#44 茶番

 一斉に歓喜の声が湧き上がる。

 しかし、俺は疲労感に襲われその場にへたり込んでしまう。

 鳥籠で囲われた鉄格子がなくなり、外の風景がよく見える。

 もうすぐ陽が沈むところだ。

「アイナをマサトの所まで連れていってくれるかな?」

 オキバさんはケンジさんにお願いする。

「……あ、はい。

 アイナちゃん、痛いかもしれんけど、ちょっと我慢してな」

 ケンジさんはアイナを横抱きにして俺の元に歩み寄る。

 オキバさんはその横を歩いている。なるほど、アイナとオキバさんの視線は同じ方向を向いている。

 すなわち、俺だ。

 アイナの目を借りているというのは本当なのだろう。

 彼女の頬は夕陽に照らされて赤くなっている。

 簡単な応急手当を施されている。

 そう言えば……。

 落ち着いてアイナの顔を見るのは久しぶりだ。

 ……そうか、大量のジャイアント・ホッパーを退治した時以来だ。

 あの時のアイナは、頬を炎で照らされていた。

「ほれ、マサト。最後の仕事じゃ、起きんか!」

 オキバさんは俺に厳しい。

「最後の仕事ですか?」

「ああ、あやつを……オキエを封じ込める。

 わしだけじゃ無理じゃ、お前たちの力を借りたい」

「封印……ですか」

 俺の疑問にケンジさんが答える。

「はは。俺ら、あいつを倒せる毒とか持ってないんや」

「えっ! じゃあ、あの拳銃は」

「はは……、ハッタリや。

 まぁ、もし毒があっても、あいつが苦しんで暴れたら、この島が持たん。

 結果は同じや」

 ケンジさんは笑うけれど、この人たちがそんな無計画な事をするだろうか?

 オキバさんは、俺とアイナを後ろに立たせ、オキエの方を向く。

 アイナはケンジさんが支えている。

 俺とアイナは手を繋ぎ、余った手をオキバさんの肩に乗せる。

 これで俺たちのパワーが流れるのだという。

「じゃあ、いくぞえ」

 オキバさんは両手を前に出し、円を描く。

 ゆっくりと黒い球……スフィアが現れオキエを包んでいく。

 ふわりと身体が浮き上がるとスフィアに収まった。

 が、“矛盾”の剣がスフィアからはみ出てしまっている。

「誰でもええ!

 “矛盾”が邪魔じゃ。あの剣を抜いてくれんか。

 早くせい!」

 戦闘班の中から大男が押し出され、渋々オキエの元に向かう。

 ……おや、あの男は見覚えがある。

 いつかアイナに戦いを挑んで、返り討ちにあった人だ。

 名前は……アリ……アル……アレぇ? 何だっけ、覚えてない。

 まぁ、とりあえず彼の手に修復された斧があることに安心をする。

 彼は恐る恐る“矛盾”の剣の穴にロープを通し、引き抜いた。魔法斧によって増幅されている彼の力でもかなり苦労していたが、誰も手伝おうとしなかった。

 オキエの身体は黒いスフィアの中で、ゆらゆらと浮かんでいる。

 オキバさんが手を少しずつ縮めていくと、球が小さくなりオキエの姿勢が丸まっていく。

 最終的に膝を抱えた格好となった。

 突然、オキエの目が開く。

 周りの人たちが一斉に剣に手をかけ、銃を構える。

 が、オキバさんは平然と作業を続けている。

 俺も、アイナも全く危険を感じていなかった。

 あの眼はエーコだ。

 まん丸で、素直で……。

 いつの間にか体つきもエーコそのものになっていた。

 そして彼女は口を開き、俺を見ると、5文字の単語を口にした。

 俺は首を振り、謝罪の言葉を返す。

 もう、陽が完全に沈んだ。

 取り囲んだ仲間たちによる松明が唯一の光源だ。

「マサト、別れの挨拶は良いのか?」

 オキバさんはあえて感情のない聞き方をする。

「……はい」

「……よかろう。

 これから、あやつが吸収していったパワーを少しずつ抜いていくぞ」

 オキバさんは少し悩んでから、手を動かした。

 エーコの姿はゆっくりとアイナに変わっていった。

 フェイクでもない、マッスルでもない、スレンダーな彼女だ。

 スフィアの中のアイナは、目の前にいるアイナを見つめた。

「最後……ありがとうね。

 私には……、分かったよ」

 アイナがそう呼びかけると、スフィアの中のアイナは力なく笑った。

 そしてふたりが黙ったまま同時にうなずくと、オキバさんが手を回す。

 だんだんと球の中のアイナが薄くなっていき、今度は男の姿になった。

 あれは……オキエが一度、変身した男の姿だ。

「これでアイナのパワーが抜けて、もう以前のようなことはできん。

 ほれ、見てみい」

 オキエの身体を包んでいた伸縮自在の服がほつれていく。

 もう、彼女にそれを維持するだけのパワーは残っていないのだ。

「これから、こやつに捕らわれた魂を解放していくぞぃ。

 もしかしたら面識のある者もおるかもしれんが、挨拶の時間は省略させてもらう。

 何しろ、人数が多すぎるのでな」

 オキバさんはそう宣言すると、次々と魂の解放をはじめた。

 時折、仲間たちの中から小さな声があがり、幾人かはすすり泣き始めた。

 中にはあまり見かけない人種も見受けられる。

 長い、長い時間をかけて解放された魂は、ようやく200名ほど。

 ここに集まった仲間たちは敬意を表して彼らを見送っている。

 まだまだ終わりそうにない。

 オキバさんの言葉の意味が理解できた。

 元々この世界は死に関していい加減に処理される向きがあった。今にして思えば、こうした行方不明者を把握させないため、オキエが裏から手を回していたように思える。

 2683人目の魂が解放された所で、オキバさんの手が止まる。

「さて……これで最後じゃ……」

 もう空が白んできた。

 オキバさんはひとこと言ってから、次の人格に変えた。

 周りから小さなどよめきの声があがる。

 その人物は顔も体つきもエーコによく似ているけれど、やや目がつり上がった……。

 オキバさんの手が震え、涙が溢れ出る。

「オキエ……。許しておくれ」

 その呼びかけにオキエは答えない。

 膝を抱え、眼をつぶったままだ。

「わしの、わしの迷った心がお前に伝わってしまったんじゃろうなぁ。

 お前は人一倍、愛に敏感じゃったのだろう。

 じゃが、わしはお前に応えることができんかった。

 わしも愛が分からない人間じゃったから。

 だから、色々な物を見せようと、世界を回った。

 それがわしの愛。

 だがお前が望んでいたのは、たったひとつの心。

 お前がいなくなって、分かったよ。

 愛は一方の気持ちだけでは完結しないと。

 片方だけの……一方的なものは“支配”。

 わしがやったことであり、お前がやってしまったことでもある。

 ……アイナと旅して色々と学んだよ。

 あやつはわしの分身でありながら、全く違う心を持っておる。

 あ、いや……同じような所もあるんじゃがな。

 あやつは、わしのひとつの可能性なんじゃろう。

 そして、お前の中にいたアイナも、またひとつの可能性。

 異なる心を持つのは、ほんの小さなキッカケなのじゃろう。

 だが……責任を取るのも大人の仕事じゃ。

 許しておくれ……」

 最後の言葉にオキエの口元が少しだけ緩んだ気がした。

 陽が昇り、わずかにスフィアの色が明るくなる。

 そして、オキバさんが手を動かすと、球の中の少女の目元がすこし優しくなる。

 アイナが少し驚いた表情を見せ、オキバさんに視線を移した。

 それに気付かない様子で、オキバさんは声をあげる。

「ほれ! いくぞ。

 最後の仕上げじゃ!!」

 オキバさんは大きく手を広げた。

 その姿を昇り始めた太陽が染める。

 そして、ゆっくりと閉じていく。

「スフィアの中で時間が逆行しておる。

 全ての力を失ったこやつは、子供となり、胎児となり……そして消滅する。

 もう少しじゃ。

 もう少しで、全てが終わる」

 震える手を閉じて行くのに伴い、少女はどんどん小さくなっていき、今、赤子になった。

「……」

 オキバさんの手が止まり、彼女は小さく呟いた。

 赤子は何も知らずに眠っている。

 明らかに、オキバさんは迷っていた。

 ったく、素直じゃねぇなぁ……。

「あー、もうっ、だめっ。

 限界だぁ」

 俺は大声を出し、後ろにひっくり返る。

 さらにぜぇぜぇと肩で息をする。ちょっとわざとらしいかな?

 緊張した空間に安堵の空気が流れた。

 驚いた表情でこちらを見るオキバさん。

「あはは、私も限界だなー」

 アイナも足を庇いながら横になった。こいつ俺より棒だよ。

「こ、こら、あと少しじゃ。

 協力せぇ」

 あーあ、オキバさんも棒だよ。トリオ・ザ・スティックの誕生だ。

 意図を読み取った仲間たちからも失笑が漏れる。

 壮大な儀式は、あっさりと茶番になった。

「あはは。まー、えーやん。

 この子、無害なんやろ?」

 ケンジさんがスフィアに近づく。

 もう限界なのか、色が段々と薄くなっていく。

 そして赤子をゆっくりと降ろし始めると、その姿を消し始めた。

 ケンジさんは慣れた手つきでその子供を抱く。

 そして、たった今産まれたかのように大声で泣き始めた。

 陽は完全に昇り、赤子を包む。

「あーよしよし。ええ子や」

 駆け寄ってくる仲間が布を差し出し、赤子を包んだ。

 そして優しくあやすと泣き止み、寝息を立て始めた。

「オキバさん、赤子に罪はない。

 ちゃいますか?」

 ケンジさんの声に、仲間たちからどよめきが起きる。

「え? あ……まあ、そうじゃな」

「なら、この俺が面倒みるさかい、このまま育ててもええですか?

 もちろん、責任は俺がとります。

 折角、赤子に戻れたんや。

 やり直しのチャンス、与えてもええんちゃいますか?」

 ケンジさんの意図を察した仲間たちが同意の声をあげる。

 こいつら悪趣味だわ。

 オキバさんに“そのひとこと”を言わせようとしている。

「え、うーん。……お前さんがそう言うんじゃ……し、仕方ないのう」

「ほんまでっか!?

 いやぁ、嬉しいなぁ」

 喜びの声と共に、ブーイングが起きる。

「このロリコン!」

「うるさいわ!

 この子、大きくなったらエーコちゃんみたいにおっぱい大きくてかわいい子になるんやろ。

 楽しみやわぁ。待つ価値あるで。

 俺しか好きにならんよう、徹底的に仕込んだるわっ!」

 ブーイングの嵐が大きくなった。……だが、発する者たちの目は笑ってる。

 本当に……愛すべき馬鹿野郎たちだよ、あんたたちは。

 全員の考えは同じじゃないか!

 オキバさんは……複雑な表情をしてケンジさんを見ている。

 俺はアイナに目で合図を送ると、彼女は小さくうなずいた。

「ケンジさん」

 俺は一歩踏み出し、ケンジさんに告げる。

 ブーイングが一斉に止んだ。

「なんや? マー君」

 ケンジさんは待ちわびた顔で振り向き、ウインクをする。

「お願いが、ふたつ、あります」

「なんや、言うてみい……。って、ふたつぅ?」



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