#42 死闘
「アイナ。何とかしてエーコだけをオキエから分離する方法はないのか?」
「そんなの分かんない……。
オキバちゃんとはリンクが切れてるし、知ってたとしても今の私じゃ無理……」
脂汗を流しながら折れた足を抱えるアイナ。彼女はもう限界だろう……。
エーコの人差し指が揺れ動く。
次々と能力を拡大させていたオキエだが、体内で反乱が起きている今、人差し指の戦いで手一杯だ。
つまり……隙だらけ。
俺は“矛盾”の剣に手をかける。
「今なら……やれる……」
思わず呟いたその言葉にアイナが振り向く。
眼を見開き、小さく口を開いて、……そして唇を噛みしめた。血が流れるほどに。
エーコの目は必死に戦っている。
たとえそれが不幸な結末であっても、彼女の意思に応えるしかないんじゃないのか……。
『だから何があっても冷静に、何かあったら辛いかもしれない選択を採るんだ』
ドゥヤさんの言葉はこの状況を予見していたのではないかと思えてきた。
俺は意を決し、“矛盾”の剣に手をかけた。
その瞬間、エーコの目付きが変わった。
震えていた右手がグンと動き、自らの頭に銃を押しつける形となった。彼女の圧倒的なパワーによって、強固なはずの銃身はグニャリと曲がる。
そして床に叩きつける。
オキエが……精神支配の主導権を取り戻してしまったようだ。
しかし身体はふらふらと揺れている。
「はぁ、はぁ……この私の身体を乗っ取ろうなんていい度胸してるじゃないか。
単なる養分の癖に!
でも、これは私の身体だ……。
誰にも譲らない……譲るものかぁっ!」
手を差し出すと床に落ちた銃がふわりと浮かび上がり、原形を留めないほどにひしゃげる。
弱点になり得る赤い液体は、完全に鉄塊の中に封じられてしまった。
しかし、エーコの身体は今なお、不自然な動きを見せている。
今なお、彼女の中の反乱勢力が戦っているのだ。
俺は起ち上がり、“矛盾”の剣を構え、走り出す。
もうこれ以上、彼女たちに辛い思いをさせるわけに行かない。
涙を流すエーコは……エーコの体内の反乱勢力は、その身体を俺に向ける。
「マ、マー君、は、はやく……、もう……もう、もたない」
「エーコォォォォーッ!」
“矛盾”の剣は、ワンオフの特殊な構造をしている。
師匠の工夫である大きく開いた穴、これが剣としての強度を落としてしまっている。
最強の盾である今のエーコに対しては、剣が折れてしまう可能性があるのだ。
今や、この剣が最後の希望。この剣が折れることは敗北を意味する。
弱めに剣を当てて“矛盾”の力が満ちるまで待ち、そしてそのまま振り抜く。言わば二段構えのスイングで対抗するしかない。
あばら骨が痛い。今の俺にそれができるだろうか?
いや、やらなくてはいけないのだ。
この矛盾に満ちた戦いを終わらせるために。
俺は“矛盾”の剣を水平に構えた。
エーコの手は剣をつかみ取ろうと伸び、足はそれを阻止しようと自身の身体の向きを変える。
俺は走り込んで間合いに入り剣を振る。最強のパワーを持つ彼女の横腹めがけて。
「し、しまったっ!」
重い金属音を立てて、エーコの身体は吹き飛んでしまった。
計算ミスだ。
彼女の圧倒的なパワーなら、この位の衝撃にも耐えられるだろうと考えていたのだ。
俺の想像以上に体内反乱は激しく、バランスも筋力もロクにコントロールできていない。
最強強度を持つ床の上をバウンドしながら飛んでいくエーコ。跳ね上がるたびにあがるうめき声はエーコ、彼女のものだ。
俺は慌ててエーコを追う。
アイナが何か叫んでいるようだが、聞こえないふりをする。
何が正しくて、何が間違っているのだろう。俺にはもう、分からない。
エーコは本来、この戦いの中でもっとも弱い人間だ。
なのに巻き込まれ、その中心にいる。
そういえば……エーコになついたあの男の子。彼もそうだ。親を亡くして泣いていた。
力のない者が不幸になる。それで良いのか。
それしかないのか……。
エーコの身体が鳥籠の縁にぶつかって、宙に浮いた。
その背中からわずかではあるが血が舞っている。
そうか……鉄格子は、最強の素材で作られた細かな網。
これだけ細い金属は切断力を持つ。
俺はエーコの落下に合わせて加速する。
そして肩から体当たり。そのまま押し込む。
華奢なはずのその身体はもの凄く硬く、重かった。
足は床に届いていないので、このまま一気に押し込むしかないっ!
俺はさらに加速をかける。
エーコの背中は細く鋭い鉄格子に激突する。
その背中から真っ赤な血しぶきが飛ぶ。
「よしっ!」
俺は剣を構え直し、エーコの腹に押し当てた。
“矛盾”の剣と、“矛盾”の鉄格子の挟み撃ち。“矛盾”の力が溜まっていく。
これで全てが終わる、そう思ったその時だった。
「惜しかったねぇ……、坊や。
おかげで眼が覚めたよ」
エーコの目付きが変わった。足を床に着け、腕を掴み、恐ろしい力で俺の身体を引き剥がした。
そして、蹴りを入れる。
俺の口から大量の血反吐が出て、膝が落ちる。腕を掴まれているのでダウンもできない。
「ぐわぁ……」
「おっと、ごめんねぇ。
軽く掴んだつもりなんだが、腕が折れそうだ。
それにしてもよくやったよ、坊や。
無能どもの助けがあったとしても、桁が3つ、4つ違うパワーの私にダメージを与えたんだからねぇ。
ふむ……元の身体に戻ってもいいが、このままの方が坊やがより苦しみそうだな」
エーコの姿のまま、オキエは薄笑いを浮かべる。
「へっ、あんたはどうしてそう口が軽いんだ。
元の姿に戻れないんじゃないのか?
まだ体内勢力が抵抗しているんだ。
つまり、まだ俺にチャンスがあるってことさ」
「ふん、そんなのはハッタリにもなっていないよ。
仮にそうだとして、そんなの何の障害にもならない」
その言葉が終わるや否や、オキエは俺の身体を投げ飛ばした。
「しまったっ!」
地面に叩きつけられた時、俺の手から剣がこぼれ落ちる。
まさしく中間、“矛盾”の剣は俺とオキエの間に横たわった
俺は慌てて身体を起こそうとするが、動かない。もはや、身体に蓄積されたダメージが深刻なレベルになりつつある。
それを見たオキエは、ゆっくりと歩みを進める。
そして“矛盾”の剣を手に取った。
ブンブンと振ると、すこし嬉しそうな表情を浮かべる。
「おかしな形をしているけど、私のパワーに耐えられる剣はちょっとありがたいねぇ。
坊やの形見として、大切に使わせてもらおうか。
ふむ……グリップが弱いのは仕方ないか」
「くっ……」
これぞ、まさしく鬼に金棒。
オキエは一歩一歩、ゆっくりと近づいてくる。
そして、俺の目の前で足を止め、ニヤリと見下ろした。
「さて、さようなら、坊や。
本当に、楽しかったよ」
軽く蹴りを入れ、俺の身体を仰向けにし、馬乗りになった。
そして“矛盾”の剣を片手で逆手持ちし、俺の胸にゆっくりと向ける。
俺は剣に開いた穴を掴み、それに抗う。
が、オキエはそれを待っていたようだ。
嬉しそうな微笑みを浮かべ、少しずつ力を入れていく。
脂汗を流しながら全身全霊の力を込めて押し返す俺と、片手で押さえるだけで軽々と押さえ込むオキエ。
いまだ、そのパワー差は歴然としていた。
“矛盾”の剣は、俺の心臓とオキエの腹を繋ぐように位置している。
ブルブルと震える俺の腕。
平時でもパワーで劣る上、ケガのため力が入らない。
これは計算外だった。もう少し、もう少しで……。食いしばる俺の歯茎から血が滲み出す。
エーコの身体のままのオキエは、その愛らしい顔を醜くゆがめて笑う。
「マー君っ!」
アイナが腕の力だけでこちらに這いずってくる。が、足の痛みで思うように進めない。
余裕を見せるオキエはこちらに顔を近づけてきた。
スレンダーでありながら豊満な身体が覆い被さる。
「ほれ、どうした、坊や……」
ぐぐぐっと剣が押しつけられる。
「!」
俺は口の中に溜まった血を吹き出した。
「うわっ!」
血しぶきがオキエの顔にかかる。
この時、オキエの剣を握る手が少し緩んだ。
「今だっ!」
俺は“矛盾”の剣を力一杯押し込む。
グリップはオキエの緩んだ手を滑り抜け、引きちぎれた。
そして、第二の剣がその姿を現す。
この剣はグリップの中、つまり持ち手側にも刃が隠されていたのだ。
剣でありながら突くことができない剣。
これもある種の“矛盾”なのかもしれない。
俺の考えを見抜いた師匠は、逆側からも剣が持てるように穴を開けてくれたのだ。
剣としての強度を落とし、作成の難易度を異常なまでに上げて。
俺とオキエのパワーを反映し最強硬度を持つ隠し刃は、真っ直ぐに突き進む。
そして俺の手に鈍い感触が残る。
「や……やってくれたな……」
オキエの腹に“矛盾”の剣が刺さった。
「切り札は最後まで隠しておくんだってよ」
だが、血が流れるが、そこまでだった。
致命傷までいかなかったのだ。
思ったよりも俺の傷が深くて、力が出し切れなかった。
エーコの柔らかな身体に、圧倒的な超パワー。彼女もまた矛盾した存在なのだ。
その彼女の身体が変化していく。膨れあがる筋肉。徐々にキツくなる目。
覆い被さるその身体は固く、重く、パワーに満ちていく。
オキエの身体が復活した。
圧倒的な怒りが反乱勢力を押さえ込んだようだ。
オキエも剣の穴に指を通し、真下に引き抜いていく。
流れ落ちる血も、引き締める筋肉で止めてしまった。
「惜しかったねぇ……。
けど、結局はパワーの差が全て。坊やの微々たる力では勝負にならない」
そのセリフと、表情にも矛盾がある。
指1本で、再び“矛盾”の剣を押し込んでいく。圧倒的な力で。
もう残された手は……ない。
最強の硬度を持つ“矛盾”を防ぐことはできない……。
ポシェットの中のアイテムは全て吹き飛んでしまった。
アイナは足を折る重傷。
グリップを失った“矛盾”の剣は全身が刃と化し、オキエですらきちんと掴むことができない。だが、小さな穴に指一本を通して、俺を圧倒している。
元々俺だって計測不可能な超パワーを持つ男。
今、この1本の剣には世界を壊すほどの超エネルギーが込められているのだ。
だが俺がどれだけ力を込めようとも、オキエの一本の指はそれを楽々と受け止める。
後は、この最強の剣を押し込むだけなのに……。
最強の……“矛盾”の剣を……。
まてよ、矛盾……。
「……!」
もう、これしか方法はない。
俺は残る力を振り絞って、剣を押し返す。
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