲームだって何度もプレイしているし、できるだけ頑張らなくちゃ、私もそう決意を固めたのだった。
「よし、では仲間のところへ行こう。朱里さん、ここからは僕のことはヒイロ、修二のことはアオイと呼ぶようにね」
「はい」
涼森さんに連れられて、ドラコ、真下くんとともに長い廊下を歩いて広間のような場所にたどり着いた。
たしか、私とヒイロ、アオイ、ワカバ、ヒカリ、スミの六人はドラコとともに妖精龍の加護を受けた一族のお屋敷に住まわせてもらっていたはず・・・たしか、今の当主は彩姫さま・・・
「アカリ!」
部屋に入った私の顔をみてぱっと嬉しそうに笑った。
「すいません、女官たちが部屋に押しかけてしまったそうで・・・彼女たちもアカリが心配だったのです、許してあげてください・・・」
「彩姫さま、ありがとうございます。大丈夫です」
かわいらしいこの姫様にに自然と笑顔になってしまう。
「ヒイロ!アオイ!アカリはもう大丈夫そうか?」
「ああ、大丈夫だ」
「アカリィ、心配したよお」
「無事そうでよかった」
「みんなもありがとう」
「アカリも頭を打って一部記憶がなくなっているんだ、いったん状況整理をしよう」
ワカバの問いにアオイが答え、ヒカリ、スミと続き、ヒイロが場をまとめた。
すごい、ゲームのまんまだ。涼森さんも真下くんも何も違和感がない。
ワカバ、ヒカリ、スミの三人は確かに先ほどの舞台の上の役者さんたちとは若干違う、どちらかというと原作のゲームの顔にとても近いように思う。
彩姫さまは少し年下という感じだろうか、本当にかわいい女性である。
どうやらアカリ、ヒイロ、アオイの三人は南の森に住まうという龍を訪ねる途中で悪鬼龍の襲撃に会い、ケガをして気を失っているところを救出され今に至るということらしい。
とりあえずまずは引き続き南の森に住まう龍を念のため全員で再度訪問しようということになった。
「夢じゃなかったかあ・・・」
ひとり、自分専用に用意された部屋に戻り疲れていたのか昨晩はすぐ眠ってしまった。
起きたときには元の世界、ということを少なからず期待していたがどうみても現代日本ではなさそうである。
相変わらず考えても全然理解が追い付かない、ただ、頭のたんこぶは痛い。
あのシャンデリアが落ちて来てこれで済むわけがないという点ではなにがしかの神様に感謝の気持ちもある。
それにしても自分が異世界転移?そんな夢みたいな話も信じられないしなにより真下くんとこれから一緒に過ごさねばならないというのだ。
あ、もちろん涼森さんもだが、涼森さんに関してはもとより遠い存在すぎるし面識もないので緊張はするが異世界と同じレベルで未知の話だ。
しかし真下くんは地味に認知されてしまっている・・・名前を憶えていてくれたのも奇跡だったが、とりあえず私が彼のことを好きなのを知られているうえで一緒にいなければいけないというのはなんとも気まずい。
お話ししたことだってあるし大好き大好きとお手紙を書きまくってしまっている、実に気まずい。
できるだけ真下くんと涼森さんには迷惑をかけないように過ごして、できる限りお二人を早く元の世界に戻す、それしかないであろう・・・。
「朱里さん、おはよう。部屋に入ってもいいかな?」
丁寧な言葉遣いは涼森さんだ。
「あ、はい。大丈夫です」
身支度を整えてはいたもののきまずさから部屋をうろうろしていたが朝ご飯の時間になっていたようだ。
「すいません、遅くなりました」
「大丈夫だよ、まだ修二は寝てるから起こしてきてく・・・」
「大丈夫です!涼森さんおねがいします!」
涼森さんには真下くんから私が彼のファンだということは伝わっているのだろう。恥ずかしくて顔が真っ赤になる。
「そっか」
にこにこと穏やかな笑顔のままだ、読めない・・・この人のことは読めない・・・。
現状、いわゆる若手俳優の中ではトップを走る存在だ。
大きな劇場でのミュージカル作品にも出演したり、おそらくファンクラブの会員は一万人を超えるだろう。
たくさんの人がきっと元の世界で待っている、泣いている子もいるかもしれない。
「涼森さん、この度は本当にご迷惑をおかけして」
「うん、朱里さんのせいではなくない?僕も修二も、そして朱里さんもみんな巻き込まれてしまった仲間だよ」
「でも私とお二人は立場が違いすぎるので・・・」
「うん、アカリ。謙虚は美徳だけれど過度の謙虚はよくない。“少しくらい傲慢に生きてみろ”ってね」
それはヒイロのセリフだ、主人公がうまくいかなくて落ち込んだ時にかけてくれた言葉だ。
「涼森さんはすごいです」
心の底からそう思って笑うと、涼森さんも笑ってくれた。
「そう、笑顔が一番、ね。それに決して悪いことばかりじゃないと思うよ、こんな経験二度とできない。すべて演技に生かして見せるさ、経験に勝る勉強はないよ」
なんというかさすが涼森裕一です。
食堂に行くとずずずとお茶を飲むワカバとスミの横でヒカリがあたふたとしていた。
「アカリ!大変だよアオイが起きてこないんだ!」
うん、真下くんは朝が弱いと役者仲間の方が言っていた記憶がある。
アオイは真面目な参謀タイプ、対して真下くんは演じ続けるのが大変ではないか心配になってしまう。
「よし、俺が見てくるよ!昨日の失敗もあったから落ち込んでるんだろう、たたき起こしてくるよ」
はっはっはーと笑いながらヒイロの涼森さんが起こしに行った。
いや、本当にさすが涼森裕一です。
「おあよぉ・・・」
むにゃむにゃとまだ半分夢の中の真下くんが起きてきた。おそらく「おはよう」といったのだろう。
「どうやら昨日遅くまで今後のことを考えていたようだよ、アオイは」
はっはっはーとアオイの真下くんの背中をバンバンとたたく涼森さん、フォロー完璧です。
それにしても寝ぼけ眼の真下くんがかわいすぎて非常に心臓に悪い、どうしよう、これを毎朝見なければいけないのか死んでしまう。
これを起こしに行こうものなら犯罪でも起こしかねない、気を付けます私。
ひたすら真下くんを視界に入れないようにもぐもぐとごはんを食べる。
「アカリ、今朝のお魚おいしいですね」
「アカリ―!よくたべてえらいぞー!」
彩姫とドラコは出会って二日目だがもはや癒しだ。
通り過ぎ様に涼森さんが頭をぽんぽんと撫でていく、すべてお見通しのようでまた顔が赤くなってしまう。
一歳しか違わないのになんなんですかその落ち着いた大人な態度と完璧な演技、何度でも言いたい、本当にさすが涼森裕一です。
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