#43 決着

「へぇ、まだ頑張るんだ……。

 言わば今の私は最強モード。

 たったそれっぽっちの力じゃ何の変化も起きないよ。

 ほら、どうした。ここだよ、ここ。もう一度ここを刺してごらんよ」

 オキエは腹の傷に剣の先を移動させた。まるで自らの失敗をやり直すかのように。

 これで、ほぼさっきと同じ姿勢となった。

「く……くそっ」

 俺は抵抗しつつも、最後の機会を待つ。今は、まだその時ではないと判断した。

 それを最後の抵抗と判断したオキエは笑みを浮かべる。 

「あと、良いこと教えてあげようか。

 坊やの心が折れていくのを見て、体内勢力の抵抗が弱まってる。

 もう私を乗っ取るのは無理ね。

 再びこいつらを制圧して私は完璧な強さを手に入れるのよ」

「……なら、俺のパワーを吸収しようとは思わないのか?」

「くす……。坊やは駆け引きが本当に下手クソ。

 私が仲間に誘った時がラストチャンスだったのに……。

 今となっては、そんなカスのようなパワーに価値はないの。

 それに坊やの存在はノイズにしかならない。

 その提案はデメリットしかないね」

「ふざけるなっ!」

 オキエの言葉にアイナが激高した。叫ぶ事で折れた足に響くらしく、顔をしかめる。

「ほう……。まだ動けるのかい。たいしたものだ」

 オキエは感心したような声を出し、アイナを念動力で持ち上げた。

 指一本で俺、念動力でアイナを相手しながらも、オキエのパワーは依然として圧倒的だ。

 アイナはもがきつつ、叫ぶ。

「てめぇ。その中にいるんだろっ!

 しっかりしろ、もうひとりの私!

 利用され、奪われ……そんな情けない人間だったのか、私はっ!

 私は……私は間違えることもある人間だけど、必ず学び反省し前進するっ!

 まだ私は、私自身の持つそのパワーをどう使えばいいか分かっていない。

 でも、ひとつだけ言えるっ!

 そのパワーは興味半分で使ってはいけない!

 他人を傷つけるために使ってはいけないっ!

 私も、マー君も、そんな事は二度としないっ!!」

「うるさいねぇ……」

 オキエはアイナをキッと睨みつける

 するとアイナの身体が海老反るように曲がっていく。

「う……うがぁぁぁぁぁ……」

「このまま背中をポキッとやっちゃおうかね」

 アイナの骨がきしむ音が聞こえはじめた。

 俺への集中がほんのわずかだが、それた!

「今だっ!」

 俺は“矛盾”の剣を横にずらした。

 引っかけていたオキエの指が剣から外れる。

 少なからず力をかけていたオキエの身体のバランスが崩れ、前のめりになった。

 俺は全力で身体を起こしオキエの背中に手をかけ、引き寄せる。

 オキエの腹筋に“矛盾”の剣の隠し刃が食い込んでいく。

「舐めるなっ!

 坊やのパワーで私の分厚い腹筋を貫けると思うかっ!!」

 叫びと共に腹筋がもの凄い勢いで盛り上がる。

 鈍い感触の後、オキエの血が剣を伝ってくるが彼女はニヤリと笑う。

「く……くそっ!」

 ドサッと音を立てて、俺は背中から床に崩れ落ちた。

 オキエの驚異的な筋肉は盛り上がる事で完全に“矛盾”の剣を挟み込んでしまっている。

 “矛盾”の剣はオキエの筋肉を切り裂く事ができるが、完全に力負けしている構図だ。

 言わば筋肉による真剣白刃取り。

 パワーの桁が3つ、4つ違うというのは誇張された表現ではなかったようだ。

「どうした、坊や。坊やの力はそれしかないのかい?

 その程度の力、奪う価値は全くないねぇ」

 勝利を確信したオキエは、剣に指を掛ける事を止めた。

 腹筋で剣を挟んだまま俺に覆い被さってくる。

 “矛盾”の剣と、俺の肌の距離が刻々と近づいている。

「……オキエ。

 あんたこそ……余裕がないんじゃないか?

 だ……だいぶパワーが落ちてるぜ」

 俺はわざとプライドを傷つける言葉を放った。

「んなんだとぉっ!」

 オキエは一気に身体を落としに掛かる。

 剣が一気に近づいた。

「今だ!」

 俺はそれに対抗せずに身をよじった。

 剣は拠り所を失い、急激に落下する。

「なにぃっ!?」

 間一髪、剣は俺の脇腹をかすめ、床にぶつかった。

 世界最硬度の“矛盾”の床に。

 ズリュッ!

 超硬度の剣と床は振動しないので接触音すらなかった。

 ただ、肉を切り裂く音だけが耳に残った。

「やった!」

 オキエの超パワーでも“矛盾”の床は貫く事ができない。“矛盾”の剣は行き場のないエネルギーをオキエ自身に返したのだ。

「ぐああああああああああ!」

 前のめりに倒れていくオキエの身体に“矛盾”の剣が深く刺さっていく。

 矛盾……“最強の矛”と“最強の盾”が本気でぶつかり合う時は“使用者がそれに耐えられない”というのが正しいらしい。

 “矛盾”の剣の先端がオキエの背中を貫く。腹と、背中から血が飛び散った。

 俺は転げるように、その場から離れた。

 オキエが崩れ落ちる音がする。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 息が苦しい。こんな限界を超えるような運動をしたのは初めてだ。

「マー君!」

 アイナがこちらに向かって這ってくる。

「大丈夫か?」

「マー君こそ」

 俺の身体は、自分とオキエの血で真っ赤に染まっていた。

 アイナに近づこうとしたが、身体に力が入らない。

「はは……もう、立ってのがやっと……だ……。

 それより、ここからどうやって脱出する?」

「オキバちゃんとのリンクも繋がらないし、助けが来るのを待つしかないね」

「と言っても、救難信号や終戦信号を打ち上げることもできやしない。

 でも、いいか。

 アイナと一緒なら……」

 俺の言葉に苦笑するアイナ。

 しかし、突然アイナの目の瞳孔が大きく見開かれた。

「マー君……!?」

 その視線の先に目を向けると、オキエがふらつきながらも起き上がる所だった。

 身体の向きを変えると、腹の“矛盾”の剣がこちらに向く。

 その表情は怒りに満ちていた。

「……てめぇら、許さない……許さないぞぉ……」

「……まだ動けるのかっ!」

 オキエの身体はガクガクと異常な動きをしていた。まるで映画に出てくるゾンビのように。

「きっとエーコたちが、頑張ってるのよ」

「ああ、そうだ。

 今のショックで体内勢力が盛り返したんだ。でも、俺たちに打つ手がないっ……」

 俺はアイナを抱きしめる。

 手負いとは言え、俺の攻撃が通じるとも思えない。

 それ以前に俺が限界だ。アイナは俺以上に限界。

 アイテムも武器も尽きた。

 空気砲? あれは溜めに時間が掛かるし、そもそも今の身体では撃てそうにない。

 オキエの身体はガクン、ガクンと不自然な動きをしながら、こちらに向かってくる。

 何か武器はないか……?

 あ……あった。まだあった。これが本当に最後の武器になる。しかし……。

 俺は歯を食いしばって起ち上がる。

「あっちにアイナの銃が転がってるだろ?

 俺はあそこに移動する」

「銃はもう使い物にならないよ」

 銃はオキエの念動力で鉄塊と化している。

「銃弾はまだ残ってるんだろ? 中には毒が入ってる。

 俺の力でこじ開けて、オキエにこすりつけてやる」

「無理だよ、マー君!

 あんなもの、ほんのちょっとしかないんだよ。

 それにマー君自身が毒に触れちゃう!

 せめて胸当てのを使って」

「胸当てのは量が少なすぎる。他に手も時間もない。

 じゃあ、ちょっくら行ってくるわ!」

「待って! やめて!! マー君」

 俺は走り出す。が、すぐに倒れてしまう。足元がおぼつかない。

「く……くそっ!」

 起ち上がろうとするが、ふわっと世界が回るような気がして、また倒れてしまう。

 目眩かと思ったが違った。

 俺の体調が悪いのではない、鳥籠が揺れているのだ。

「見て! マー君っ!!」

 指さすアイナ。

 オキエもまた苦しんでいる。体内勢力が優勢らしい。

 揺れる足元が、鳥籠を大きく揺らしている。

 これまでどんなに暴れてもビクともしなかった“矛盾”の床が、まるで水飴のようにグニャグニャと歪んでいる。

「な、何が起きているんだ!?」

「信じられない! 鳥籠が、オキエのパワーに耐えられなくなったみたい」

「そ、そんな馬鹿なことがあるのか!?

 すでに手を付けられないのに、これ以上パワーアップできるというのか?」

 天井から陽が差してくる。

 まさか、鳥籠が壊れた!? 暴れるオキエのパワーでドーム状の網がパラパラと崩れ出す。

 そしてアイナの上に巨大な鉄の塊が降ってきた。

 俺はとっさにアイナの上に覆い被さった。

 眼をつぶり、降り注ぐ鉄片に耐えようとする……が、降ってこない。

 揺れは続いているのに……。

 その時、懐かしさを感じる声が聞こえてきた。

「おーい。マー君! アイナちゃん! 大丈夫か?」

「……!? まさか、その声はケンジさん?」

「当たりや! 今、行くで」

 天井の隙間からロープがぶら下がり、ケンジさんが降りてくる。

 彼のシンボルである背中の大剣があるにも関わらず、危なげなく滑り降りてくる様子は彼の経験値の高さを感じさせる。

 同時に、上からいくつかの破片が降り注いでくるが、空中で消え去ってしまう不思議な現象が起きていた。

 かなり長いロープを用意してきたようだが、それでも床までは数メートル足りなかった。

 しかしケンジさんは躊躇することなく、床に降り立った。

「おお、凄い揺れやな。大丈夫か、君ら?」

「ケンジさん、何で来たんですか! ここは危険ですよ」

 ケンジさんはどこ吹く風で、目の上に手をかざしオキエを観察しはじめる。

「まぁ、そう言うなや。少しは俺らにも活躍させてぇな」

「“俺ら”?」

「ああ、“俺ら”や」

 ケンジさんは笑いながら手の中の魔法石を見せる。

「それは……“矛盾”?」

「ああ、この鳥籠のてっぺんに付いてた奴や。

 鉄格子も細い網みたいになってたからな、簡単に切断できたわ」

 ゆっくりとだが鳥籠の形が崩れ、差し込む光が広がっていく。

「鳥籠が……」

「ああ、オキバさんがこの鳥籠の魔法を解除したんや。

 速度は遅いが、確実に壁はなくなる。それに……」

 どんどん広がっていく隙間から、ギルドの仲間たちが走ってくる。

 俺に稽古を付けてくれた人たちも一緒だ。翁は相変わらず酒を手放さない。ただひとり、ドゥヤさんの姿だけが……。

 そして10人ほどがオキエを取り囲んだ。その手には盾と、アイナが使っていた銃を手にしている。

「おい! 医療班、こっちや!」

 ケンジさんが手を振ると、遅れてきた医療班が俺とアイナの元にやってきた。

 さらにその後ろからオキバさんが他の仲間に負ぶさって来た。

「ケンジさん。どうして……」

「俺らな、アイナちゃんの視界をオキバさんに見せてもらってたんや。

 だから、だいたい状況は分かっとる。

 しかし突然、それが切断されてな。ほぼ同時に地震も止むから……これは何かあるな、と。

 慌ててチームを編成してやって来たちゅうわけや。

 来て、正解やったね」

「でも……皆さんが来ても……」

「だから、マー君。もう少し俺らを信用してや。

 君らの戦いを見て、ニセのアイナちゃんには毒が通じることが分かった。

 だから、たくさんの種類の毒をもってきたんや。

 いかにパワーアップしとっても、あれだけの種類の毒に対応することはできへんやろ。

 解毒剤っちゅうんは、ひとつひとつの毒に固有やからな」

「でも! オキエは時間を巻き戻せるんですよ」

 焦る俺の言葉を、静かにオキバさんが打ち消した。

「大丈夫じゃ。

 今、アイナの記憶を見せて貰ったんじゃが、お前さんたちはオキエのハッタリに騙されておる」

「ハッタリ……ですか?」

「そうじゃ。

 元々時間のコントロールはスフィアの中でしかできん。

 あやつは、この鳥籠をスフィアに見立てて時間をコントロールしおったんじゃ。

 鳥籠が崩壊した今、もはやそれもできん。

 できるのなら、腹に刺さった剣を抜いておる。

 しかし……この広大な空間の時間コントロールとは、信じられんパワーじゃ」

 その言葉が終わらぬうちに、ドン!と大きな音を立てて鳥籠が揺れる。

 身体の中の攻防はオキエが盛り返してきたようだ。

 取り囲む戦闘班は、少しずつ輪を広げはじめた。

「貴様ぁ……貴様らぁ!」

 オキエが再び強く床を踏みつけると、床が大きく波打ち戦闘班は姿勢を崩してしまう。

 が。オキエは襲っては来ない。

 自身は、その腹に刺さった剣を抜くかどうかの争いで手一杯。

「こんな鋼鉄の床が揺れるんか」

「それが今のオキエのパワーですよ」

 オキエの足元の分厚い鉄板は、もはや原型を留めないほどにグニャグニャと曲がっている。

 俺は重い身体を起こす。

「おい! 無茶や」

「でも、他に方法がないでしょう」

 俺はケンジさんの大剣を抜き、走り始める。

 足が重い。足場が悪い。スピードが出ないっ!

 もう、余力がないのだ。

 これが本当に最後の一撃。

 俺は戦闘班の横をすり抜ける。

 オキエの視線がこちらに向いた。

 俺は剣先をオキエに向けて水平に構える。

 相手はダメージを負っているとはいえ、最強レベルの強度を持つ肉体だ。ケンジさんの普通剣なぞ通用しない。

 狙うは一点っ!

 その時、突然オキエの身体の動きが止まり、正面を向いた。

 そして……柔らかな表情で微笑んだ。

 俺は、強く、やさしく、悲しい決意を感じた。

「エーコ……すまない……」

 今、泣いたらダメだ。狙いが狂う。

 目標は……彼女の胸に深く刺さる剣の切っ先。

 ほんの、ほんの小さなポイントを確実に突く!

 オキエは禍々しい言葉を吐きつつ、やさしいまなざしを向ける。

 俺は、彼女が抱える“矛盾”に向かって剣を突いた。

 “矛盾”の剣は奥深く突き刺さっていく。

 まるでスローモーションのように彼女の身体が、離れていく。

 彼女は……微笑んでいた……気がするが……俺には言い切れない。

 一気に吹き出した涙で何も見えないのだ。

 オキエの身体は、大きく半円を描くように宙を舞った。

 そして“矛盾”の剣が、鋼鉄の床に音も立てずに刺さった。

 仰向けに反ったオキエの身体は一度だけビクリと動き、そしてガクッと崩れ落ちた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る