本論(1/5)(4/10)
富士樹海の奥地で、私はそれを見た。
「これは…?」
「サンドスター、その原石なのだ。」
私が驚いたのは、それが珍しいものだっからではなく、私がアニマルガールになるまで、文字通り気が狂うほど見続けたものだったからだ。
目を丸くする私そっちのけで、尻は話を続けた。
「サンドスターは本来、目に見えない粒子として存在しているのだ。ヒトはそれらを無意識の内に摂取し、感情の昂りでアニマルガールに変化するというのは、前回の授業のおさらいなのだ。」
「では、今し方お尻さんがサンドスターを持っているということは、何かしらのアニマルガールやヒトそのものに変化することも可能という訳ですが、それが起こってないのはどういう原理なのだ?」
富士樹海の「ジャパリパーク」とやらに来てから1週間と経っていなかったが、私は彼ら特有の語尾にも慣れ、長である「尻」の助力もあり、コミュニティの構成員達に、かなりフランクに接することができた。
「ヒトに戻ったり他のフレンズになったりする為には、同じような感情の昂りが必要なのだ。そしてそれには、サンドスターを消費するのだ。」
「サンドスターの消費?」
「フレンズ化には、サンドスターを消費するのだ。ヒトが呼吸のうちに摂取できるサンドスター量では、一生のうちに1度か2度が限度なのだ。」
私は一生この姿なのかと落胆したのは一瞬のことで、生殖機能が失われた程度なら別段困ることは無いと客観視した。とはいえ、セックス依存症のアライグマも居る訳で、そういう方はどう思っているのだろうか、と考えるのは流石に杞憂であった。
「では、ヒトが摂取できるサンドスターに限度が有るかといえば、そんな訳ないのだ。サンドスターは経費摂取、経口摂取が可能なのだ。」
「つまり、無意識下で摂取しているサンドスターは、皮膚呼吸と口呼吸、その両方で体内に取り込んでいると、そういう訳なのだ?」
「そうなのだ。つまり、サンドスターを手に持ち続けることは、それらの吸収量を格段に上げる手段なのだ。」
「でも、それに何の意味があるのだ?アライグマのままで居ることを望むのであれば、それは無意味なのだ。」
「ポスドクさんは質問が多くて的確だから嬉しいのだ。流石研究者なのだ。」
目を光らせて話す尻は、無邪気な印象を持たせるに足るものだが、WW3を起こすと躍起になっている彼自身に、私は底知れない恐ろしさを感じるのだった。
「サンドスターの消費によって行えることは2つ、フレンズになること、そして「野性解放」なのだ。」
「野性解放?」
「野性解放は、フレンズの身体能力の向上と、フレンズの特有能力の強化が図れるのだ。運動神経、及び感覚神経は、ヒト如き相手にならないレベルで向上するのだ。そして、アライグマの特性も、野性解放の前後で比べ物にならないのだ。」
「しかし、アライグマの特性は『手先が器用になる』程度ではないのだ?それが強化されたところで、何のメリットがあるのだ?」
「やはり、良い質問なのだ。では、次はこちらから質問なのだ。超技能のレベルで要領が良くなり、かつ、手先が器用になれば、何が図れるのだ?」
「…手に持った物の扱い方を、容易に覚えることが出来る?」
「ご名答なのだ!タイピングだろうがダイビングだろうが、ヒトが練習する何分の一もの時間で、何倍にも技能が向上するのだ。」
流石にダイビングは冗談だと思ったが、その片鱗自体は、私は既に感じていた。
限界美大生と呼ばれるアライグマの師事を受けたアライグマは、著しく画力が向上していたし、名前こそ分からないが、ソロでギターを弾いていたアライグマの周りには、いつしかベースとドラムが集まっていた。
男子三日会わざればと言うが、ことジャパリパークに関して言えば、目玉焼きも出来ないアライグマは、3日でエッグベネディクトが作れる程に成長する。
私はこの事実をすんなりと飲み込むことが出来たが、次の事実は理解し難かった。
結論自体には容易に辿り着くが、その本心、利用しようという心情こそが、理解出来なかったのだ。
「…お尻さんは、結局、ここにいる彼らに、銃火器の使用をさせる気なのですね。元は一般人であるアライグマ達が、何ヶ月、何年も訓練された兵士のように動く為の駐屯地。それが「ジャパリパーク」の本質ですか。」
「まあ、それはポスドクさんなら察しがつくと思っていたのだ。しかし、そこまで焦る事でもないのだ。語尾が消えるほどに。」
「人殺しをさせるなんてことが許されるはずが無いのだ。お尻さんは、堅気の連中をテロリストにしようとしているのだ。」
「今更何を、なのだ。ヒト社会を捨てて尚、ヒトの作りし法や道徳に縛られる道理がどこにあるのだ。」
「お尻さんの言ってることは理想論ではなく、単なる我儘なのだ。理想社会の実現の為に、コミュニティの構成員を騙し、苦痛を与え、極めて暴力的に現実社会に反抗する、それが許される時代はとうに終わったのだ。例えそれがアライグマであっても、一個人、一個獣として権利が保障されるべきなのだ。」
「一つ、勘違いしているのだ。」
彼は、ゆっくりと、しかし淡々と口を開いた。
「最初から彼らに権利など無いのだ。」
「ヒトは普通、思考する際多数の選択肢を用意するのだ。しかし、しばしばその選択肢が一つしかない、と『思い込む』思考をする時があるのだ。」
「択一的思考、なのだ。」
「そうなのだ。本来これは、認知の歪みとしてある程度矯正する必要があるのだ。しかし、ここに居るフレンズには、それを施してはいないのだ。」
「要は、それを利用している、ということなのだ?」
「察しが早くて助かるのだ。ここに居るフレンズは『死ぬしかない』『殺すしかない』という思考を極めた先に、アライグマと化しているのだ。それはあくまで、ヒト社会においての感情である故、ジャパリパークに来た時に燃え尽きている可能性はあれど、目的自体は達成されていないのだ。それは絶望として、思考回路に付きまとっているのだ。」
「何となく言いたいことが理解出来たのだ。あなたはその感情を扇動することで、テロ行為に手を染めさせようという狙いなのだ。」
「厳密に言うと微妙に違うのだ。例えば、無職の精神障害者が殺人事件を起こす、その背景を考えて欲しいのだ。」
「…無敵の人、なのだ?」
「インターネットに触れていれば、嫌でもその単語は目にするのだ。『ジャパリパークに来る』という状況は、今までのヒト社会においての関係性や社会的地位を全て捨てる、ということを意味しているのだ。アライさんは、ここでそれを擬似的に再現しているのだ。」
私は強烈な嫌悪感を示しつつも、彼の話はやはり、耳を傾ける価値があると思っていた。
私の探究心と正義感が鍔迫り合いを行なっていた。
「だけど、その状況下は、ヒト社会において生まれるものなのだ。」
「本当にそうと言えるのだ?劣等感を抱えて生きてきたヒトは、競争社会からの離脱ではなく、自己の優位性を探していたのではないのだ?『無敵の人』が身体的・社会的弱者を殺すのは、それの現れなのだ。自殺や殺人は、あくまでその結果でしかないのだ。」
ストン、と落ちる音がした。
彼の話は、私の思考回路通りのルートを辿り、その上、新たな道を開拓するに至ったのだ。
「そうか。つまり、その『無敵』状態のアニマルガールに対して、自身の意志を伝える。それは社会への反抗であり、世界への創造であり、復讐への扇動でもある。お尻さんが言った言葉に対して真っ向から否定しない限り、それは同意となる。結果、ジャパリパークにおける兵力を築き上げた、ということなのだ。」
「まあ、多少の論理の飛躍はあれど、概ね正解なのだ。」
後に分かった話だ。
あの時彼は、「あくまで自分は後押ししただけ」と言っていたが、それは単に、私を言いくるめただけに過ぎなかったのだ。
正確には、アニマルガールに変身した際、オーバーフローした感情が思考のベースラインとなる。
つまり、殺意を以てアニマルガールになったヒトは、変身後も誰かの息の根を止めることを欲し、希死念慮を以てアニマルガールになったヒトは、変身後もビルからの飛び降りを決意する。
私は「好奇心の抑制による欲求不満」からアニマルガールとなった為、自身の勤めていた施設のテロ行為の作戦ですら、目を光らせて聞いていたのだ。ヒトを殺すという極論ですら、彼の意図が自身の仮説と合致することだけを考えていたのだ。
その為、彼から「別に作戦に参加しなくても良いし、あなたの好きにして良いのだ。」と言われた時、私はすぐに、作戦の詳細な立案と作戦遂行の監視を申し出た。
私は好奇心の獣として、欲求の赴くままその指針を、彼の目論見の行く末に向けていただけに過ぎなかった。しかし私は満足していた。私の好奇心を阻む者は敵であり、過去にそれを行ったSSLAですらそれは同じであったからだ。
故に私は「ジャパリパーク」内で、SSLAやサンドスターに関して、アライグマ達に啓蒙した。
彼らの物覚えは野性解放しても同じであったが、時間をかけて着実に、知識を獲得していった。
そして、SSLAに対してのヘイトを、私と同じように抱いてしまったのも、啓蒙の効果であった。思えば、尻の狙いはこれだったのだろう。
だが、今となってはもう遅い。
SSLA大阪支部、午前2時32分。
大阪支部においては、作戦は成功した。
私は、自身の上司である狐火一香に対し、銃口を向けていた。
時の流れがゆっくりと進み、しかしこの状況が3分と続いていたことは、彼の腕の銀を見れば明らかなことであった。
アライさん界隈と 太融寺智代 @taiyujitomoyo2
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