序論(3/3)(3/10)

「3つ目は、ここまで話を聞いて、察しの良いあなたなら直ぐに分かると思うのだ。」

「…私に、頼みがあるんですね。恐らく、末端とはSSLAに内通している私にしか出来ない…大方アライグマの逃走ルートの補強辺りですか?」

「大正解なのだ!正直、アライさん達が根回ししても、その頭数には限界があるのだ。これから更に増えると予想されるアライさん達が、あなたのように、自力でここに集まれるように情報の提供が欲しいのだ。」

「…分かりました。この条件を飲みここに居座る、条件を飲まず解放される、それが私に残された選択肢な訳ですね。」

「少し早とちりしてるのだ。ここに残るか残らないか、それもあなたの選択なのだ。アライさんたちにとって一番不利なのは「条件を飲まずここに残らない」なのだ。時間なら沢山あるのだ。アライさんたちはゆっくりと待つのだ。」


おかしい、と思った。大規模なテロを起こすという案を、仮に私が戻って誰かに話しでもすれば、彼らの作戦は頓挫してしまう。それなのに、私にここまでの選択肢を残しているということは何か裏がある。それか、話した程度では作戦は揺るがない、ということなのか。どちらにせよ、この話を聞いた段階で私の方が不利になっているはずだ。そうでなければ、あそこまでの態度を示すことはできない。

3分ぐらい熟考し、私は口を開いた。

「では、あなた方に情報をお話しします。そして私は、ここに残ります。」

「その答えを待ってたのだ!」


私はある程度情報を話し、ジャパリパークと呼ばれる場所を案内されることになった。

「ここでは各々が自給自足をしているのだ。小国寡民とまでいく数ではないけれど、ここまでの頭数を相互扶助が成り立たせているのだ。」

「あの…この人達はあなたが抱える理想を、知っているんですか?」

「知らないのだ。知る必要も無いのだ。それと、ここではアニマルガールのことは「フレンズ」、語尾には「なのだ」をつけて欲しいのだ。」

フレンズ、という識別名称は広く一般化されているが、語尾に関しては予想外だった。なんだなのだってなのだ。

「…分かったのだ。でも、最終的にテロを起こす可能性はある以上、どこかのタイミングで知ることになりますのだ。伝えた方が…。」

「今知るべきではない、ということなのだ。結局のところ、アニマルガールになる程の感情の動きがあるフレンズ達なら、器物破損の一つや二つは軽くこなせるのだ。既にヒトの法が通用しないからなのだ。」

「…そうですか。」

「なのだ、が抜けてるのだ。」

私にとって、このジャパリパークは小国寡民、況してや楽園などではなく、昔どこかの宗教が設けたというサティアンという施設のような、どこかカルト地味た不気味さを感じた。


「…あ。そういえば、名前が必要なのだ。」

「名前?」

「ここでは、全てがアライグマのフレンズなのだ。つまり、固有名称が必要なのだ。」

「本名では駄目なのだ?」

「必要無いのだそんなもの。既にそれを捨ててるからここはジャパリパークとして成立しているのだ。」

「ちなみに、アライさんは尻と呼ばれているのだ。名前の由来は、聞かれたことをsiriのように何でも返すことが出来るから、なのだ。一応、ここの長のようなポジションだけど、身分の差は無いのだ。」

「…はあ。名前は、自分で決めても良いのだ?」

「勿論なのだ。格好良い名前を頼むのだ。」

「では、ポスドク、でお願いしますのだ。」

「良いのだ?ポスドクが嫌でここに残ったのでは無いのだ?」

「良いのだ。その方が、私が博士になりたかったことを忘れないで居られるのだ。」

「…分かったのだ。良い名前なのだ!」

…直後、尻が軽蔑するような笑みを一瞬浮かべたが、5ヶ月経った今も、その裏腹を読めないでいる。


ー10月11日午前9時、TEDが日本支部大阪大学研究所。


狐火は頭を痛めながら、とある仮説を検証していた。

その仮説とは、アライグマのアニマルガールがどこかの一点に集まっている、という仮説だ。半年前から今も続いているアライグマ現象、その裏で何か大きな力が働いている、というのは職員の中でも話題となっていた。しかし、確証が得られないまま時間だけが過ぎて風化してしまい、ただの一仮説となっていた。

この仮説を裏付ける何かには心当たりがあった。もう5ヶ月も前か、博士研究員が失踪した事件だ。その事件以前にはアライグマの発見も度々あったが、それ以降ピタリと止んだ。つまり、SSLAに内通している彼が逃走経路の確保に尽力している可能性が高い。


ただ、気掛かりがあった。

彼が逃走経路を確保したところで、SSLAに見つからないどこかにアライグマを移動させる必要があった。その場所に関して、彼が知っているとは到底思えない。かつ、彼の失踪以前にも他のアライグマもSSLAからの脱走を試み、成功を収めている。これは、彼が力を貸す前から、何かが裏で手を引いていた、ということに繋がる。

あくまで可能性の話ではあったが、狐火の脳内では、点と点が繋がりかけていた。しかし、それを結ぶには、あまりにも情報が少な過ぎた。


そんな中研究を進めていると、携帯がメッセージの着信を知らせた。送信元は、失踪した筈の博士研究員だった。

狐火はメッセージを見て驚愕した。

「ーー明朝午前3時、教授の研究所を含め、各地のSSLAの支部で、同時多発のテロを行います。身の安全を確保して下さい。」

狐火は頭を抱えた。殺害予告にも等しいメッセージの内容よりも、このメッセージをわざわざ送った意味に対してである。

時刻は午後7時、十分な仮説の検証をしている暇は無かった。彼は直ぐにSNSとメールソフトを開いた。


10月12日午前0時。

こと大阪支部においては粗方の職員を帰すことに成功した。

しかしながら、日本、及び世界各地のSSLAにおいてはその限りでは無かった。

狐火の警鐘を絵空事と嘲る者、自身の研究の大事さを盾に命の危険を顧みない者、そして、襲撃される程度のことでは動じない者、この異常事態にも関わらず、SSLA全体を通して見れば驚くほど静かであった。

アニマルガールになっても記憶が継承されることは、かつて収容していた元人間やポスドクを見れば明らかだった。その為、現時点で現象として確認されているアライグマ達が組織犯罪として襲撃事件を起こせば、例えNASAに等しい科学組織と雖も、只では済まない筈だ。


狐火が研究所に留まった理由は、幾つか存在した。

一つは、彼らの目論見が虚偽であった場合、それを証明する人物が不在である為だ。狐火自身が流した情報である為、他の人物を証人にして、彼らの身を危険な目に遭わせる訳にはいかなかった。

一つは、彼らの目論見が真実であった場合、それを外部に伝える人物が不在である為だ。大阪支部単体での被害で済めば無問題であるが、組織犯罪、それもSSLAに対して同時多発的に行うのであれば、研究所群は大打撃を被ることになる。

そしてもう一つ、これはあくまで予想であったが、あのポスドクがこの大阪支部に来ると考えた為だ。その真意と最終的な目的を聞き出さない限りは、正確な情報を流すこともできない。

狐火一人の首が飛ぶのはどちらにせよ目に見えていたが、SSLAに情報を残す義理があり、それを遂行することは、彼にとって命に代えても行うべきと判断した。流石に死ぬとは考えなかったが、あくまで最悪の結末を迎えた時の話である。


午前1時を回ろうという時に、各地のSSLAには常駐している軍隊を派遣するとの連絡が入った。

正直かなり遅く、到着しても時すでに遅しということもあるが、それでも無いよりはマシであった。証人にもなる。真っ先に自分が死のうともそれを伝える誰かが居るというのは、ほんの少しであるが、彼に安堵を覚えさせた。

この1時間の間、アライグマ及びアニマルガールに関する論文を漁っていた。

アニマルガールになれば、モデルとなった動物の特性をヒトレベルで受け継ぐ。

アライグマは、器用な手先を持つ。仮にアニマルガールとなれば、精密作業を容易に行えるというものだろうが、例えば、目にも留まらぬ速さのタイピングでハッキングなどされる可能性もある。それは杞憂にしか過ぎないが、彼らの特性を理解することで、何かしらの交渉の余地があるかもしれないと、狐火は踏んでいた。

しかし、調べても調べても、アライグマがSSLAを容易に陥落させる程の特性を発見することは出来ず、交渉出来るとすれば、対話以外に存在しないことを、狐火は痛感した。


突如、後方で轟音が響いた。

警報が鳴り響き、一度ブラックアウトした。すかさず非常電源に切り替わり、手元を見ることは出来たが、辺りが緊張感で包まれた。

おかしい。そこまで時間は経っていない筈だ。

狐火は、時計で時間を確認した。

針は、午前2時を指していた。

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