#40 全能

 アイナは銃を構えた。銃口はオキエの背中に向いている。

「ふっ……、まだ弾があるの?

 ハッタリなんでしょ?」

「そう思う?」

 オキエは振り返り、胸を張った。

「どうぞ、ご自由に。

 もうそんな物、意味ないわよ」

「く……。

 それこそハッタリでしょ?」

「あら、そう思う?

 私は嬢ちゃんの何百倍もの能力を持っているのよ。

 やってごらんなさいよ。

 ……ほら、撃てない。

 嬢ちゃんが嬢ちゃん自身のパワーを一番知っているものね。

 私がそれ以上のことができることを認めているっ!」

「うるさいっ!」

 アイナは引き金を引いた。

 その瞬間、時間が止まった。

 止まった時間の中をオキエは笑いながら近づいてくる。

「くす……、ほら見える?

 これが弾丸が飛び出るところ。

 私はあなたが引き金を引いた瞬間に時を止めた。

 もう、時を止めるのに余計な間合いはいらない。

 それにあなたが時間を止める仕組みも理解した。

 嬢ちゃん、あなた……単に私が止めた時間を後追いでコントロールしてるだけだったのね。みごとに騙されたわ」

 アイナの身体は動かない。

 なのに声だけが聞こえる。

「なんだか私、何でもできちゃうみたい……。

 オキバの豊富な魔法知識とアイナの解放された超パワーを併せ持ってるだけでも凄いのにね。ま、他にもカスみたいなパワーもあるけれど……。

 私の熟練度は100%に近いんですもの。これは私の元々の基本能力値が低いから得られた能力よね。

 今となっては感謝だわ。

 これら、すべてのパワーを使いこなすことができる私は完全無欠。

 私は最強になるために産まれたのね。

 もう嬢ちゃんたちがあまりにも弱すぎて、勝負が盛り上がらない。

 くすっ……」

 オキエは、こめかみにトントンと指を当てると少し精神を集中した。

 もう一度トンと指を当てると、身体に変化が現れる。

 背が縮んでいき、丸太のような腕は細くなり、優しい目付きになり、肌は若返る。

「こんな感じか……」

 オキエだった女はつぶやいた。

 そこにいたのはアイナ? ……いや、アイナより少し年上に見える。

 身体にフィットしたインナーウエアがそのプロポーションを際立たせる。

 スレンダーだが、アイナよりも少しだけ胸が大きい。

「わかる? これがオキバ。私を拾った頃の姿だ……。

 どうだ、醜いだろう?」

 これが……オキバ……。

 クローンだから当然だが、本当によく似ている。

 双子とは言えないが、少し年の離れた姉妹といった感じだ。

 そして再びこめかみにトントンと指を当てる。

 顔が若返り、胸が凹んみ、後ろ髪が散切りとなった。

「……これが嬢ちゃん。クローンしたばかりのね。

 オキバとあまり変わらないな……」

 アイナに背を向け、こちらに歩き始めた。

 こめかみを叩くと、今度は身体が縮み始めた。

「年齢も変えられるわよ。これが坊やと出会った頃の嬢ちゃん」

 確かにアイナだ。出会った頃の、幼女と呼べる時代の。

 突然、首を傾げる。

「ん? 変身するとパワーはだいぶ落ちるみたい……」

 幼女は一度そこに立ち止まり、全身に力を入れる。

 体中の筋肉がグワッと膨れあがる。

 恐ろしいほどに筋骨隆々な幼女がそこにいた。

 腕を曲げると巨大な力こぶができる。

「ふむ、パワーは30%位に落ちるか……。

 それでも坊やと嬢ちゃんをまとめて相手にしてもお釣りがくるわね」

 再び歩き出し、こめかみをトントンと、何度か叩く。

「うーん、あとは男のデータしかないのか……。

 まあいいや、ちょっとお試しで」

 トンとこめかみを叩くと、幼女の身体は巨大な男へと変化した。

「ふうむ、ひどい身体ねぇ。

 たったこれぽっちのパワーのためにあんな事したなんて……、人生の汚点だわ。

 今となっては本当に価値のない男。

 それに何、このぶよぶよの筋肉。見かけ倒しも良い所。

 アイナの筋肉は鋼のようで、かつ美しいのに……」

 こめかみを一度叩いて、オキエの姿に戻った。

「今の私は究極。

 ありあまるパワーも完璧に使いこなせるようになったし。

 あのアイナすら比較にならない強大なパワー。

 時間すらねじ曲げられる魔力。

 そして誰よりも美しい身体。

 みんなには感謝だわ。

 中でもアイナは特別。

 私の力になるためだけに産まれ、強くなり、その全てを捧げてくれたんだもの。

 本当に…………馬鹿よね。

 あ、はっはっはっは。

 私なんか一撃で倒せるほど強いのに、子猫みたいに……。

 いくら“従順”をかけても、あそこまでなんでもやってくれるとは思わなかった。

 坊やにも感謝ね。

 アイナにはちょっと困っていたのよ。

 あの子、もっと強くなるって聞かないのよ。

 でも、たった足一本の犠牲でパワーを得ることができた。

 おかげで私は理想以上に強くなれた。

 ほーんと、感謝、感謝。

 いなくなって、せいせいするわ。

 ……反応がないのも寂しいわね。

 そろそろ終わりにしようかしら……」

 また、こめかみをトントンと叩き始めた。

「うーん、男ばっかしね。しかも、見かけは考えずに吸収したから……。

 今度は見かけ重視で吸収しないと、ね。

 外見が変えられるから、やりたい事し放題。

 あはは、この子のデータもあるのね、しっかり忘れてた」

 クスリと笑って、こめかみを叩く。

 オキエの身体は萎んでいき、腰が折れそうなほどにくびれ、バストは丸く美しく大きくなり、体中の筋肉が落ちていく。

 顔も若返るが、目付きが違う。

 何より、疑うことを知らないような丸い瞳。

 これは……エーコだ。

「“目”として使ったから、死ぬ直前まで繋がってたことになるのね。

 まあ、能力的には何の意味もない存在だけど……」

 腕を曲げて力こぶを作る。

 エーコの細い腕とは思えないほどの筋肉が盛り上がる。

「パワーは3%位。

 この身体ではこの位が限界……か。

 それでも坊やたちはこれでも手も足も出ない。

 この状態でも私のアイナよりパワーがあるもの……。 

 ただねぇこの子、私に似すぎているから利用価値がないのよねぇ……。

 折角だから……」

 エーコの身体が俺の身体に馬乗りになる。

 視線を変えられないので、俺は彼女のスーパーダイナマイトボディを直視することになる。

 エーコはニッコリと笑って指を鳴らす。

 パチンという音と、銃声が同時に響く。時間が動き出したのだ。

 アイナの弾丸は俺とエーコの横を通り過ぎ、鳥籠に赤い液体がこびりついた。

 と、同時に俺にエーコの体重がかかる。

 ただし筋肉の塊だったオキエとは違って軽く、柔らかい。

 それでいて太ももは信じられないパワーで俺の身体を挟み込む。

 オキエの能力がいかに圧倒的であるかを示していた。

「あんたねぇっ!」

 アイナは叫び、こちらに走ってくる。

「うるさいわねぇ」

 エーコが左手を向けるとアイナは急停止した。

 そして手を閉じるとアイナの身体が宙に浮かぶ。

 まるで見えない手に締め付けられているように。

 アイナはもがくけれど、全く身体が動かせない。

 今、なおオキエのパワーは圧倒的だった。


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