#41 告白

「おい! 何をしてる」

 俺は起ち上がろうとするが、エーコの太ももに押さえつけられ身体が動けない。

 それどころか激痛が走る。

 どうやらあばら骨にヒビでも入ったらしい。

 激痛が身体に走る。

 が、今、弱みを見せる訳にはいかない。

「ほれ、ほれ、ほれ!」

 エーコは気付いているのか、いないのか。

 身体を左右にゆすりはじめた。目の前で大きな胸が躍り、腹の上にはお尻の感触。

 これだけなら天国だが、同時にあばら骨の痛みがどんどん増していく。

「くっ、うぐぅ……」

 ついに俺は我慢しきれずにうめき声を上げてしまった。

「ほーら、やっぱり骨が折れてた。

 ……! くく……凄いわね。

 元気そうじゃない、坊や」

 エーコは俺の身体を指でそっと撫でる。

「離れなさいよっ!」

 身動きできないアイナが叫ぶ。

「ちっ、うるさいわねぇ……」

 エーコはあげていた左手をこちらに寄せる。

 するとアイナの身体がすいっとこちらに移動する。

「くっ、こんなもの……」

 アイナが全身に力を入れるが、状況は変わらない。

「ご自慢の“大馬鹿”ぢからはそんなもの?

 本当に手応えないわねぇ……」

 エーコは挙げていた左手の下に右手を添えると、クイッとひねった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 アイナの左足が、嫌な音を立てて変な向きに曲がった。

 絶叫するアイナはそれでも身動きできない。

「おい! 何をしたっ!!」

「うーん。左足をポッキリ」

 話し方も完全にエーコになっていた。もはや区別がつかない。

 素直な性格と、相反する超わがままなボディを持つ美少女。

 どこかドジで放っておけない、……そして決して手が届かない女の子。

 それが俺の、彼女に対する印象だ。

 ……ふいに気付いてしまった。

 じーさんがなぜオキエに協力したのか、が。あの人の好みと俺の好みは似ているのだ。

 しかし今、馬乗りになっているのはエーコの皮を被った“悪魔”だ。

 悪魔はニッコリと笑い俺の胸に指を当て、徐々に下にずらしていく。

 俺は両腕でそれを阻止しようとするが全く抵抗にならない。

 特に力を入れる風でもなく、指はやさしく身体をなぞっていく。

 気まぐれにあばら骨の上でその動きを止め、一本へし折った。

 エーコは起ち上がると、痛みで足元を転げ回る俺を見て高らかに笑った。

 そしてポンと俺の身体を蹴って、アイナの近くに寄せる。

「くっ……大丈夫か? アイナ」

「ふぅふぅ……。だ、大丈夫……って言いたいけど、ちょっと無理かな。

 足は完全に折れてる」

 アイナは肩で息をしている。もう限界、か……。

 エーコが近づいてくる。

 俺はとっさに両手を広げアイナをかばう。

「無駄よ」

 エーコの目の前に小さな魔方陣が描かれ、そこからアイナの銃が落ちてくる。

「あっ……」

 アイナの右手から銃は消えていた。

 エーコは黙って銃口をアイナに向ける。

「やめろっ!」

 俺はアイナの上に覆い被さる。

「マー君……」

「やっぱり魔方陣ジャンプできないのか?」

「うん。痛みで集中できないし、鳥籠の中ではオキバちゃんとのリンクもないの」

「そうか……」

「でも、マー君と一緒なら」

「馬鹿言うなっ! お前だけは必ず守るっ!!」

 そう言いながらも、打つ手が見いだせない。

 せめて、アイナの頭を俺の胸に抱いた。

「うん」

 痛みで震えていた彼女の呼吸がふと優しくなった。

 アイナの腕が俺の背中に回る。

 そして長い、長い沈黙が訪れる…………。

 それは死へのカウントダウン。

「……ばん!」

 俺とアイナは身を固くした。

 抱き寄せるアイナの腕であばらが痛む。

「……あれ?」

「今のは銃声じゃなくて、人の声……?」

 振り返ると、エーコはこちらに銃口を向けながら震えていた。

「へへ……、ア……アイちゃん、マー君……大丈夫?」

 苦しそうに、でも微笑みを浮かべながら彼女は言った。

 俺たちは状況が理解できない。

「……アイちゃん?」

「……マー君?」

 震える右手は、その銃口を俺たちから離し自分に向けようとしている。

 そして、それを震える左手が無理矢理押し戻そうとしている。

 まるで右手と左手が戦っているように。

「や……やっと会えたね……。

 本当にふたり……とも、こっちに来てたんだ。

 やっぱ……お似合いだよ……ね」

「まさか!」

「エーコなのか?」

 異常な量の汗を流し、エーコは絶えず左右の手を戦わせている。

「う……うん。

 今、オキエの中にいるみんなが反乱を起こしてるの。

 オキエは、みんなのパワーを吸い取って強くなった人。

 次々と新しい能力に目覚めていくうちに取り込んだ人の姿、形を再現できるようになった。

 それで、みんなをスキャンしたんだ。

 スキャンしたら、オキエの中でその人の人格まで目覚めちゃった。

 今ね、凄い大勢の人たちの意識が暴れ回ってる。

 オキエが散々馬鹿にした人たちの意識が。

 で、ようやっとオキエの意識を乗っ取って、今、私が表に出てきてるという訳」

 エーコは右手の銃をこめかみに押し当てる。

「馬鹿! やめろっ!」

 俺は思わず叫んでいた。

 エーコは涙を流し始めた。

「ありがとう……マー君。

 でも、オキエは生きていたらいけない人だから……。

 他人を殺めても幸せなんて得られないのに……。

 この人、もう破壊衝動に支配されている。

 それに……私たちはそれに加担してしまった」

「違うだろ!

 お前たちは利用されてただけだっ!!」

「同じだよ。

 私たちは死んでもなお、みんなに迷惑をかけ続けることはしたくないのっ!

 これは、私たち全員の意思なのっ!!」

「でも、エーコっ!!」

「ありがとう、マー君……。

 ひとつだけ言わせて……。

 私、オキエの“目”だったなんて知らなかったの、本当。

 ただ、時々意識が飛ぶことがあって、その時オキエに身体を乗っ取られてたみたい。

 アイちゃんの髪の毛を持ち出したのとか、色々やってたのは私。

 ごめんね、アイちゃん。許して……」

「そんな……」

 俺も、アイナも、彼女にかける言葉が見つからなかった。

 綺麗事なら何とでも言える。

 確かにオキエの行動で世界は危機に追いやられている。

 しかし、その力の源はアイナであり、もしかすると俺であった可能性だってある。

 そもそもの原因をたどればオキバさんとも言えるだろう。

 彼女の罪は、俺たちの罪なのかもしれない。

 エーコはそれに巻き込まれ、終止符を打とうとしている。

 自らの命と共に。

「わ……、私は……マー君と、アイちゃんとずっと一緒にいたかった。

 それだけなの。

 でも、ふたりは私を置いていってしまう。

 だから、ほんの少しでもマー君の力を分けてもらえれば……。

 そんなことも考えたことがある……。

 馬鹿だよね。

 そんなこと考えるから……バチが当たったんだ。

 あ、あはは……。

 私、死ななきゃならないのに……やっぱり怖くて、引き金が引けないの……」

 エーコの目から滝のように涙が流れる。

 銃を持つ手がガタガタと震える。

 やがて、ゆっくりと……人差し指が曲がり始めた……。


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