#45(最終話) 夢のつづき

 あれから4年……。


 フェイク・アイナに破壊された街はすっかり復興し、以前よりも発展し大きくなっていた。

 その街並みを幼い少年が駆け抜ける。

 彼を見守る街の人たちの視線は温かい。

「おにーちゃーん!」

 その先に、大きく手を振る女の子の姿があった。

「エーコ! 遅いから心配したぞ」

 少年は妹を強く抱きしめる。

 まるで何年も会っていなかった恋人のように。

「きょうはね、まりあ先生にいっぱい勉強おそわってたの。

 まりぃちゃんもいっしょだったんだよ!」

「そうか、よかったな。

 ……ところでどっちのマリア先生だ?」

「んー、やさしいほうっ!」

「それじゃ、分かんないよ。

 じゃあ、家に帰ろうか」

「だめっ!

 きょうはおかいものしないと」

「それがな、さっきばーちゃんに連絡が入ったんだ。

 パパとママ、今日帰ってくるってさ。

 だから買い物はママと3人で行こうって」

「え! ほんとう?

 やったー」

 エーコは丸い目を、さらに丸くして喜ぶ。

 少年はそれを嬉しそうに見つめていた。

「じゃあ、帰ろうか」

「うんっ!」

 ふたりは手を繋ぎ歩き出した。

 途中、八百屋の店主が話しかける。

「おうっ! エーコちゃんにお兄ちゃん。

 いつも仲いいな!

 これはおじさんからのご褒美だ。

 今朝、もぎたてのリンゴだ、美味いぞ」

 店主はリンゴをひとつずつ手渡し、頭を撫でる。

 その時、エーコがつけていたペンダントがほのかに明るくなった。

「エーコ、お礼は?」

「おじさん、ありがとう!」

「はは、良いってことよ。

 それより、パパとママはまだ戻らないのかい?」

 少年が自慢気に答える。

「今日、戻るそうです」

「もどるのー」

「そうか、そうか。

 じゃあ、今晩相談したいことがあるって伝えといてくれるかな?

 畑を拡張したいんだよ」

「わかりました。

 でも、お酒はダメですよ」

「はは、分かってるって。

 パパが寝ちゃったら相談ができない」

 すると店の奥から老人がふらふらと出てきた。

「おお、小僧の所の!

 小僧は元気か?」

「うん、元気だよ。

 んー、またじーちゃん、酒飲んでるの?」

「酒じゃないぞ。

 ドゥヤの実じゃ。良く発酵しとる」

 店主があきれ顔で言う。

「それじゃ意味ないでしょう。

 発酵したドゥヤの実はお酒と同じですよ」

 それに、さっきまでイビキかいて寝てたくせに」

「はっはっは。

 エーコの声が聞こえたからな。

 どうだ、元気か?」

 老人はニコニコしながらエーコの頭を撫でる。

 エーコのペンダントが少し明るく輝く。

「うん、げんきぃ!

 パパとママも、もうすぐかえってくるの」

「そうか。帰ってくるか。

 じゃあ、わしも顔を出すとするかのう」

 すると、エーコが少し怒った顔になる。

「だめー!

 じーちゃんくると、パパ、すぐ寝ちゃうんだもの」

 一同、笑い出した。

「そーですよ、じーさん。

 もう歳なんですから、控えてくださいよ」

 店主があきれ顔で言う。

「そーだよ、ひかえないとだめなのー。

 エーコもおべんきょうがんばってるから、じーちゃんもがんばろうよぉ」

「むむっ……。そうか……。

 しかし、そうは言ってものぅ……」

 真剣に悩む老人をエーコは睨みつける。

 そして……老人が、ガクッと肩を落とした。

「わかった。

 エーコに言われたんじゃ仕方ない……」

 老人は手にしていたドゥヤの実を店主に渡した。

「あれだけ言っても、絶対に酒だけは手放さなかったのに……」

「うるさいわぃ! 男に二言は少ない!」

「二言、あるんですかぁ?」

 いつの間にか周りに野次馬が集まっていた。

 物怖じしないエーコはニパっと笑って、老人に小指を出す。

「じゃあ、やくそく!」

 ぐっ……と後ずさる老人。

 どんどんと増えていく野次馬たちはニヤニヤと笑ってる。

「わ……わかった。

 約束じゃ」

 老人が指を出すと、ふたりは仲良く指切りげんまんをする。

 野次馬はどよめき、というより驚きを持ってその光景を見守る。

 終いには店主が泣き出してしまう始末である。

 指切りを終えた老人は無言で起ち上がり、顔を真っ赤にして叫んだ。

「見世物じゃないわいっ!」

 野次馬は蜘蛛の子を散らすように去って行った、笑いながら。

 そしてエーコと少年も、手を振ってその場を後にした。

 ニコニコと歩くエーコを少年は驚きの表情で見つめる。

「エーコ、お前凄いなぁ……」

「え、なにが?」

「あのじーさん、パパの師匠なんだぞ」

「ししょう?」

「あ、先生のことだよ。

 エーコとマリア先生みたいな関係だな」

「じゃあ、パパより強いの?」

「ははは、パパとママより強い人はいないよ。

 昔、悪魔が現れて、この街をめちゃめちゃにしたんだ。

 それを退治したのがパパとママだもんな」

「でもししょう、パパよりよわいんでしょ?

 へんなの」

「パパは強いけど、弱い人を馬鹿にしないからさ。

 それどころか、弱い人からだって良い所を見習ってもっと強くなってるんだ」

「うーん……」

「むずかしいか……。そうだ!

 エーコとじーちゃんが喧嘩したらどっちが勝つと思う?」

「じーちゃん」

「だろ?

 でも、じーちゃんはエーコの言うことを聞いてお酒をやめるって。

 強いならそんなの断れば良いのにさ」

「そっかー。“すき”ってことだねー」

「好き?」

「うん!

 じーちゃんもエーコがすき。エーコもじーちゃんがすき。

 だからじーちゃんはエーコのいうこときくし、エーコもじーちゃんのいうこときくの。

 パパもみんながすきだから、みんなのいうこときくの。

 みんなもパパのいうこときくの」

「そうだっ、えらいぞ! エーコ」

「えーこもパパ、やさしいからすきー」

 手を繋ぎ、楽しそうに歩くふたり。

 賑やかな街を抜け、崖の上の一軒家が見えてきた。

「あ、ばーちゃんだ! ただいまー」

 家の前で椅子に揺られる老婆がいた。

 そこにエーコは走って行く。

 家の向こうには海が、そしてその先には島があり、潮騒の香りと穏やかな風が心地よい季節となっていた。

「おかえり、エーコ。

 サトシもお迎え、ありがとうね」

「ばーちゃん、ただいま。

 これ、八百屋さんにもらった」

「もらったのー」

 ふたりは嬉しそうにリンゴを見せる。

「そうかい。お礼はいったかい?」

「いったー。

 あとね、おじちゃん、パパにおはなしがあるから、あとでくるってー」

「そうかい。ありがとう。

 エーコは偉いねぇ」

 老婆が頭をなでると、エーコは嬉しそうに眼を細めた。

「えへへ」

「ばーちゃん、大丈夫かい?

 こんな所で寝ると身体こわすよ」

 少年が心配そうに声をかける。

「今日は“ドゥヤの島”からの風が心地よくてね」

「ああ、今日は特にハッキリと見えるよ。

 パパとママの決戦の場所だったんでしょ?」

「ああ、そして大切な仲間の魂が眠る場所さ……。

 おや……、パパとママが帰ってきたようだよ。

 えーっと、こっちかな?」

 老婆の指さす方には何もない。

 が、しばらくすると小さな人影が見えてきた。

「あー、パパとママだー」

 エーコは走り出す。

「おい! エーコ、走ると危ないぞ……」

 心配するサトシだが、途中で追いかけるのを止めた。

「どうしたんだい、そんな顔をして」

「ばーちゃんって目が見えないんじゃ……。

 ああ、ママの目を通して僕の顔みてるのか」

「そうじゃ、あやつの目はわしにも使えるでの。

 もっとも最近じゃ、見せたい物しか見せてくれんけどな、フォッフォッフォ……」

「便利なような、不便なような」

「不便ではないぞ。

 この距離でもお前さんの顔が見えるのじゃからな。

 それよりどうしたんじゃ、サトシ」

「あ、ああ……。

 実はさ、エーコが走る姿を見てると昔のことを思い出しちゃうんだ。

 恐ろしい“悪魔”が現れた、あの日のこと。

 走って行く女の人の背中だけしっかりと覚えててさ、それがなぜかエーコと重なるんだ。

 パパと一緒に見送ったことだけは覚えてるんだけどね。

 あの後、“悪魔”が街に現れて破壊しちゃうことなんか全然覚えていないのに……。

 もしかして、あれが本当のかーちゃんだったのかな?

 パパに聞いてもはぐらかされちゃうんだよなぁ」

「どうして、そう思うのかい?」

「決まってるじゃん!

 ママが嫉妬するからさ」

「ははは、そうかもしれんのぅ。

 なあ、サトシ。

 やっぱり本当のお父さんとお母さんに会いたいか?」

「会いたくないと言ったら嘘になるけど、パパとママ、それにエーコがいるから幸せだよ。

 あ、もちろん、オキバばーちゃんもね」

「わしもじゃよ、サトシ」

 少年を見て、にっこりと笑う老婆。

 本当にこの人は目が見えないのか、サトシは不思議に思うことがある。

「ばーちゃん、ひとつ聞いていいかな?

 エーコがつけてるペンダントって、何か意味があるの?

 あれ、単なるおまじないじゃないだろ?」

「ふふ、あれは、本当にエーコが幸せになるためのおまじないじゃよ。

 心から人を愛しても、その人を失わないためのな」

「よく分かんないな。

 じゃあ、僕もパパとママを迎えに行ってくる!」

「気をつけるんじゃぞ……」


 手を振る老婆。

 その目には、元気に駆け出す少年と、手を振る自分が映る。

 そして、その横にはエーコを抱く青年の姿が。

 エーコのペンダントは激しい光を放っている。

 二度と同じ過ちを繰り返さないために……。


 愛した者の能力を吸収する力。

 裏を返せば、誰も愛せない力でもあったのだ。


 今は違う。

 たとえ望まぬ力を手にしたとしても、進むべき道を全力で示す者がいる。

 そして、さまざまな愛に囲まれている。

 あの子の事を知ってなお、受け入れてくれる人たちがいる。


 もう二度と、あのようなことは起きないと約束できる。

 だから、許してくれるかな……?


 老婆は、しずかに空を見た。

 何もない青空だ。


 見えないはずの空には、もうここにはいない彼女の姿があった。


 横には、愛した夫の姿があった。


 今、ここにあるのは、彼が見た夢のつづき……。

 しあわせで、やさしい、夢のつづき。

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彼女が世界を破壊する! えまのん @emanon

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